連載
#4 #父親のモヤモヤ
育児「やってるぜ感」抑えた1年 妻から好評、でも…新たなモヤモヤ
「やってるぜ感、出てませんか」――。専業主婦の妻、長男(5)、長女(2)と暮らす記者(38)は、家庭内の役割を主に担ってくれている妻の負担を少しでも減らそうと、家事・育児に取り組んできました。でも、なぜか逆に妻を怒らせてしまうこともあります。その点を1年前に専門家に相談したところ、「やってるぜ感」をダメ出しされました。この1年、行動をあらためましたが、どうしても意見が合わずに衝突するという新たなモヤモヤも。ひきこもりの元当事者で、現在はコミュニケーションのプロとして活動する専門家に話を聞きました。(朝日新聞記者・有近隆史)
長女が生まれたのは2017年5月。当時、記者は埼玉県に赴任中で、事件・事故取材のキャップ(まとめ役)でした。
どうしても朝早く、夜は遅くなりがち。そして、休日であろうが夜中であろうが、事件・事故は関係なく起きます。
そんな不規則な仕事でしたが、長女が生まれた際、1カ月の「育休」をとりました。長男が生まれたときは4、5日休んだ程度。ただ、長女出産時はまだ長男も3歳で、短い期間とはいえ、しばらくは母親と離れることになります。「さびしい思いをするだろう」と妻と話し合い、休むことにしました。
職場に復帰してからも、「職住近接」の利点を生かして、夜の取材に出る前に家に短時間戻り、子どもをお風呂に入れました。夕食後の食器洗いや洗濯なども、率先して担いました。平日に行われる長男の幼稚園の行事にも積極的に参加し、周囲の人たちも「よくやってるね」と言ってくれていました。
そんな時、ついつい「やっといたよ」と妻に報告してしまいました。すると決まって嫌な顔をされました。
1年前に東京本社に異動になり、朝日新聞の企画「記者が聞く 父親の心得」で専門家に相談すると、「単なる自己満足では」と、バッサリ一言。妻も、浮かれた気持ちを見透かしていたのでしょう。
今振り返ると、そんな自分は「イクメン」気取りでした。
この1年心がけたのは、何より「やってるぜ感」を出さないこと。記者がやっている家事や育児は、妻が当たり前にこなしていることがほとんどです。そりゃ、たかだか風呂を洗っただけで「洗ったよ」と恩着せがましく言われたら、「『ありがとう』って言って欲しいの?」とイライラするに決まってます。「やってるぜ感」とのさよならからはじめました。
次に、妻がやっていることをできる限り観察して、自分のやり方と何が違うのか、なぜそうしているのか、考えるようにようにしました。実は、専門家には次のような指摘も頂いていました。相手のやってほしいこととずれていたら、それも自己満足に過ぎない――。
例えば洗濯。前夜の寝る前に洗濯機を予約し、翌朝の出勤前に干すのは記者の仕事です。以前は何でもかんでもハンガーで干していました。ただ、ワンピースなどは、ハンガー跡が肩部分につくことで形が崩れ、妻をイライラさせることもしばしばありました。
アイロンで整えるなどフォローは妻の役割で、「妻の負担を減らすためにやっているのに逆に仕事を増やしている」と思い至りました。今は、「この服は跡がつかないかな」と吟味し、形が崩れるものは、折りたたんで干すなど工夫するようにしています。
この1年をどう見ているのか。妻は「やっている量は変わらないけど、『そうしてほしいんじゃないんだけどな』という感じは減ったかも」。少しは前進したということかもしれません。
それでも新たなモヤモヤは出てくるものです。スマートフォン(スマホ)を巡るいざこざがその一つです。
仕事が終わって自宅に戻りふと一息をつくとき、ついついスマホをいじってしまいます。「仕事のメールをチェックしている」という言い訳をしつつ、動画をみたり、ゲームをしたりすることもあります。
妻はそれが面白くない様子です。妻の意見は、「家にいるときぐらいは、きちんと子どもと遊んであげて欲しい」。ただでさえ平日は子どもたちと向き合う時間は短くなりがちです。記者は「仕事で疲れているんだから、少しぐらい許してよ」と思ってしまいます。
食べ物を巡ってもモヤモヤは起きます。
記者は好き嫌いが多く、小学校のときは給食がとにかく苦手。友だちはすでに食べ終えて校庭で遊んでいるのに、一人最後まで教室で食べていることも一度や二度ではありません。トラウマになっています。長男、長女とも父親譲りか肉が大好物。2人が食べたいものを食べさせていると、どうしても肉中心になってしまいます。
妻は「魚や野菜も食べないと、体に良くない」とできる限り色んなものを食べさせようとしてくれていますが、子どもが嫌がっている様子をみると、「無理強いしなくても」と思ってしまいます。
些細なことではあるけれど、互いの価値観に基づく考えだけに衝突しがちです。子どもへの注意も何だか自分を否定されている気が。歩み寄るのはそう簡単ではありません。
特効薬はないと分かりつつ、今回も専門家にアドバイスを求めることに。話を聞いたのは、精神保健福祉士の資格を持つ川島達史さん(38)。25歳のときに立ち上げた、「ダイレクトコミュニケーション」という会社の代表取締役を務めています。「社会の様々な問題の根底にはコミュニケーション能力が関係している」という前提に立ち、傾聴や心理療法の講座などを開いています。長女(4)、長男(2)、次女(0)と、3人の子どもがいます。
実は川島さんは元「ひきこもり」です。15歳のころから対人恐怖症気味で、「人からどう見られているか」が気になって仕方なかったそうです。大学入学後は「リア充」に適応できず、川島さんいわく「逃げるように」公認会計士の資格をとるための勉強に没頭しました。
でも受からなかったことに加え、当時は就職氷河期。気づいたときには実家の屋根裏部屋から出られなくなっていたとのこと。親と顔を合わせるのを避けるためにトイレにも行けず、ペットボトルに用を足していたそうです。
そんな川島さんが出会ったのが「哲学」でした。川島さんはこう言います。「当時は生きるか死ぬかばかり考えていました。それに答えてくれるのは哲学しかないと思って、本を読みあさりました」
あるとき、川島さんはある考えに至りますす。「自分はダメ人間だと思っていたけど、じゃあなんでダメなんだという根拠を探しても見つからなかった」。ここで自己肯定感のスイッチが少し入ったそうです。そこからこの道に入り、会社を立ち上げました。
――そんな川島さんに聞きました。どうしてこんなにモヤモヤしてしまうんでしょう?
まず、最初に抱えていた、やっているのに理解されないという「モヤモヤ」。同様の相談は結構多いです。メディアには登場する父親は基本的に「よくできる父親」ですよね。これが夫と妻、双方に圧力をかけていることは多分にあります。
まずできることは、双方の役割を明確にすること。あいまいにしておくと、期待値が上がり、トラブルの原因になります。明確にする方法の一つは、お互いやることを一覧表などにしておくこと。やっていることが可視化されるので過度な期待はなくなるし、やって欲しいこととやっていることのズレも起きづらくなります。
また、感謝の言葉は大事ですね。感謝には感謝が返ってくるもの。言いづらいという人も多いが、「もし妻(夫)がいなかったら……」と考えてみてください。例えば、「もし妻がいなかったら、子どもが体調を崩したとき、病院に連れて行かないといけない」とか。そう考えると、自分のできていないことを妻が担ってくれているのがよくわかり、感謝する気持ちが出てくるのではないでしょうか。
――価値観のズレによる衝突。乗り越えるヒントはあるのでしょうか?
例えば、習い事で考えてみましょう。妻は子どもにピアノをやらせたいと考えていて、自分は「やらせる必要はない。別のことをやって欲しい」と思っているとします。じゃあお互い、なぜそれをさせたいかと思っているか突き詰めると、「感情豊かに育って欲しい」という思いがあった。
こういう風に深いところまで突き詰めると、意見が合うことが多く、接点を見いだしやすくなるはずです。
その上で、川島さんは現在の家族が置かれている状況をこう指摘します。
そもそもが核家族化が進み、親などからのサポートが得づらくなっています。一方で、男女平等の考え方はどんどん進んでいる。ただ、夫は相変わらず遅くまで働いている状況で、家事・育児が妻任せだと怒られる。完璧にこなすのはスーパーマンじゃないと無理です。これぐらいの気持ちの余裕を持った上で何ができるかを考えた方が、うまくいくのではないでしょうか。
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