話題
部落・在日コリアン…差別がよみがえった 20年取材した記者の驚き
20年あまり前に部落差別や在日コリアンを取材した記者は、関係者の多くが高齢化しており世代交代とともに差別の問題もいずれなくなるだろう、と考えていました。しかし、ヘイトスピーチや「全国部落調査」の地名リストの問題が再び話題になったことに驚きました。差別の問題が姿を変えてよみがえったのです。
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20年あまり前に部落差別や在日コリアンを取材した記者は、関係者の多くが高齢化しており世代交代とともに差別の問題もいずれなくなるだろう、と考えていました。しかし、ヘイトスピーチや「全国部落調査」の地名リストの問題が再び話題になったことに驚きました。差別の問題が姿を変えてよみがえったのです。
私が部落差別の問題をはじめて取材したのは1994年のことです。当時、もうすぐ21世紀という現代日本社会に、江戸時代の身分制度が由来の一つともいわれる昔からの差別が残っていることに衝撃を受けました。それから20年以上たった今、ネットの登場により、かえって問題が深刻になっている側面すらあります。「差別はいけない」という共通理解が成り立たなくなっているのではないか。そんな疑問から、あらためて現代の差別問題について向き合ってみました。
人はなぜ差別やいじめをするのでしょうか。『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくま新書)などの著書がある精神科医の香山リカ・立教大教授は、「差別やいじめは被害者に原因があるのではなく、加害者に原因がある。被害者ではなく加害者の問題なのです」と説いています。
では、なぜ加害者がいじめや差別をするのか。香山さんの説はこうです。「競争社会のなかで自己愛が満たされずに不満や焦りを抱えた人が、『私の人生、こんなはずじゃなかった』『あの人ばかりいい目を見ている』と傷つき、怒り、復讐しようとする」。香山さんは、攻撃の背景には「不安や葛藤から目をそらす『否認』」があると言います。「『自分たちは被害者であり、悪いのは彼らだ』と他人のせいにする。自分と少しだけ違う人を『敵』『加害者』とみなして攻撃する」
香山さんはさらに、一度いじめや差別を始めるとやめられなくなる心理について「確証バイアス」という言葉で説明します。「いったん『自分たちは正しい』『守られている』という思いを味わうと、自分の考えに沿う情報しか信じない心理『確証バイアス』になり、異論を受け入れられなくなる。差別やいじめに依存するようになる」と。
香山さんは「自分が強くなったような錯覚を味わうかもしれないが、他人を攻撃することに依存し、周りの人も自分も傷つけて、一生を台無しにしかねない」と警告しています。
最近では、ブログでの呼びかけに応じた人たちが弁護士に対する大量の懲戒請求を出した問題もありました。「朝鮮人は日本をおとしめている」などと主張するブログが、朝鮮学校への適正な補助金交付を求める声明などを出した弁護士会を批判。在日コリアンの弁護士やヘイトスピーチに取り組む弁護士ら特定の弁護士名をあげて懲戒請求を呼びかけました。ブログの呼びかけに応じた人たちが、指示されるままに自分たちの住所や名前を記入し、大量の懲戒請求を出したとみられます。
懲戒請求に加わったという60代の男性が「請求は過ちだった」として弁護士に謝罪し、2019年4月に記者会見しました。当時の自分の心情を「退職で、取引先も仲間もなくなって疎外感がある中、正しい運動をしているという正義感や高揚感があった」と説明。しかし、ネットで情報を集めるうち「ブログに書かれたことは、ただの差別ではないか」と気づき、「彼らに大変な驚きと悲しさを与えたとわかり、目が覚めた」と告白しています。
懲戒請求に多数の人が加わった背景にも、在日コリアンや日本と朝鮮半島の歴史に対する理解不足や偏った知識にもとづく偏見や差別が背景にあったものとみられます。この男性の場合は、「退職による社会からの疎外感」も背景にあった、と語っていました。
部落問題とは、もともとは江戸時代以前の身分制度で農民や商人の下に置かれた人々に対する差別が由来の一つともいわれている問題でした。差別された人々が住んだ地域は「被差別部落」、略して「部落」と呼ばれました。身分制度は明治維新の「解放令」で廃止されましたが、被差別部落出身者に対する差別は戦後も続きました。
政府は部落問題を行政用語で「同和問題」と呼び、1965年には政府の同和対策審議会答申で「国民の一部が経済的・社会的に低位に置かれ、現代社会でもなお基本的人権を侵害されている社会問題」と位置づけました。
かつて被差別部落は住宅や教育、就労などが劣悪な状況に置かれ、政府は同和対策事業の予算を投じて改善に取り組みました。生活格差の解消は進みましたが、結婚や就職など人生の選択の場面で、部落出身者がなお拒まれるケースも残っているといいます。
最近になって問題が大きくなっているのが、ネット上の差別の問題です。戦前に発行された全国の被差別部落の地名リスト「全国部落調査」を入手した出版社経営の男性らが、2016年に地名リストを書籍として刊行し、ネット上にも掲載しました。被差別部落出身者らでつくる運動団体の部落解放同盟は「地名リストは差別情報。公開することで部落差別が助長される」として同年、出版禁止やネット掲載禁止を求めて東京地裁に提訴しました。
提訴に先立ち、出版差し止めを求めて申し立てた裁判では、横浜地裁などが訴えを認め、出版社に対して書籍販売とネットでの掲示を禁止する仮処分決定を出しています。原告らは「ネットや書籍でいつでも部落の地名を調べることができることで、自分たちの出自が明らかにされ、差別の対象になるとの恐怖感がある」と主張。この裁判がきっかけとなって16年、部落差別解消法が国会で可決、成立しました。「現在もなお部落差別が存在し、情報化の進展に伴って差別に関する状況の変化が生じている」と書かれ「部落差別は許されない」とうたっています。
いま表れている差別の新たな形態は、ネット社会の普及に伴い、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を使った少数派に対する攻撃という形をとるようになっています。短文投稿サイトのツイッター社は、匿名での攻撃的な投稿がめだつことに対し、ヘイトスピーチ対策強化を表明。特定の個人への暴言だけでなく、集団に対する攻撃も禁じる姿勢を明確にし、2019年にも日本を含む全世界で実施する方針を2018年9月25日に発表しました。
ネットに詳しいジャーナリストの津田大介さんは、「差別されている少数者を攻撃する記事に人気が集まると、ネット媒体の運営者が広告によって利益を得る構造がある」と説明します。対抗手段として津田さんは、差別的記事に広告を出すことに対する企業イメージ悪化を指摘し、広告主に広告引き揚げを促すよう説きました。
津田さんが提案する手法は、動画投稿サイトのYouTube(ユーチューブ)で展開され、利用者が韓国、中国や在日コリアンに対する排他的な言動がめだつ動画チャンネルを通報。差別的動画が削除されたり、チャンネルが凍結されたりしました。大手ポータルサイトのヤフーは2018年6月、「Yahoo! ニュース」のコメント欄について、差別的内容など公序良俗に反する投稿について「投稿削除やアカウントの停止措置を行う」としています。
被差別部落は関西や九州など西日本に多く存在し、差別をなくすための同和教育も東京などの東日本よりも西日本でさかんに行われていました。1994年、当時、福岡県北九州市に赴任していた私は、被差別部落出身者が結婚や就職の際に差別を受けたという体験談を実際に聞きました。
九州、とくに福岡県は石炭の鉱山や鉄鋼の工場などで栄えた町が多く、朝鮮半島に地理的に近いこともあって、戦前に労働者として日本に渡り、そのまま戦後も住んでいる在日コリアンの方々にも多く会いました。戦時中の朝鮮人強制動員の問題を学ぶ機会もたびたびありました。こうした部落差別や、在日コリアンの民族の問題は、いずれも日本の近現代の歴史に根ざし、戦後50年以上も経た問題でした。
1990年代の時点で戦前からの経緯を知る関係者の多くはすでに高齢化しており、21世紀になれば、世代交代とともに差別の問題もいずれなくなるだろう、と考えていました。
だから、在日コリアンらに対するヘイトスピーチの問題が2010年代に入って深刻化し、さらに「全国部落調査」の地名リスト復刻問題を通じて2016年に部落問題が再び話題になったことには、大変驚きました。自分の中では20年前に取材が一段落し、過去の問題になったと思っていた差別の問題が、姿を変えて21世紀の現代日本社会によみがえったからです。
取材をしているうちに気づいたのは、差別の体験や歴史から得られた教訓が、必ずしも現代の世代に引き継がれていない、ということです。在日コリアンがなぜ日本にいるのか。戦前に日本は朝鮮半島に何をしたのか。部落問題はなぜ存在し、同和対策はなぜ行われたのか。そもそもなぜ、差別をしてはいけないのか……。
差別や人権についても、戦後の日本社会で議論が積み重ねられ、ある程度の社会的な共通理解に到達していたように思っていました。
ところが年月がたち、世代交代とともに、その共通理解が失われてしまっているように見えます。「差別とは何か」「何がいけないのか」という根本的な問いから、やり直さなければならない社会になっているのではないか。そんな思いがぬぐえません。
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