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連載

#23 #まぜこぜ世界へのカケハシ

「可愛いノート、欲しい」弱視の娘がぽつり…選べぬ悩み、救う一冊

一見、普通に見えるノート。実は、見えづらさに悩む人達向けの、工夫に溢れています。エモーショナルな開発背景について、取材しました。=神戸郁人撮影
一見、普通に見えるノート。実は、見えづらさに悩む人達向けの、工夫に溢れています。エモーショナルな開発背景について、取材しました。=神戸郁人撮影

目次

動物や自然、アニメキャラクター。市販の学習ノートは、表紙イラストのバリエーションが豊かですよね。幼い頃、ワクワクしながら選んだ、という人もいるかもしれません。しかし、視覚に障害があると、そんな楽しみを味わえないことも。当事者向けに販売されているものは、シンプルなデザインが主流のためです。こうした中で生まれた製品「KIMINOTE(きみのて)」をご存じでしょうか? ある弱視の女の子の悩みと、それに共感した人々の声が作った一冊です。開発者の男性に、思いを聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

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お菓子に羊、ポップなデザイン

ケーキにパフェ、ドーナッツ……。おいしそうなお菓子に囲まれ、パティシエ風の衣服に身を包んだ女の子が、にこやかにほほ笑んでいます。KIMINOTEシリーズ中、人気の高い「パティシエル」の表紙絵です。

「パティシエル」のノート。横12マス×縦18マス、10マス×15マス、6マス×8マスの3種類がある。
「パティシエル」のノート。横12マス×縦18マス、10マス×15マス、6マス×8マスの3種類がある。

他にも、もこもことした質感が愛らしい「羊」、わたあめに乗ったオリジナルキャラクター「ひつじのめぇな」、青字の背景に白と桃色のウサギが跳ぶ「和柄」のイラストがあります。

「パティシエル」「羊」は横12マス×縦18マス、10マス×15マス、6マス×8マスの3種類。漢字の練習や、日記をつけるのにぴったりです。「ひつじのめぇな」「和柄」は縦書き、横書きに対応しています。どれもポップで、思わず手に取りたくなるような絵柄です。

さらに、かつて宇宙開発の最前線で活躍した、小惑星探査機「はやぶさ」と、「H-2Aロケット」の写真をあしらったものも。こちらはそれぞれ、12マス×18マスです(いずれも6月7日時点で売り切れ)。価格は一律250円(税込み)で、一般的な学習ノートと同じ、B5サイズとなっています。

「はやぶさ」「H-ⅡAロケット」の表紙。画像はJAXAのフォトアーカイブから借用したという。
「はやぶさ」「H-ⅡAロケット」の表紙。画像はJAXAのフォトアーカイブから借用したという。

このシリーズの特徴は、見えづらさに悩む人向けの機能が、充実している点です。例えば、罫線(けいせん)。色は視力が弱い人でも確認しやすい、濃い緑や青を採用しました。幅も約0.2~0.5ミリと、一般的なものより太くなっています。

当事者の中には、紙面に顔を近づけて見る際、頂点部分が目に入り、けがを負ってしまう人も少なくありません。そのため、角を丸くするといった工夫まで施されているのです。

縦書き・横書きのノート。書きやすいよう、5行おきに、罫線の起点・終点部分が黒丸で強調されている。
縦書き・横書きのノート。書きやすいよう、5行おきに、罫線の起点・終点部分が黒丸で強調されている。

開発したのは当事者の男性

どのような経緯から、KIMINOTEは誕生したのでしょうか? 開発を担当した、自営業者の伊敷政英さん(42)に話を聞いてみました。

伊敷政英さん
伊敷政英さん

伊敷さん自身、生まれつきの弱視です。右目の視力が0.01、左目は光を感知出来る程度といいます。現在は主に、企業などのウェブサイトを対象に、当事者でも使いやすい仕様か、検証する事業を手がけています。

中高時代を、盲学校で過ごした伊敷さん。5年ほど前の冬、高校の同級生だった女性と再会し、こんな相談を受けたそうです。

「見えづらい人でも使える、可愛いノートってないのかな?」

女性は視覚に障害があり、小学校の通常学級に通う、弱視の娘がいます。娘には、太い罫線が印刷されるなどした、当事者用の学習ノートを持たせていました。しかし、表紙には製品名が記されているのみでした。

一方、クラスメートが使っていたのは、市販の製品です。目立つ場所に愛くるしいアニメキャラクターが描かれ、娘のものと比べて、デザイン面で大きな差がありました。

「引け目を感じたのか、娘さんはシールなどを使い、自分で表紙をデコレーションしたそうです。でも、周りから不評だったため、結局はがしてしまった。友達と同様に、日々の生活を楽しめないことに、うんざりしていたのでしょうね」

他の人と同じ楽しみを味わえない。娘にとって、それはつらいことだった。(画像はイメージ)
他の人と同じ楽しみを味わえない。娘にとって、それはつらいことだった。(画像はイメージ) 出典: PIXTA

「選べない」ことこそが苦痛

見えづらさを抱えていても使いやすい、市販の学習ノートはないものか――。

試しに、販売を手がけている企業の商品構成を調べた伊敷さん。その結果、罫線が視認しづらいなど、使う上で障壁があることに気づきました。

矯正後も十分な視力が出なかったり、視野に問題があることで、日常生活や社会参加に不便を感じる人は「ロービジョン」と呼ばれます。

この中には弱視も含まれ、当事者にとっては、ノートにまっすぐ線を引くのも困難です。こうした状況が改善されないと、学習意欲が下がったり、将来の選択肢が狭まったりする可能姓があります。

もちろん、社会福祉法人などが販売する、ロービジョン対応の学習ノートは存在します。しかし表紙のデザインが少なく、購入出来る場所も、一般向けの製品ほど多いとは言えません。

多感な子どもたちにとって、この「選べない」ということ自体が、苦痛となる場合があるのです。

「あの女の子だけではなく、ロービジョンの子全員の力になりたい」。こうして伊敷さんは、オリジナルノートの開発を決意したのでした。

画面右側が、ロービジョンの人向けに販売されているノート。左側のKIMINOTEと比べ、サイズが一回り大きい。
画面右側が、ロービジョンの人向けに販売されているノート。左側のKIMINOTEと比べ、サイズが一回り大きい。

支援者の共感、製作を後押し

とはいえ、ノートを1冊完成させるのには、50~60万円ほどの製作費がかかります。進学後も使ってもらえるよう、いくつかのデザインをそろえる想定だったことから、どう資金を調達するかが課題となりました。

そこで活用したのが、クラウドファンディングです。「選ぶ愉(たの)しさを子どもたちに」「勉強を好きになる子が増えますように」。共感の声が次々と寄せられ、約2カ月間で目標の115万円を超える、約128万円が集まりました。

製作費の募集に活用した、クラウドファンディングのウェブサイト。
製作費の募集に活用した、クラウドファンディングのウェブサイト。 出典:Readyforの関連ページ

表紙のデザインは、知人のデザイナー2人に依頼。寄せられた図案を、実際にロービジョンの子どもたちに見せ、絞っていきました。罫線の太さについても、0.1ミリ単位で調整した複数のバージョンを使ってもらい、適切な数値を探りました。

そして「パティシエル」など、12マス×18マスの4種類が完成したのは、2014年8月のこと。「子どもたちに、ノートと世界を、自分の手で開いて欲しい」。そんな思いを込め、「君の手」のローマ字表記である、”KIMINOTE“と命名としたのです。

KIMINOTEの試作品を使う女の子。字が見やすいよう、書見台という器具の上に置いている。
KIMINOTEの試作品を使う女の子。字が見やすいよう、書見台という器具の上に置いている。

立場超え、人と人をつなげる一冊に

伊敷さんは初版の計2千冊を、全国約300の視覚特別支援学校や、一般校の特別支援学級に提供しました。

「自宅に届いたノートに、製品についてつづった手紙をつけ、郵送していったんです。冊数が多すぎて、部屋の床が抜けるかと思いましたね(笑)」

KIMIOTEのシリーズ一覧。これまでに3千冊以上が、必要な人のもとに届けられた。
KIMIOTEのシリーズ一覧。これまでに3千冊以上が、必要な人のもとに届けられた。

医療関係者や、ロービジョンの人向けの商品展示会などでもPRした結果、評判に。使った人から、要望を受ける機会が増え、製品に反映しています。一部ラインナップの紙を、白から光の反射が少ないクリーム色に変えたり、マス目を少なくしたり……といった具合です。

すると、教育現場に採り入れる学校も出てきました。徳島県美馬市の市立岩倉小学校は、その一つです。

伊敷さんからノートの寄贈を受けたのは、2014年9月。校内の弱視学級で使ってみると、「すごく見やすい」「表紙が可愛い」といった声が、子どもたちから上がりました。以来、学校として、毎年度購入しています。

「ロービジョンの子は、紙面に目を凝らすだけで、ストレスを感じるもの。伊敷さんのノートは、負担を減らしてくれました」「算数の授業で、児童が筆算の位取りを間違えなくなるなど、学習面でも成果が出ています」

担当教諭の原みどりさんは、そう教えてくれました。

KIMINOTEは、累計で3千冊以上が世に出ています。伊敷さんの夢は、まだまだついえることがありません。次の目標は、視覚障害者以外にも、製品を使ってもらうこと。視野に入っているのは、発達障害の人々です。

当事者の中には、注意力不足や感覚過敏が原因で、ノートが取りづらい人もいます。そうした層にも、きっとKIMINOTEが役立つ――。そう考え、改良点を見つけるべく、聞き取り調査を重ねているといいます。

「最終的には、障害がなくても、楽しく使えるようなものにしたい。1冊のノートが、色々な立場の人々をつなげる。そんな風になったら、素敵ですね」

一冊のノートが、異なる立場にある人同士をつなぐ。伊敷さんは、そんな未来を夢見ている。(画像はイメージ)
一冊のノートが、異なる立場にある人同士をつなぐ。伊敷さんは、そんな未来を夢見ている。(画像はイメージ) 出典: PIXTA

「~せいで」をつくり出すものとは

「選択肢の少なさこそが、最大の課題なんですよ」。取材中、伊敷さんが幾度となく口にしていた言葉です。

少年時代、「ドラえもん」が大好きだった私。親に自由帳や学習帳をねだり、手に入れた時のうれしさ、誇らしさは、今も忘れられません。積み重ねてきた、優しい記憶の一つ一つに、生かされている面もあります。

そうした思い出が、すっかり欠けていたとしたら――。記事を書きながら、KIMINOTEが目指すものを、再確認した気がします。

「障害のせいで」出来ないことがある。伊敷さんの取り組みは、その常識を、機能面から打ち破ろうとするものです。子どもたちが、人生を切りひらいていく上で、これほど心強い「伴走者」はいないと感じました。

そして、「~せいで」という部分に当てはまる言葉は、障害だけではありません。社会の様々な領域で、限界をつくっているものとは何か。KIMINOTEは、大人たちが考えるべき課題を、照らしてくれているように思います。

「KIMINOTE」の販売ページはこちら

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