話題
「100点1つより、70点2つがいい」 商店街ポスター仕掛け人に聞いた
「商店街ポスター展」を開催している日下慶太さんに話を聞きました。
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「商店街ポスター展」を開催している日下慶太さんに話を聞きました。
社長が「ツッパリ」に変身して、突っ張り棒の正しい使い方を伝える内容が話題になった「ツッパリ嬢」ポスター。仕掛け人は、日本各地で「商店街ポスター展」を開催している日下慶太さん(42)です。「広告の『作る』と『通す』の比率を10対0にしたい」と話す彼に話を聞きました。
先月14日に発表された、突っ張り棒のメーカー・平安伸銅工業(大阪市)のポスター。
全11種類で、3代目社長・竹内香予子さんがすべてに登場。スケバン風のメイクと衣装で「てめぇらが使ってる突っ張り棒の大体は突っ張れてねーんだよ!」と、正しい使い方を伝授する内容です。
「説明書だと読むのがつらいけど、エンタメになると伝わりやすい」と評判になり、ネットニュースやテレビ番組などでも取り上げられました。
この広告を手がけたのが、電通関西支社の日下慶太さん。商店街各店のユニークなポスターを制作して町おこしにつなげる「商店街ポスター展」の仕掛け人でもあります。
鮮魚店の店主の魚拓を掲載したり、「売り上げより年金の方が多いわ」と自虐的なキャッチコピーをつけたり、鶏にネギを背負わせて「では、ねぎまになってきます」と添えたり。
大阪の新世界を皮切りに、これまで全国10カ所ほどで開催しており、展覧会終了後も定期的にネット上で話題になっています。
2008年に東京コピーライターズクラブの最高新人賞を受賞して、スターへの道を歩み始めていた日下さんでしたが、腎臓の病気で2カ月入院することに。
復帰プログラムとして、ほとんど仕事がないまま会社に通い続けていた時に、新世界市場の「セルフ祭」に誘われて、商店街ポスター展は始まりました。
まつりで盛り上がった若者たちと、やや引いた感じの商店主たちとの距離を埋めようと、ポスター作りを企画。
社内で教育係をしていた日下さんが若手に声をかけて、15店舗56種類のポスターを作りました。
「自分たちの好きなものだけ制作する、事前プレゼンなしでできあがったものをそのまま納品する、といったルールで、コピーライターとデザイナーが2人1組になって作りました」
広告制作の問題点は「確認」にあると感じていた日下さん。
何度も何度も確認しながら物事を進めるやり方では、石橋をたたいた末に壊したり、結局渡らなかったり。繰り返しの確認や修正で最初の意図と違うものになることも。
広告を「作る」作業の比率よりも、広告主に案を「通す」作業にエネルギーを費やす現状への危機感から、このポスターでは「作る」と「通す」の比率を10対0にしようと考えたそうです。
「世の中の人にとって作品はすべて平等で、すべてのコンテンツが広告のライバルです。そんな状況で『通す』ことに時間をかけてちゃ、勝てるわけないですよ」
完成したポスターを各店に手渡しすると、生まれたばかりの初孫を見るような目で「ずっと大事にする。家宝にするわ」と言ってくれた店主も。
まつりの後、商店街の会長からは「ポスターはずっと残しといてほしいねん」と言われ、後日ポスター展を開催することになりました。
空き店舗を改装したギャラリーやアーケードにポスターを並べた「新世界市場ポスター展」。クチコミで話題となり、雑誌や新聞、テレビで取り上げられました。
タレントやモデルを起用するわけでもなく、潤沢な予算もない。そんな中で作った市井の人たちを主役にしたポスター。いくつかの作品は賞も得て、プロジェクト自体も表彰されました。
商店街活性化の取り組みとしても注目を集め、次は大阪市阿倍野区にある文の里商店街でポスター展を開催。
東日本大震災で被害を受けた女川町のポスター展では、地元・宮城県のクリエイターたちに「ボランティアでポスターを制作してくれませんか」と依頼しました。
「おもしろいポスターは不謹慎ではないか」といった声も上がりましたが、そこにいた1人の、こんな発言でまとまったそうです。
「震災から3年とちょっと。おれたちはずっとブレーキを踏み続けてきた。もうそろそろアクセルを踏んでいいじゃないか」
人口減少に悩む福井県大野市では、地元の魅力を知ってもらおうと、高校生たちにポスターを作ってもらって展覧会を開催しました。
大学時代にユーラシア大陸を陸路で横断した日下さん。
当時の出来事から商店街ポスター展、UFOを呼ぶために結成したバンド「エンバーン」のことなどをまとめた著書「迷子のコピーライター」(イーストプレス、税抜き1650円)を昨年出版しました。
その中で、仕事を進めるポイントとして「おもしろい×社会にいい×自分にいい×自分にしかできない」を挙げています。
ポスター展でいえば、ただおもしろいだけでなく、商店街の活性化や被災地支援に役立ち、制作者に自由に制作できるチャンスや成功体験を与える。そして、コピーライターとアートディレクターのプロのスキルで社会に貢献するという具合です。
『迷子のコピーライター』Amazonで予約スタートしました。中身も一部公開されているでのぜひチラ見してください。なんと都築響一さん@KyoichiT と三戸なつめちゃん @mitonatsume から素敵な帯コメントをいただきました!イェイ!https://t.co/EuxU0zedZv pic.twitter.com/8IoO0ybmrb
— 日下慶太 (@keitatata) 2018年5月25日
自身の制作スタイルについては、こう表現しています。
「100点のものを一つ作るのならば、70点のものを二つ作ろう。一つにずっとこだわってるんだったら、もう1本作ってしまおう。質より量」
推敲に推敲を重ねて100点の作品を作ってこそ一流で、合格点に達したものをさらに磨き上げることは大切。そのことを理解しつつも、自分は質より量を選んだのだと。
スターへの道が開けたと思った矢先に病で入院。復帰したときに「もうぼくはこの道を登っていくのは無理だ」とドロップアウトしたそうです。
「道がないところでもがいていると、自分しかいない場所にたどり着いたんです。自分1人しかいないから自分はずっと1番なんです。競争を勝ち抜くことも大事ですが、あえて競争からドロップアプトすることもオススメです」
照れと遠慮を捨てて「アホ」になって行動し、道を切り開いてきましたが、どうしてもうまくいかないことがあるそうです。
「自分の本の売り方です。さんざん人のポスターは作ってきたくせに、どうしたらいいか、ぜんぜんわからないんです」
◇ ◇ ◇
今年8月には弘前の商店街でポスター展を開催予定。エンバーンとしては台湾でのライブも予定しているそうです。
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