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バイセクシュアルの漫画家トミムラコタさんを救った「斜めの関係」
週刊『ヤングマガジン』で『ギャルと恐竜』を連載中の人気漫画家トミムラコタさん(28)は、バイセクシュアルを公表しています。昨年8月に再婚した「バツイチ」でもあります。独身時代には、レズビアンの女性との出会いを求め、ネット上で恋活をしていました。いまは「ノンケ(異性愛者)寄りのバイ」である自分を受け入れられているトミムラさん。自分の性的指向に悩んだ中学生のころに救われたのが、ネットで出会った「斜めの関係」でした。(朝日新聞記者・高野真吾)
私はずっとユーキさんに憧れてた。
(中略)
彼女の描く絵が好きだった、彼女のセンスが好きだった、
容姿も好き、考え方も好き、生き方も好き。
何度も何度も写真を見てたし、毎日更新されるブログは食い入るように見ていた。
こう書き並べるとストーカーっぽいな…笑
(中略)
なんて不思議な存在なんだろう。
彼女がいなかったら、私、こうしてデザインの道に進んでいなかったかも。
今頃何をしていたかな。人生が変わっていたかも。
それくらい、影響を受けたんだ。
(中略)
あの頃の感覚、感じた空気、彼女がきっかけで
初めて夜遊びしたあの日の事、一緒にいた人たちの事、
一生忘れないし、とても頻繁に思い出すんだよ。
あの一瞬こそが永遠だった。
過去に固執するとか、捕われるとか、悪い意味じゃなくて
私はずっとあの時のままでいたい
トミムラさんが、この「ラブレター」的文章を書いたのは、2012年のこと。冒頭に出てくる「ユーキさん」は、東京・新宿2丁目などで複数の飲食店を経営するモカさん(33)を指します。モカさんは当時、「ユーキ」のハンドルネームでブログをつづっていました。
バイセクシュアルであるトミムラさんが、モカさんのブログにはまったのは、文章にあるモカさんの絵や写真だけが理由ではありません。
実はモカさんは、男性から女性になったトランスジェンダー。そして、モカさんのブログにはチャットルームが併設してあり、性自認や性的指向に悩む多くの性的マイノリティーの当事者が出入りしていました。
トミムラさんの初恋は幼稚園の時で、相手は男の子。小学校6年間も、恋愛対象は男児たちでした。
ところが中学生の時、突然、隣のクラスの女子生徒に「ドキドキした」。その彼女は「背が低くて、髪の毛がさらさらストレート」でした。
自分の気持ちに「おやっ」と戸惑いを覚え、「ドキドキ」する期間が長くなると悩み始めました。しかし、自校のカウンセリング室には相談に行く気にはなれません。
頼ったのは、ネット。そして、たどり着いたのがモカさんのブログ『ミンキーハウス』でした。
モカさんのチャットに出入りする人たちは、「ゼスト」という名前の集まりをリアルで開いていました。
中学生だったトミムラさんより、ゼストのメンバーは年上ばかりです。トミムラさんは、チャットルームに出入りし、ゼストの会に参加しました。
集まりは東京・新宿2丁目にあり、会の名前の由来となった飲食店「ゼスト」で開かれていました。昼間でなく、夜の開催。トミムラさんにとっては、ゼストに行った日が「初めて夜遊びしたあの日」となりました。
集まった男女は「当たり前のように同性を好きだと話していたし、自分の性的指向や性自認をオープンにしていた」。
「何だ、同性を好きになることって別に特別じゃなく、普通なんだ」
初めて同性を好きになったことを悩んでいたトミムラさんも、こうした仲間と出会うことで吹っ切れました。
トミムラさんにとっては、ゼストの先輩たちは、ネットを通して知り合った「斜めの関係」です。人間関係の直線上にある家庭での親、学校での先生とは、また別の立場から接してくれます。
トミムラさんは、悩みを抱える10代、20代前半の若い世代が「斜めの関係」を作ることができればいい、と考えています。
「中学生だと、人間関係がほんの『半径10メートル』ぐらい、ほんの近い関係だけで完結してしまいます。だけど、それだと息が詰まる」
「話を聞いてアドバイスをくれる斜めにいる人生の先輩を見つけることが出来れば、きっと楽になれるはず」
トミムラさんは特にLGBTの当事者にとって「斜めの関係」は大切だと言います。
「まだ数は少ないものの、NPO法人が運営する支援団体など十代のセクシュアルマイノリティーが仲間と互いの悩みを話せる場は増えてきました。LGBTへの理解や知識を持った大人も以前に比べて増えています。」
「だから、学校や家庭以外にも居場所はどこかにあるから諦めずに探してみてほしいです」
「それはある人にとっては塾の先生かもしれないし、ツイッターで情報発信しているあの人かもしれないし、支援団体が運営する交流会の中にあるかもしれません」
トミムラさんは、同性である女性、異性である男性と両方共に付き合ってきました。その経験を通して感じている、一つのことがあります。
「男女差なんてなく、個人差しかない」
こうした考えの対極にある「男女差」論の具体例に挙げるのが、ちまたに出回る「恋愛指南書」です。「男はこうだから、女はこうしなさい」「女はこうだから、男はこうしなさい」。こうした表現が、いつも気になっています。
「性的マイノリティーだとかヘテロセクシュアル(異性愛者)だとかに関係なく、男らしさ、女らしさに嫌気を指している人は多いですよね。平成から令和に変わる新元号の時代には、男女のあり方もアップデートしていきませんか」
トミムラコタ 1990年5月生まれ。父親や家族にまつわる漫画をネットで発信し、バイセクシャルであることをツイッターで公表している。著作に『実録!父さん伝説』(イースト・プレス)や『ぼくたちLGBT』(集英社)など。友人のモカさんの半生を取り上げた4月発売の『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』(光文社新書)にもロングインタビューが収録されている。
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