連載
#11 #インクルーシブ教育のいま
「いじめ、受けた方が悪いんですかね」障害児との共生、阻むもの
障害のあるなしに関係なく子どもたちが一緒に学ぶインクルーシブ教育は、受け入れ環境の地域差、教員による運営の違い、保護者同士の関係など実現には様々な難しさがあります。だからと言って、あきらめていいのでしょうか? 多様性を認め合うことは、社会に必要なプラットフォームのようなものです。健常児と病児の両方を経験した娘の母。小さい学校だからこそなじめた親子。それぞれのケースから、インクルーシブのために必要なことを考えます。
大阪府に住む主婦(50)は、今春、4年生になった長男(9)がいます。自閉症で知的障害もあります。療育施設に母子で通いましたが、就学先は地域の小学校の特別支援学級を選びました。
「障害児といっても色々な子どもがいて、療育施設でいじめられてしまうことがありました。障害児だけの特別支援学校に行くと、いじめられるのかなと感じました。地域の学校なら、守ってくれたり、導いてくれたりする子どももいるだろうと思いました」
特別支援学校で充実していると言われる自立に向けた様々な指導を十分に受けられなくなりますが、家でがんばることにしました。
小学生となり、1、2年生のときは、理解がある先生がいて順調でした。しかし、3年生になる直前、集団登校でトラブルが起きました。この主婦は毎日、長男が所属する登校班と一緒に通学をして見守っていました。ところが、上級生の班長らから嫌がらせを受けるようになったのです。
雨の日は、民家のガレージを借りて雨宿りしながら集合するのを待つのが慣習でした。しかし、長男だけ「入ったらあかん」と言われるようになりました。にらんだり、無視したり。登校班を担当する教師に相談しましたが、対処してくれなかったと言います。
ある日、学校に到着後、班長らに「あなたのしていることはいじめやで」と注意しました。驚いた教師らが間に入り、話し合いになりました。結局、この親子が登校班を離れることになってしまいました。
「いじめを受けた方が悪いんですかね」
このように、良好な学校生活を送っていたと思っていても、一瞬で崩れることがあります。
そこにあるのは、学校や教師の対応力の差があるのかもしれません。
一方、クラスでは、担任教師が配慮し、1人の同級生だけに面倒を見させることはなかったと言います。
「息子は、みんなといるだけで楽しいし落ち着きます。パニックは無理やり何かをさせたり、急に体を触られたり、疲れていたりするときです」
このようなパニックを起こすきっかけや兆候を周囲の人たちが知っていれば、パニックを避けられる可能性があります。
担任教師からはこんな言葉をかけられたそうです。
「(長男が)居るのと居ないのとでは、クラスの温かさが違う。お互い刺激し合って成長するもので、気を遣わなくていいですよ」
登校班で、上級生によるいじめを経験しましたが、クラスの担任教師や同級生らに助けられ、「学校は大好きでいられています」と主婦は話します。
障害は生まれつきのものだけではありません。
千葉県に住む主婦の西之原あゆみさん(57)は、障害児や「グレーゾーン」の子どもたちを巡って起きる健常児とのトラブルを耳にすると、思い出すことがあります。
長女が小学1年生のとき、隣の席だった男の子のことです。学習障害があるため、通常学級と特別支援学級を行き来して学んでいました。入学式の後の保護者会で、その男の子の母親は「子どもに障害があってつらい……」と泣き出したそうです。
「元気がいい男の子だったので、一見すると障害児に見えないのでつらい、とお母様は悩んでいました」
消しゴムを勝手に使われる長女は、嫌がっていました。一方、西之原さんは「それぐらいの男の子は好きな子に嫌がらせするんだよ」と見守っていました。
西之原さんは、自分の長女と男の子の間で何か起きても「最初の段階では、親は見守ることが大事」と思ったそうです。教師に相談するかしないかの境目は、傷つけられたり、学校に行きたくないと言い出したりといった差し迫った危機を感じたときだと自分の考えを整理しました。
「親が過剰反応して、あの子嫌な子だよね、というと子どもは本当に嫌いになってしまう」
そんな中、西之原さんの長女は、小学2年の6月、突然倒れました。脳腫瘍の一つ「脳幹グリオーマ」でした。障害児と同じように支援が必要な病児となり、西之原さんは、健常児と支援が必要な子どもの両方の親を経験することになったのです。
長女は放射線治療で一時学校に通えるようになりましたが、小学3年の5月に亡くなりました。
学習障害のあった男の子は、2度、お墓参りに来てくれました。自ら花を選び、墓前に備えてくれました。男の子は泣いていたそうです。
「今は高校2年生。もう何年も会っていませんが、きっと心の優しさはそのまま成長していることでしょう」
西之原さんの子どものように、健常児でも病気やけがなどによって障害を抱えたり、支援が必要になったりする立場になることが長い人生の中であります。私たちは、このようなことや外から見えにくい障害があることについて、もっと知らなくてはいけません。
幼稚園で発達の遅れを指摘された子でも、小学校の環境の方がなじんで育っていくケースがあります。
北海道の主婦、高橋梨絵さん(37)の小学3年生の長男(8)は、幼稚園に通っているとき、主張が強く友だち同士で折り合いを付けることが苦手のようだと言われました。その後、親子で発達支援の相談を受けました。
人の話が聞けない、友だち関係で一方的になる、運動能力に遅れがある……。こういう点を指摘されましたが、大きな発達の遅れはありませんでした。今は、1クラス20数人の地域の小規模な小学校に毎日楽しく通っています。
「幼稚園は、先生の言うことを注意して聞いていないと次に何をするのかが分かりませんでした。小学校は、時間割があるので息子にとっては動きやすい環境です。自宅では、自分の思い通りにならないと床に転がってしまうこともありますが、学校ではそのようなことはなく、順調に成長しています」
小さな学校、少人数教育、信頼できる担任教師、理解がある同級生といった環境が整っていることで、トラブルは起きていないそうです。
「集団生活は、お互いが譲り合いや妥協という、いい意味での我慢を上手に使って、より楽しく、他者と生きる力を養う場だと思います。障害があっても、障害がなくても、相手の弱いところを思いやることができる大人に成長して欲しいと願っています」
インクルーシブ教育を巡っては、教員や校長、支援員・協力員らの取り組み方や考え方、質がバラバラであることについて当事者から多くの声が寄せられました。
そうしたバラツキが結果的に、不満や不安、トラブルの大きな要因になっているとも言えます。
最近は、特別支援学校の高等部ではなく、通信制の高校や寛容な私立高校、インクルーシブ教育に取り組む高校に進学する生徒もいます。
そこにも課題があると言われています。特別支援学校のように就職先を開拓する教師や実績が乏しく、大学進学ができない生徒が卒業後の進路に迷うケースが少なくありません。
就労移行支援事業に取り組むある事業者はこう話します。
「ふつうの子は、働く意欲や働く力があれば、就職できるでしょう。でも、障害がある生徒が何の支援もなく、自分で求人票から探していくのはかなり難しいでしょう」
今回のシリーズを取材していて、当事者の話を聞いていると、障害児の保護者と健常児の保護者との間に溝を作ってしまう原因の一つに、PTA役員の選出を挙げる人が複数いました。
PTA役員の選出では、障害児だと免除されていたり、「グレーゾーン」でも診断書が免除される規程であったりするために、健常児の親が不満を抱くという意見もあります。
一方、何人かの障害者の保護者は、積極的にPTAの役員をやって、健常児の保護者に理解してもらえるよう努力していました。
ある障害児の一家は、健常児の親や学校側から「学習権の侵害」と言われ、子どもは通常学級から特別支援学級に移りました。しかし、そこで十分な教育を受けられず、失望していました。自分の子どもの「学習権はなかった」という現実を知った親の話には、言葉も出ませんでした。
小学5年生まで特別支援学級で学んでいた子どもは、たまたま出会った教師の尽力で通常学級に移りました。小学校、中学校と継続的な支援を受けることで高校に進学できたそうです。
障害児の就学、その先にある就労には、当事者以外には見えにくい、大小様々な石ころが転がっていることがわかります。
障害のために自分の意思を自由に表現できない場合、親や学校といった周囲の考えや慣例に従い、人生が決まっていくことは避けられません。
ただ、その選択や判断によっては、人生が180度違ってしまうことがあるということを周囲は十分理解すべきです。
昨年、障害者雇用数の水増しが問題になりました。複数の保護者からは、6カ月や1年といった雇用契約や、障害者雇用でも生産性を求められる企業の姿勢を問題視する声を聞きました。
障害者雇用では、法定雇用率を満たすために、「企業のニーズ」に合った障害者を探し、マッチングする業者があります。そこに社会のニーズがあるからです。
では「企業のニーズに合う障害者」とは何なのでしょうか。就学先選びも、学校も、同じです。もしかしたら「学校のニーズに合う障害者」という観点で、見たり、判断したりしてはいないでしょうか。
学校関係者からも、地域の小学校の特別支援学校には、通常学級から異動してくる教師も少なくないほか、定時に帰ることができるので希望する人や休職後に赴任する人もいるという、知識や経験が十分でない教師が赴任する課題を挙げる意見がありました。特別支援学級だからと言って、必ずしもスペシャリストに教えてもらえるとは限らないということです。
特別支援学校に通うようになって、会話が少なくなったと感じる親。「この子は障害があるから」と可能性にふたをしてしまうことがあるという経験をした元教師らの反省の声もありました。
必ずしも、インクルーシブ教育、インクルーシブ社会を望む人だけではないという現実がある中、できることは何でしょうか。
子どものうちから多様な世界に触れること、それがインクルーシブ社会への一歩だとあらためて感じています。学校だけでなく、地域など身近なコミュニティーでもっと知り合う、語り合う機会が増えることが必要ではないでしょうか。
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