連載
朝の会、テスト「みんなと同じに」テクノロジーで障害がなくなる未来
連載
テクノロジーによって生み出されたツールや多くの人たちのサポートによって、障害を乗り越えられることがあります。ツールは、学校の教育現場で使われはじめていますが、自治体や学校によって利用できるかの差があるのも事実です。開発や普及はビジネスとして成立しにくいため、研究費頼みという現実もあります。それでも「子どもの笑顔が見たい」と前に進む人たちがいます。
就学前の療育環境に地域差があるため、一時的に引っ越しをした家族がいます。子どもの将来が180度違ってくるためです。
埼玉県に住む管理栄養士の女性(41)は、小学6年生になった双子の女児がいます。
2人とも難聴のため、両耳に人工内耳を装着し、授業をする教師には専用のワイヤレスマイクを付けてもらい、デジタル無線で送信された音を拾って、聞き取りにくい環境でもクリアに聞こえるようにしています。
地域の小学校の通常学級に通いますが、週1回だけ「通級」として「言葉の教室」に通っています。
人工内耳は30デシベル以上が聞こえる設定にしてあります。1対1だと普通に会話ができますが、ヒソヒソ話は聞こえません。教室の雑音も苦手です。
2歳のとき、難聴であることが分かり、2歳と5歳のときに人工内耳の手術をしました。就学前、「このままでは手話でしか会話ができなくなる」と不安に感じました。口話に取り組む難聴児の療育施設に通うため、東京都に引っ越し、4年間通いました。
埼玉県の自宅に戻ったのは、話し手の口の動きや表情を読み取る口話ができるようになり、話せるようになったためです。
自宅近くにはそのような療育施設がなく、引っ越しをしてでも通わなければ、口話でなく手話を選択するしかない状況でした。
「3歳ぐらいになって、ようやくしゃべることができるようになりました。普通の学校に通えるなんて、夢の夢。口話ができることで子どもの将来が180度変わりました」
女性が今、期待するのが「遠隔パソコン文字通訳」を中学校の授業の一部で利用してもらえないかということです。
教師の声を遠隔地の文字通訳者に送り、文字入力してもらったものを生徒が手元で見るという授業支援システムです。先日、教育委員会に要望書を出しました。
「校長、教育委員会、市議会議員といった人たちはとても協力的ですが、予算的に難しいと言われてしまいました」
会話を文字変換して見える化することで障害者のバリアフリーにつながるコミュニケーション支援アプリ「UDトーク」を使う自治体もでてきているそうです。
「環境の責任にしてはいけないと思いますが、義務教育なので、自治体の財政力による差で利用できたり、利用できなかったりするのは避けて欲しいです。国や県がもっと補助して、難聴児が『情報保障』を要望すれば活用できる社会になればいいと思っています」
このほかにも、自閉症で言葉がうまく話せなくても、キーボードで文字を打ち込むことで相手に意思が伝えられるようになり、これまでの親子間や周囲との誤解や思い込みが氷解していくこともあります。
ただ、日本では自治体の財政による地域差があり、道半ばです。
大妻女子大学社会情報学部教授の生田茂さん(70)は、もとは東京都立大学理学部で「星間分子」を研究する科学者でした。同時に多摩地区でコミュニティーづくりの活動を活発に進めてきました。
都立大付属高校の校長を経て、筑波大学付属学校教育局に。そこでは附属の特別支援学校もありました。
ここでの特別支援学校でのかかわりがきっかけで、今では大妻女子大学で特別支援教育の充実のためのツールやソフトウェアの開発に取り組んでいます。
「発語があれば、朝の会の司会ができます。みんなと同じことをさせてあげたいという教師の願いもあって、その子に代わってしゃべってくれるツール開発を始めました」
そんな時に見つけたのが、オリンパス光学工業(現在のオリンパス)が1998年に一般向けに商品化した「スキャントーク」というツールでした。
音声コードをラベルに印刷し、そのコードを専用リーダーで読み取って内蔵スピーカーで音声を再生する仕組みです。
元々は、日本語が話せない留学生の学びのツールとして日本語学校で活用され、そこで教材も作っていました。しかし、製造元のオリンパスが2001年に生産を中止。日本語学校が「サウンドリーダー」として事業を引き継ぎました。教師が簡単に使えるソフトは今でも提供しています。
これがあれば、言葉をうまく話せない子どもも相手に意思を伝えることができると考えました。
「ICレコーダーで録音した音を紙の上に印刷する技術です。しかし、バーコードをまっすぐなぞることができない肢体不自由や重度の知的障害の子どもがいる学校ではあまり使われていませんでした」
たどり着いたのが、グリッドマークの「G-Speak」という録音もできる多機能音声ペンでした。小学生向けの学習教材などに使われているものです。
ドットコードが印刷された教材やシールをタッチすれば、ペンに入っている対応する音声データが再生されます。1つのシールに4つまでの音をリンクさせることができるそうです。
「実物と発語がつながらない子どもがいます。『これ、コップだよ』と教えたいんです」
場面緘黙(ばめんかんもく)という症状がでる子どもがいます。言葉を発するための器官や言語能力には問題がなく、家では家族と普通に話せます。でも、学校など特別な環境では他の人たちと話せなくなってしまい、その症状が1カ月以上続いてしまうことです。
多機能音声ペンの録音機能を使えば、場面緘黙の子どもであっても、家で録音してきた自分の話し声を、学校で再生することができます。ステップごとに話すことを録音してデータ化して登校することで、朝の会の司会もできるようになりました。
東京都内のある小学校の特別支援学級では、こんなことがあったそうです。
生田さんによると、担任の教師は、障害を持つ児童のテストがいつも0点のため、授業の内容を理解していないのだと思ってたそうです。ところが、音声ペンに問題文を入力し、再生させながらテストをすると、70点になったと言います。
「文字を追いかけて読むことができない学習障害の子どもでしたが、教えていることを理解できている子どもだと初めて分かり、学校中が大騒ぎになったそうです。その子が何に困っているのかを突き止めないと、放り投げていることになってしまいます」
この小学校と生田さん、ゼミの大学生が協力して、弱視の子どものために、200ページの副読本の音声データを入力し、音声ペンでタッチすれば読み上げる声が聞こえるような教材を作りました。
また、ある特別支援学校とは、この仕組みを応用して、音声ペンでシールの情報を認識した後、ブルートゥースで情報を飛ばしてタブレットで動画再生させる教材を作りました。
漢字が思うように浮かばないけど、スマートフォンの文字変換機能を使えば、とても上手な文章が書ける子どももいます。障害は多様なのです。
「今、様々な課題の子どもが学校に入ってきます。この課題ごとの教師が個別に対応するのは難しくなってきています。一方で、そういう子どもはレッテルを貼られてしまいがちです。もっときちんと対応していけば、子どもたちの活動の幅が広がります」
生田さんが開発したツールは現在、文部科学省の科学研究費へや大学の戦略的特別研究費によって支えられています。全国180人以上の教師が実践校で使っており、希望する教師には、音声ペンやソフトなどを無償で提供しています。
新たに、自閉症の子どもたちが教室でコミュニケーションを取れるツールの開発に取り組み始めています。
「なかなか人と関われない、静かに教室にいられない、意思が伝えられない、だからパニックになったり、乱暴と思われたりしまっている……。ツールを挟むことで、相手に意思を伝えられるようになる道を切りひらいていきたいです」
生田さんは、自分たちの活動が「障害のある人だけ」の取り組みではないと強調します。
「私が取り組む分野は、アセスティブ・テクノロジーと言われています。様々な課題を抱えている子どものための支援道具の開発です。理想は障害にこだわらない社会を作っていくことですが、人間は年を取っていけばできないことがでてきます。障害がある人だけにこだわらず、お年寄りも使えるようにすることも含めて、オールラウンドに使われる社会になればいいと思っています」
皆さんの経験談や提案、意見をお聞かせください。一部は、朝日新聞「声」欄やwithnewsでご紹介することがあります。
投稿はメール、FAX、手紙で500字以内。匿名は不可とします。住所、氏名、年齢、性別、職業、電話番号を明記してください。
〒104・8661
東京・晴海郵便局私書箱300号
「声・障害児の就学」係
メール:koe@asahi.com
FAX:0570・013579/03・3248・0355
1/36枚