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#21 #まぜこぜ世界へのカケハシ
「早くして」車いすユーザーの言葉に葛藤 鉄道会社、支援のリアル
最近、駅の「バリアフリー化」という言葉を、よく聞くようになりました。鉄道会社は、大切なことであると理解しつつ、混雑緩和や費用などの問題について、試行錯誤しているのが現実です。駅員の一人は、車いすの乗客への対応を巡り、「社員間で怒鳴り合いになったこともある」と明かします。安全確保を求める企業側と、素早い対応を望む利用者の間で、板挟みになる現場。ハード面の整備にも限界がある中、必要なものとは? 鉄道関係者の言葉から考えます。(withnews編集部・神戸郁人)
そもそも鉄道会社は、車いすで駅に来る人たちに、どういった対応をしているのでしょうか? 東北地方や関東・甲信越地方で営業する、JR東日本に聞いてみました。
同社では、車いす利用客の希望に応じ、乗車時のサポートを行っています。車両とホームの段差をなくすスロープを持参し、数人の駅員や警備員が付き添うスタイルです。
この時、利用客とのコミュニケーションが、最も重要になります。目的地や、乗り換えの有無などについて聞き取り、降車駅の社員に、電話で対応を依頼するためです。
当然、一定の時間がかかり、客側から「早く案内して」といった声が上がる場合も。
担当者は「お客様の安全確保のためには、十分な態勢をつくらないといけません。結果的に、お待たせしてしまうケースはあります」と認めます。
対応の裏側について、もう少し深掘りしてみましょう。ある鉄道会社で働く、男性社員の話です。
男性は関東地方の駅に勤め、車いすの利用客とも接してきました。何人か顔見知りの当事者がおり、駅を訪れるタイミングや、サポートに必要な時間などが共有出来ているため、比較的支えやすいそうです。
難しいのは、初めて出会った人に対する時だといいます。
「急いでいるお客様が、一人で乗車することがあるんです。本来は、降車駅の社員に電話しないといけないのに、どこで降りるかが分からない。仕方なく、お客様が乗っている電車の車掌に、無線で知らせます」
通常は何人かで対応するところ、その電車に乗っている車掌一人で、ホームに降ろしてもらうケースもある――。そんな内幕を明かしつつ、男性は更に続けます。
「遅延や運休の発生時などは、特に大変ですね。指令センター経由で連絡を取るのですが、問い合わせに応じる担当者も、トラブルへの対処で手いっぱい。社員同士が、怒鳴り合いながらやり取りする場合も少なくありません」
このような苦労は、車いす利用者が自力で移動しやすい環境をつくれば、軽減出来るのではないでしょうか?
「それが、簡単ではないんです」。フリーの鉄道コンサルタント・至道薫さん(55)が語ります。
至道さんには、江ノ島電鉄(江ノ電・神奈川県藤沢市)で30年ほど勤務した経験があります。駅舎のバリアフリー化も進めた、いわば「鉄道のスペシャリスト」です。
障壁の一つと感じていたのが、スペース確保の難しさといいます。
至道さんは江ノ電時代、沿線駅のホームに、坂道状のスロープをつくる計画を担当しました。建物の多くは、住宅街の合間に位置し、独立して設けられるほどの幅がないところも。やむを得ず、階段など一部の設備を削ったケースがあったそうです。
では都市部のターミナル駅ならどうでしょうか? 実は、この場合も課題があります。
スロープはドア付近に設けると効果的ですが、歩行者の動線を減らすのと表裏一体。通勤・通学時間帯を中心に、利用客があふれる場所では、整備前に多くの調整が不可欠です。
ホームと車両の隙間や、段差をなくす、という方法も考えられるかもしれません。しかし国土交通省の基準は、多角的に安全確保を求める内容。運行に支障が出ないよう、段差などを完全に解消するのは難しい、という事情があります。
まだ壁が高い、ハード面での解決。一方で至道さんは、鉄道各社が国や自治体と連携することで、改善に向けた動きは早まると指摘します。
「例えば、自治体からの補助金などのルールをつくり、バリアフリー推進を加速する。そうすれば福祉に回せるお金が増え、当事者へのケアが進むかもしれません。同時に、ホームやスロープに関する規制が柔軟化すれば、大きな後押しになります。それは市民にも理解されるでしょう」
「企業だけで出来ることには、やはり限界があります。時間は掛かるかもしれないけれど、色々な人を巻き込んだ方がいい。『障害のある人に優しい路線』になれば、沿線に当事者が移り住んでくれる未来もありえると思います」
ここまで見てきたように、鉄道業界の葛藤を、すぐにほどける「特効薬」は存在しないようです。
しかし、悲観する必要はない、と考える人がいます。ローカル線・いすみ鉄道(千葉県大多喜町)の前社長、鳥塚亮さん(58)です。
同社が赤字経営だった2009年、公募を経て、社長に就任した鳥塚さん。立て直しのため、昨年6月の退任まで、数々の観光施策を打ち出しました。
今では風光明媚な沿線風景を楽しみに、車いすを使う人も含め、多くのファンが利用しています。
17年10月には鳥塚さんの発案で、全身の運動機能が衰える難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の当事者向けに、貸し切りの特別列車を運行しました。
乗客の要望に応じ、鳥塚さん自ら車いすを持ち上げ、途中駅のホームに降ろしたといいます。
「このとき、社員にも対応をお願いしたのですが、批判は出なかったんです。むしろ、障害のある人と接したことで、『みんなでどう支えられるか考えよう』という雰囲気が強まったように感じました」
鳥塚さんによると、近年は複数路線の乗り入れなどが進み、各社で一編成当たりの乗車率が低下傾向にあります。車いすを使う人にとっては、利用しやすい環境が生まれているのです。そのため、現場の社員が当事者と触れあう機会も増えました。
鉄道会社が対応に苦慮するのは、障害のある人が、以前より街に出やすくなったから。その意味で現在は「過渡期」と言えるでしょう。
こうした状況は「希望する人を誰でも目的地まで運ぶ」という原点を、企業側が再確認する好機でもある。そう鳥塚さんは語ります。
「バリアフリー設備を充実させるのは、もちろん重要です。ただ、それを活用する側に、当事者と向き合う姿勢がなければ、『仏作って魂入れず』になりかねません。やはり根っこには、人間的な助け合いがあるべきだと思います」
「例えば車いす利用者を採用し、運行計画の整備などに関わってもらう。そうした目線が経営に加わると、立場を問わず使える交通機関になります」
「利用者に我慢を強いないため、何が出来るか。それを考え抜けた鉄道会社は、今後も人々に選ばれるのではないでしょうか」
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