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「手かからぬ子いない」障害児受け入れ、学校トップに必要な「覚悟」
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インクルーシブ教育は、受け入れ態勢や周囲の理解において課題が少なくありません。だからといって、あきらめるべきなのでしょうか? 親や教師によって理解度の違いがあることに直面した元教員。障害も子どもの特徴の一つだと考え活動する児童クラブ。子ども同士が学び合う授業はどうすればいいのかを考える教員たち。各地の取り組みから、多様性を認め合い、学び合う場を作るために必要なことは何かを考えます。
インクルーシブ教育に取り組む小学校でも、教員によって対応に差が出てしまうことがあります。
兵庫県に住む元小学校非常勤講師の女性(58)は、昨秋まで小学校に勤務していました。
教員免許は、幼稚園、小学校、特別支援を持っています。幼稚園で働いた後、子育て期間を経て、インクルーシブ教育が始まった小学校で、子どもや担任教師のサポートをする協力員を5年間していました。この協力員の経験を通じて、こんなことを感じています。
「インクルーシブ教育はとても難しいです。教員の中にも、知識のある方とない方と様々です。研修を受けたり、勉強をしたりしているはずですが、知識があっても上手に発揮できないのでしょうね」
「健常児の親の理解のなさもあります。もちろん、まったくインクルーシブ教育を知らないという方もいると思います」
実践できる教師、やろうとしても上手に実践できない教師、やろうとしてもさせてくれない環境の教師、そして最初からやるつもりがない教師がいると言われています。
「普通の授業でも指導力の差がありますよね。インクルーシブ教育だと、より教師の指導力の差が出ます」
障害がない子どもの保護者の理解も欠かせません。この女性は、低学年のクラスで障害児の協力員をしていたとき、授業参観の親から「うちの子もみてください」ということを感じたことがあったそうです。
「教育熱心な親ほど、教師が障害児の対応に時間を使うことに不満を抱く方が多いように思えます。ただ、子どもたちの方が、障害を持っている同級生が困っている雰囲気を察して、自発的に助けていることがあります。高学年だと冷たく見ている子どももいますけど、低学年からインクルーシブな環境にいると、自然に助けてあげたいと思う子どもが多くなると思います」
「お世話係をさせられる」「健常児の学習権の侵害だ」と考える人も少なくありません。
「確かに担任教師の中には、『お世話係』という意味がなくても、世話をしてくれそうな子どもを近くの席に置きたいと思うことがあるでしょう。しかし、してくれなさそうな子どもを横に置くのも難しいですよね。学年末までに、クラス全体でサポートできるようにするのが、担任教師の力だと思います。でも、これって社会に出たら生きてくることだと思います」
もう一つは、多動の子どもが一緒に学ぶ場合、教師と相談してクラスメートやその保護者に障害について説明することも考えた方がいいのではないかと提案します。
「最初は、えっと思うかもしれませんが、カミングアウトした方が周囲とのトラブルが少ないと思います」
保護者の知識によっても差が出ることがあります。
青田真紀さん(53)は、愛知県で放課後子ども教室の指導員をしています。
「利用者の中には、発達障害の疑いのある児童もいますが、お母さんにその知識があり、情報共有ができ、意思疎通がうまくいっています。やはり、保護者の方の認識があるとないとでは、雲泥の差があります」
また、教師や学校による差については、こう考えています。
「一生懸命やってくれている教師もいますが、公立小学校の教師にもっと理解を深めてもらえるように、保護者の方から積極的に声を上げて、意識改革をしていただきたいです」
障害があっても、障害がなくても、区別なく受け入れている学童保育を運営している人たちがいます。
静岡県島田市にある民間の放課後児童クラブ「ひみつ基地」は、定員23人でしたが、4月から30人に増えました。スタッフは5人。地元自治体からの要請もあり、2017年から障害者の就労支援などを行うNPO法人が民間学童として運営しています。
運営の責任者で、社会福祉士の進士直洋さん(31)は、こう考えています。
「対象は6年生までですが、今いる利用者は1年生から3年生です。障害を持つ子どもも通っています。ただ、障害がある、障害がない、というわけ方だけでなく、子ども一人一人の特徴を見れば、アレルギーの子もいれば、難病の子どももいます」
「手のかからない子どもはいません。だから、障害があるから支援が必要だという見方はしていません。子どもごとに、必要な支援は何かを考えています。共働きが多く、家での親子のかかわりが少ない分、ここで補完することが必要だからです」
子どもに関する情報は、基本的にはその子どもの親から聞く話です。制度ではありませんが、ケースによってはスタッフが保護者の同意を得たうえで就学前の保育園に出向いて、生活を観察したり、保育士らと情報交換をしたりして、スムーズなサポートができるようにしています。ただ、小学校やスクールカウンセラーなどとは情報共有がまだできていないのが現状です。
障害のある子と障害の子を分けて学ぶのではなく、同じ教室で子ども同士が学び合う授業をしている教師たちがいます。アクティブラーニングが求められる時代になり、教師の間で注目を集めています。
2月上旬、神奈川県厚木市で「『学び合い』神奈川の会」が開いた相談会や模擬授業がありました。
ちらしの表題は「障害が障害でなくなる『学び合い』」。「一人も見捨てない」、「全員が課題を達成する」を合言葉に、クラスの子どもたちが互いに教え合い、それぞれに合った進度、深度で学習をしていく教育理念です。
この日の参加者は、小中高校の教師や障害を持つ子どもの親など約30人いました。代表の小林大介さん(34)の周りには、若手教師や保育士、就学前の母親らが囲んで悩みを相談し始めました。
授業中、児童はじっと座っていて教師は板書を書くもの、という従来型の一斉授業を推し進めてきたベテラン教師や学校の管理職の教師にとってみれば、授業中に子どもたちが席を移動して話し合う「学び合い」の授業風景は目新しさを感じるかもしれません。若手教師から周囲の理解を得る方法について聞かれると、こうアドバイスしていました。
「例えば、プリントを別に作っておいたり、授業前に板書を書いておいたりする方法もあると思います」
相談が進んでいくと、障害児の教育に関する質問も出てきました。
「『学び合い』が進んでいけば、特別支援学級はいらなくなるのでしょうか」
小林さんはこうアドバイスしていました。
「学校は交流が限られていて、卒業して社会に出ると共生社会だと言われます。共に学び合う教育の中で育っていくことが大切で、その方法の一つが『学び合い』だと思います」
「管理職の教師は、一定水準以上の学びの質を保証しなくてはいけないので慎重になりますが、これらの時代に求められる力は何かということを考えたとき、マインドリセットも必要なのではないでしょうか」
小林さんは、静岡大学教育学部を卒業し、小学校と中学校、高校の教員免許を持っています。青年海外協力隊で2年間、エルサルバドルの小学校で教えていたこともあります。帰国後、一般企業に勤めた後、神奈川県内の小学校で教師をしていました。通常学級の担任教師をしていたころ、特別支援学級との「交流」や「共同学習」の経験もあります。
「体育や図工は一緒に授業ができても、算数や国語は別の教室で教えることが多いと思います。しかし、授業の内容によって教室に来る来ないということになると『お客様扱い』になってしまいます。交流するクラスで特別支援学級の担任教師が付きっきりでいると、これも他の子どもたちとのかかわり合いが難しくなってしまいます」
形式的な「交流」や「共同学習」ではなく、それを行う目的の中には、障害がない子の方にもあるのではないでしょうかと問いかけます。
「同質性が高い集団で長い時間過ごしていると、多様性への感度が下がっていきます。建前上は、インクルーシブな社会を目指しましょうと言いますが、子どもたちが社会に出る前までに、多様なものを排除していっている教育があるのではないでしょうか」
障害を持つ子どもやその親は、地域とのかかわりを求めています。学校を卒業してからも地域で暮らしていくためには、地域の人たちとの関係が必要だからです。
障害児の就学を巡って様々な経験をした保護者からは、「地域で育てますから」「学校に任せてください」といった校長の言葉に安心感を覚えたという人が少なくありませんでした。
小林さんもこう言います。
「教師は元々、『授業力が高い』『実践がすごい』といった言葉が示すように、個人商店で、そのレベルを上げていくことが注目されてきました。しかし、個人個人の先生で対応することが難しいことがでてきています」
「学校は変わらないと思われがちですが、学校もトップで変わります。みんなの意識が変わることで学校が大きく変化した例もあります。それはトップのマネジメント能力によります。今は学校運営が注目されています。保護者、地域に納得してもらうには、現場の教師に『うまくやって』と言うのではなく、校長が自ら語ることが必要だと思います」
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