連載
障害児の学校選びには「就学ノート」がオススメ! 「交流」にも差
連載
幼稚園・保育園の年長組に進級して間もなくすると、地元の自治体の教育委員会などから、小学校への就学先についての説明会の知らせが届きます。対象は、障害がある子どもだけでなく、支援が必要な子どもたちです。同じ障害でも子どもごとに違う必要とされる支援。発達支援に取り組む施設の専門家は、戸惑う親たちに「就学ノート」作りを勧めます。学校選びのポイントについて考えてみました。
1月、神奈川県川崎市に住む森口奈津子さん(36)はママ友と一緒に、親子がつながれて情報交換できる場「みんなの居場所『あつまろ』」を始めました。場所は地域の療育施設の一室を借りています。
「施設では、他の親子と少しは話しますけど、利用者になってしまっていました。その一方、何かの目的ではなく、親たちがつながれる場が欲しいな、と思って始めました」
ケースワーカーに相談すると、手伝ってくれることになり、施設を利用できました。
1月の参加者は6組の親子でしたが、3月中旬の2回目の集会には、就学前の子どもから小学生の低学年の子どもと親、療育にかかわる人たち約60人が集まりました。
自己紹介の後に、フリートークで悩みを語り合いました。入学予定の小学校に通う「先輩親子」の参加もあり、就学前の親にとっては情報収集や情報交換ができたそうです。
「あつまろ」をつくった背景には、森口さん自身が「安心して託せる社会になっていない」という心配があったからです。
より良い環境やよりよい選択のためには、障害児の親たちも「自分たちが汗をかかないといけない」と感じています。
森口さんの長男(6)は、今春、地域の小学校に入学しました。
3歳児健診の後、発達支援をする施設で相談するように促され、検査を受けた結果、「自閉症スペクトラム」と診断されました。発達支援のプログラムに1年3カ月通い、年中、年長の2年間は幼稚園に通いました。
就学で望んだのは通常学級です。
「幼稚園では、みんなの中で成長しました。勉強は多少できなくても、集団の中で生きていける力を大事にしていきたいと考えました」
夫婦でこう考え、「補助が必要なところは私がしますので……」と伝えました。学校側からはマンパワーが足りないので登校から下校まで付き添えますかと問われたそうです。
森口さんには幼稚園に通う長女(4)もいます。その通園も考えると、「ずっとは難しい」。入学式が迫る中、1月末には通常学級への入学希望をあきらめ、地域の小学校の特別支援学級に入学することを選択しました。
一方、学校側には、ケース会議の開催をお願いしました。親子と学校の教師だけでなく、発達支援の専門家も含め、子どもにとってどんな支援が必要なのかを検討し、小学校生活にスムーズに溶け込めるようにするためです。入学後、困ったときにはいつでも開いてくれる約束をしてくれたそうです。
「学校に子どもを押し付けるのではなく、子どもの思いとすりあわせながら協力していきたいです」
特別支援学級か、特別支援学校かで悩んでいる家族もいます。
東京都内に住む自営業の女性(44)には、来春、小学生になる長男(5)がいます。自閉症と知的障害、体に軽度のまひがあります。
「周りのお子さんとふれあいを求めても、得られるのは『お手伝い』のみではないでしょうか。他のお子さんも、学ぶことが大切な時にお世話に追われてしまうのは本末転倒だと思います」
「身辺自立」と言われる生活の基本動作に関する指導が、特別支援学校の方が手厚いのではないかと感じています。親が願うのは、子どもが将来、福祉の力を借りつつも何とか自力で生きていってほしいということです。
特別支援学級は、特別支援学校に準じた教育を行うことになっています。ただし、特別支援学級に通う児童でも知的障害の有無やその重さの違いがあります。その結果、学習がどのレベルを中心に行われるのか不安を抱く親もいます。
女性は「特別支援学級での教え方によっても『お客さん』になってしまいます」と話します。一方、特別支援学校は、地域とのつながりが絶たれてしまう懸念があります。重複障害や重い障害を持つ児童が比較的多いと「うちの子が物足りなさを感じてしまうことがあるのかなと考えてしまうことがあります」とも考えています。
夫婦ともに子どもの頃、学校で障害のある子どもの「お世話」をした経験があるそうです。「先生の心象が悪くなるという気持ちがあってやりましたが、ちょっと重荷でした」と振り返ります。
神奈川県に住む丸山智恵さん(45)は、今春、特別支援学校の3年生になった次男(8)がいます。ダウン症です。母親が毎朝、車で学校まで送り、学校が終わると放課後等デイサービスを利用しています。
「子どもに無理をさせたくなかったので、発達支援の施設に2年間、週5回通いました」
就学前、特別支援学校を見学すると、1クラスの児童は6人までで、教師2人がついていました。しっかりサポートしてくれると感じました。子どものためにどちらがいいのかを考えて、特別支援学校を選んだそうです。
次男は、小学2年生になってから家族が暮らす地域の小学校に行って一緒に学ぶ、「交流」や「共同学習」がありました。1年生のときは「まずは特別支援学校での生活に慣れさせよう」と考えて参加しませんでした。2年生は特別支援学校の教師が付き添うこともあり、地域の小学校の通常学級や特別支援学級での「交流」や「共同学習」に参加してみました。
「子どもは行ってみたら、とても楽しそうにしていました。予想していなかったことです。私はそれまで特別支援学級に行かせることも、健常児とかかわることも考えていませんでした」
後日、スーパーマーケットや公園で交流した健常児の子どもと出会うと声をかけられました。
「いじめられる、迷惑をかける、がんばらなくてはいけない、休み時間独りになったらかわいそう……。そう思っていましたが、悪いことばかりではないです。交流することは、地域の人たちに知っていただけるのでいいなと思いました」
それでも、障害のある子どもと、障害のない子どもが可能な限り一緒に学ぶインクルーシブ教育については、慎重な考えを持っています。
「大人の中にインクルーシブ教育がいいという風潮がありますが、子どもはどうなのでしょうか。一緒に学ぶことがその子にとっていいのかどうか、見極めないといけないと思います」
岐阜県に住む主婦、平野千歳さん(50)は、診断名がつく前と後で周囲の対応が変わったことを経験しました。
幼稚園に通う長女(5)は、3歳児健診のとき、コミュニケーションが苦手なことから、保健センターや療育施設に通うようになりました。診断書に書かれた診断名は「自閉スペクトラム症」です。知的障害はなく、発語も「早め」と言われるような感じで年齢相応の会話ができます。
ただ、聴覚過敏などがあるそうです。否定語を言われると、かんしゃくを起こします。3年保育で通い始めた幼稚園は、年少の時の12月で通えなくなりました。今春から別な幼稚園に通い始めます。幼稚園が通常より教員を多く配置する加配の教師については、自治体から年度途中からだと対応できないと言われ、再就園がこの時期になってしまいました。
小学校については、医師から「特別支援学級がいいのではないか」と言われています。
平野さんは、特別支援学級に子どもを通わせることに迷いがないものの、長女に合った「環境的配慮」をしてもらえるのか不安を感じています。
小学校への就学まであと1年。これから就学先選びのため、教育委員会や小学校との相談が始まります。
平野さんは、障害児を教育現場でサポートする支援員の数が全国どこの学校でも足りないのではないでしょうか、と指摘します。そして「理想論と呼ばれそうですが」と前置きしたうえで、こんな社会を願っています。
「子どもたちに共通することは、障害があってもなくてもその子自身が何を求めているのか、何を感じているのかを教師や大人が真剣に向き合って考えれば、診断名の有無は関係なくなり、線を引かなくても共生できると思うのです」
そしてもう一つ伝えたいことがあると言います。診断名がつく前と後では、周囲の目が変わったという経験です。
「周りの態度が変わり、同じ話でも真剣に聞く姿勢を見せてくれて随分楽になりました。診断名があるなしで生きづらさが違うのが悲しくも現状です」
発達に遅れがみられる子どもを持つ親を対象に、小学校に就学する前年の6月ごろから夏休みにかけて、地元自治体や教育委員会が、説明会や相談会を開くのが一般的です。障害児だけではなく、支援が必要な人や不安がある人も含まれます。
その後、個別相談、医学的な所見などを含めて総合的な検討をした上での必要な支援の提案と、保護者の希望をもとに、相談して就学先を決めていきます。文部科学省は、「就学相談・就学先決定のあり方」について、ホームページにこういう方針を示しています。
「就学基準に該当する障害のある子どもは特別支援学校に原則就学するという従来の就学先決定の仕組みを改め、障害の状態、本人の教育的ニーズ、本人・保護者の意見、教育学、医学、心理学等専門的見地からの意見、学校や地域の状況等を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する仕組みとすることが適当である」
また、「本人・保護者の意見を最大限尊重」し、「教育的ニーズと必要な支援について合意形成を行うことを原則とし、最終的には市町村教育委員会が決定することが適当である」としています。また、「柔軟に転学ができることを、すべての関係者の共通理解とすることが重要」ともしています。
東京都文京区にある民間の「富坂子どもの家」では、児童発達支援や相談支援をしています。施設長の勝間田万喜さん(54)は「区からの要請もあって、障害児の発達支援事業を始めました」と経緯を語ります。
2歳児から4歳児に当たる「幼児グループ」は、定員10人で月曜日から金曜日まで通うことができます。何日通うか、幼稚園や保育園との併用は選べます。
6割の子どもが文京区内に住んでいますが、他の子どもは世田谷区や大田区などから通っています。水曜日には0歳児から1歳児ぐらいの子どもを対象にした「親子グループ」もあります。
2月のある日、取材に行きました。午前9時30分ごろ、保護者に送られてきた子どもたちが通ってきます。
玄関でくつを脱いで、靴箱に靴を入れる。
小さな椅子に座って、お便り帳を開き、カレンダーのその日の位置にシールを貼る。シールをはがした後の紙くずはゴミ箱へ。
リュックは、タオルを取りだし、自分のロッカーにかける。タオルは、タオル掛けに。
発達の遅れがあっても、目印などを設けることで、子どもたちが自然にこなせるようにしています。
その後、子どもはそれぞれ興味がある教材を使って活動を始めます。
「その子の発達段階に合ったことをします」
お弁当の時間が近づくと、時計の針が示す時間に気付いた子どもが、昼食のためのセッティングを始めます。人数分のタオルを水道でぬらしてしぼり、口ふきの準備をします。その後、お弁当を食べるテーブルのセッティングと続いていきます。
みんなが同じことをする一斉活動はほとんどありません。
午後1時30分で終了ですが、両親が共働きの子どもは、移動支援の人たちなどが保育園に送ることもあります。
勝間田さんのところには、保護者からどんな悩みが寄せられているのでしょうか?
まず、幼稚園や保育園への就園の悩みがあります。生後まもなくわかる障害もあれば、成長に伴い発達の遅れに気づいてわかる障害もあります。そんなとき、発達支援をする療育施設などに通いますが、保育園または幼稚園との併用や、何年保育を選択するのがいいのか、といったことについて悩むと言います。
障害がある子どもの支援をする教職員を通常より多く配置する加配のための予算措置がされ始め、幼稚園や保育園に通いやすくなってきたのではないかと見ています。
小学校への就学については、こうアドバイスします。
「我が子の将来を見据えて真剣に考えることです。6年先のことを考え、納得した形で決めることが大切です。途中で選び直しをするにも、人の責任にすることなく、選び直しをしやすいからです」
具体的には、就学活動をどのようにおこなえばいいのでしょうか?
「まず自分の目で見ることです」と言います。就学まで1年を切ってからの年長で学校見学をしていくのではなく、「焦らないためにも、年中児のころから学校見学を始める方がいいと思います」と話します。
もう一つは、「就学ノート」を作ることを提案しています。
(1)最初に、どんな子どもに育って欲しいのか、どんな人生を送って欲しいのかを書く。
(2)子どもの特徴、何が好きで、何が苦手で、好みや得意なこと、周囲に助けてもらった方がいいことを書く。
(3)勉強、コミュニケーション、地元との関係など、6年間をどのようにイメージしているのかを書く。
(4)候補の学校ごとに見学して得た情報について、メリットとデメリット、教員と児童の人数比、教育環境、感想を書く。
「抜けがちなのが、子どもの気持ちです。話すことが未熟な子は、自分の気持ちを言葉で表すことができません。親の思いと子どもの思いをすりあわせることが重要です」
こうアドバイスする理由は、地域の小学校の特別支援学級に通ったものの、その子どもに合わず、特別支援学校に転校する子どもがいるということです。
また、学校によっては知的障害と情緒障害の子どもが一緒に学ぶ特別支援学級があり、発達障害の子どもが多くなって知的障害の子どもに手が回らなくなっているケースもあるからです。特別支援学級でも、通常学級から異動してくる教師がいて特別支援教育に詳しいとは限らないのが実情です。
勝間田さんは「子どもの状態を客観的にアセスメントすることで、学習しやすくなるのではないでしょうか」と話します。
皆さんの経験談や提案、意見をお聞かせください。一部は、朝日新聞「声」欄やwithnewsでご紹介することがあります。
投稿はメール、FAX、手紙で500字以内。匿名は不可とします。住所、氏名、年齢、性別、職業、電話番号を明記してください。
〒104・8661
東京・晴海郵便局私書箱300号
「声・障害児の就学」係
メール:koe@asahi.com
FAX:0570・013579/03・3248・0355
1/21枚