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2019年04月05日

「普通の人」の人生聞いてみた 定休日は決めない…美容室を開くまで


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美容師の米沢正光さん。下積み、雇われ店長を経て独立した=山本哲也撮影

美容師の米沢正光さん。下積み、雇われ店長を経て独立した=山本哲也撮影

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 通勤、通学中の見慣れた街の風景をあらためて眺めたら、入ったことのないお店、気づかなかった看板があるかもしれない。そこで働く「普通の人」は、どんな人生を歩んできたのか? 高校を辞めて上京した美容師が開いたのは、小さくても自分の生活を大事にできる店だった。下積みから、売り上げを競った雇われ店長時代の思い出。ささやかな「やりがい」を楽しみながら、今日もお店でかけるレコードを選んでいる。(ノンフィクションライター・菅野久美子)

おばちゃんパーマにされた

米沢正光さん(42歳)は、岩手県二戸市に生まれ。物心ついたときから、音楽や洋服やオシャレが好きで、ファッション雑誌を読み漁る少年時代を過ごした。

美容師の女性に当時のメンズノンノにたまたま載っていた本木雅弘の切り抜きを見せて、同じスタイルにして欲しいとお願いした。

「その時、美容師に『このスタイルは、パーマですね』と言われて、やたら髪を巻かれたんですよ。実際出来上がったら、見事なおばちゃんパーマになっちゃった。結局、本木さんとは全く別物に仕上がりましたね(笑)。鏡を見た瞬間のガッカリ感は半端なかった。ショックすぎて、速攻で近所のホームセンターでストレートパーマ剤を買って、自分で直しました。今でもあのときのことはしっかり覚えてます」

岩手県二戸市に生まれ。物心ついたときから、音楽や洋服やオシャレが好きだったという

岩手県二戸市に生まれ。物心ついたときから、音楽や洋服やオシャレが好きだったという

「辞めるか、ダブるか二択でした」

県内の高校に進学し、バスケ部に所属した。部活は楽しかったが、学校の授業は絶望的につまらなかった。次第に学校に行かなくなり、昼間は地元のスーパーのレジ打ちや中華料理屋の皿洗いなどで時給650円のバイトに明け暮れた。

1年の終わりに高校の担任に呼ばれて、出席日数が足りず進級できないと告げられた。

「辞めるか、ダブるか二択でした。でももう学校に行く気は無かったんです。『高校辞めてどうすんの? 手に職がないとキツイんじゃない?』と担任と両親は詰めよってくる。どうしよう、じゃあ美容師かなと。正直、何でも良かったんですよね。高校中退なので、実質中卒扱いなんですよ。だからなれる職業も限られる。その中で、なんとなくかっこいいなとか、モテるかも? と安易に美容師を選びました。今思うと、だいぶ不純な動機です(笑)。両親に美容師になるといったら、『男は床屋じゃないの?』と怪訝な顔をされました。でも、当時はそれが普通の感覚でしたね」

「なんとなくかっこいいなとか、モテるかも? と安易に美容師を選びました。今思うと、だいぶ不純な動機です(笑)」

「なんとなくかっこいいなとか、モテるかも? と安易に美容師を選びました。今思うと、だいぶ不純な動機です(笑)」

「アメリカやイギリスに行く感覚でした」

16歳の4月には、岩手県内の美容学校に進学し、翌年に卒業。就職を考えているときに、東京がふと目に浮かんだ。

岩手県内の美容室は、昔ながらの制服を着た美容師しかいない。でも雑誌で見ている東京は違う。地元にいても面白くないし、それなら東京に行こうと思った。

「スマホもなかったし、当時の東京はすごく遠かった。今だとアメリカやイギリスに行く感覚でした。テレビではドラマの『東京ラブストーリー』が流行っていて、とにかく東京に憧れていました。当時付き合ってた子が、地元にいたんですよ。それで地元に残るか東京行くかで迷いましたね。でも、結局東京を選んだんです」

東京は全部渋谷か新宿だと思ってた

美容学校の紹介で、東京都東久留米市の美容室に勤めることになった。

しかし、そこは思い描いていた東京とは、全く違うものだった。

「無知で田舎者だから、東京ってどこでも渋谷や新宿のような大都会だと思っていたんです。でも勤務先の東久留米市や寮のあったお隣の清瀬市は畑が広がって牛とかいて、めちゃくちゃビックリしましたね(笑)。マジか! うちの地元とそう変わんねーなと思いました。勤めたのも昔ながらの美容室でした。オーナーさんを先生と呼ばなきゃいけなくて、技術面でも、基礎中の基礎なんですよ。だりーと思いながら働いていたんですけど、今ではそこで学んだ事が僕の美容の基本となっています。でも、もういい加減原宿や渋谷や代官山、下北沢で働きたいと思うようになりました」

1年半勤めた後に、雑誌で探した池尻大橋の美容室に転職。そして、順調にアシスタントからスタイリストに昇格し、美容師経験を積んでいった。

「無知で田舎者だから、東京ってどこでも渋谷や新宿のような大都会だと思っていたんです」

「無知で田舎者だから、東京ってどこでも渋谷や新宿のような大都会だと思っていたんです」

雇われ店長時代、暇というつらさ

しかし、20代後半の時に大きな転機が訪れた。

新規オープン店の店長に抜擢されたのである。最初は意気揚々としていたが、オープン当初は売り上げが思うように伸びず、ストレスでアレルギー性の赤い発疹が全身に現れるようになる。 

「何が辛いって、暇だったんですよ。美容師にとって、暇な時間って本当にきついんです。お客さんを待つ状態は地獄なんですよ。掃除したり、後輩の技術指導をしたりするんですが、いくら待ってもお客さんが来ない。電話が鳴ったらあぁ来た!となる。美容師的には予約が入った時が一番嬉しいんです。それがモチベーションになる。でも、ひたすらお店で電話を待ってるだけ。それなのに、オーナーからは売り上げを求められて突き上げられるし、ストレスは半端なくて、体中にブツブツができたんです」

頻繁に街にビラを配りに行ったりするなど努力を重ねたが、それでも思うように売り上げは伸びなかった。

「美容室って、内装を豪華に作っちゃうんですよね。さらに家賃も人件費もかかる。それを全部売り上げでカバーするのは、並大抵じゃない。プレッシャーが強かったですね。次第に客数、売り上げも上がって、雇われ店長という生き方もあったけど、なんか違うなと思いました。自分が理想とするのは、椅子に座ったらお客さんと二人で作り上げる超プライベートな空間なんです。そこで売り上げとか、オーナーの小言とかほっといてくれという思いが強くなっていったんですよね」

自分が求めている美容師像とかみ合わず、苦しい毎日が続いた。

「売り上げも上がって、雇われ店長という生き方もあったけど、なんか違うなと思いました」

「売り上げも上がって、雇われ店長という生き方もあったけど、なんか違うなと思いました」

ペンキを自分で塗り、家具のほとんどをDIY

そんな紆余曲折もあったが、ついに米沢さんは2010年に独立して、自らのお店を代々木八幡駅の近くにオープンさせる。その名も『AnthologyHair』。

美容業界で新規オープン店の常識だと米沢さんが感じるのは、一階路面でガラス張りの店舗だ。しかし、『AnthologyHair』は、外から中は見えず、一見美容室だとはわからない作りになっている。予算を安く収めるため、居ぬき物件を借り、壁のペンキも自分で塗り、家具のほとんどをDIYで自作した。

「オープンして2年までは、内装のペンキが塗りかけでしたね。お客さんにも、『この店、いつ完成すんの?』と言われたりしてました。でも、ここをオープンしてからは、経営的にはお陰様で 順調なんです。毎日やることがいっぱいあるんですよ。例えば、お店でかけるレコード選んだり、レコード磨いたりね(笑)」

そう言って、米沢さんは苦笑いする。

美容業界に押し寄せたスマホ・SNS

美容業界も流れが変わったと感じたのは、5、6年前だ。

昔は雑誌がトレンドを発信していたが、スマホやSNSの爆発的な普及による影響が、美容業界にも押し寄せたのだ。インスタグラムなどのSNSにアップされた  国内や海外のアーティストと同じ髪形にして欲しいとお客さんから要望されることが増えてきた。

「ここ数年の時代の変化はすごいですね。美容業界もSNSがすごく影響力を持つようになった。海外の情報もすぐわかっちゃう。それもあって、衝動的にこの髪形をやりたいといってお店を訪れる方が多くなりました。今の流行りやトレンドというよりも、自分が興味のあるスタイルを掘り下げることができる時代になったと思います。それに応えるのは、やりがいがありますね」

典型的なのは、原色のカラー剤を入れる抵抗感が近年和らいでいるということだ。

「看護師さんや会社員の方も髪の内側に原色のカラーを入れるのは普通になりました。昔は原色のカラーにするのは、限られた人だけのカルチャーだった。でも、今はSNSで、あの人がやってるから私もやってみようという潮流になっている。僕はいい傾向だと思いますね。ふり幅が広くなるじゃないですか。黒染めから茶色、原色もあって、自由に楽しんでるなと思うんです。髪とか洋服でその人のモチベーションって百八十度変わる。だったら、髪くらい自由にしたっていいと思うんですよね」

「ここ数年の時代の変化はすごいですね。美容業界もSNSがすごく影響力を持つようになった」

「ここ数年の時代の変化はすごいですね。美容業界もSNSがすごく影響力を持つようになった」

美容師は人の人生を変える仕事

お店をオープンして、今年で10年目。同業の奥さんと二人でお店を切り盛りしている。定休日は特に決まっておらず、逆にお客さんが、米沢さんの予定に合わせてくれることもある。

「僕は子供が二人いるんですが、お客さんに『土日に子供の運動会行くから、日にちをずらしてもらってもいいですか?』とお願いすると『いいよいいよ』と言ってもらえる。今は、お客さんとそんな関係性ができているんです。美容師の魅力は、一回の仕事でその人の人生を変えられるところ。いい音楽聞いたり、映画見たりすると、人生変わる。それはヘアカット ヘアスタイルにも当てはまる。あの時のショックだった髪形って今も覚えてませんか(笑)? 美容師って、良くも悪くも人生を変えれるんですよ。お客さんの人生の大事な節目や、普段の日常でも、頼られるし。結果が良ければお金を頂いて、ありがとうと言われるんですよ。この仕事、すごくないですか」

そう言った後に米沢さんは、「……なーんて真面目なことも言ってみたりね」と、自分でツッコミを入れて照れくさそうにはにかんだ。

定休日は決めない、ゆるやかな時間……等身大な美容室の風景
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