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「明日は学校ある?」長女の笑顔 障害児を地域で育てるということ
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入学式や新学期の季節です。障害を抱えた小学1年生の子どもを持つ家族にとっては、就学先の選択で悩み、やっとたどり着いた学校の校門です。地域の小学校の特別支援学級。通常学級で過ごす時間が長いインクルーシブ教育。障害児だけで学ぶ特別支援学校。様々な事例から、障害児の就学について考えます。
「地域の中で育てる」ことを大事にしている一家がいます。
大阪府に住む阪井幸惠さん(38)の長男(6)は4月から、きょうだいが通う地域の小学校の特別支援学級に新1年生として通います。
阪井さんの仕事は保健師です。普通の人よりは子どもの障害について知識がありました。発達の遅れがあるのかなと気付いたのは1歳半を過ぎたころでした。
発達検査を受けましたが、この時点では診断名を付けられませんでした。不安を抱える中、改めて自治体の保健師に相談すると、「みんなで見ていきましょう」と言われ、保育園への入所を勧められました。
もともと、阪井さんの家族は「直したいという感覚よりは、伸ばしたい部分を伸ばしていけたらな」と考えていました。
保育園に通うことは、地域の子どもたちと一緒に過ごす環境に置くということで、発達が促されるのではないかと思ったからです。
「家族全員で、平均80点でいい」と考え、お互いに補い合えばいいという、いわばインクルーシブな家族としての生き方です。
しかし、実社会はそう簡単に受け入れてくれませんでした。
保育園に入園すると、自治体が運営する児童発達支援施設に移るように強く求められました。
児童発達支援施設は、障害がある未就学児を対象に日常生活における基本的動作や集団生活への適応のための支援を行う施設です。
専門医を受診すると、初めて「広汎(こうはん)性発達障害」という診断名が付きました。専門医の勧めもあり、週1回、保育園を休んで児童発達支援施設に通い始めました。
同時に、「先輩親子」である経験者の話を聞こうと各地の市民講座に通いました。そこで、自閉症の子どもを持つ親が語っていた「地域の中で育てることが重要」という言葉に共感したそうです。
「この頃からですかね、特別な枠に入れるのではなくて、地域の中でみんなで育っていくのがいいと考えるようになりました。地域で育つからこそ、近所の友だちにも声を掛けられたり、見守られたり、支えられたりといったことが自然な関係の中でできるようになると思います。地域で育たないと、地域の目が届かないでしょ」
地域にこだわるのは、親が先に死んだ後、残された子どもの人生を考えているからです。
就学先の選択は、昨年6月から始まりました。保育園を通じて知らせがあった自治体主催の説明会に行くと親や保育士ら200人ほどの人が来ていました。
「親が責任を持って選択すべきだから、特別支援学校と特別支援学級の両方を見学して、無理のない選択をして下さい」
こんな趣旨の言葉を言った教育委員会の説明に違和感を覚えました。
「そもそも親に情報がなさ過ぎるのに……」
阪井さん親子は、特別支援学校と特別支援学級の両方を見学した結果、特別支援学級を選びました。決め手の一つは、特別支援教育の経験がある校長が言った言葉に安心感を覚えたからです。
「地域で育てます」
入学前には、障害支援専門員を中心に、阪井さんのほか、小学校の教員や放課後等デイサービスの職員、通っていた保育園の保育士や療育施設の職員らが集まり、情報共有や必要なサポートについて議論するカンファレンスを開いてもらいました。
このような就学直前の情報共有や連携のためのカンファレンスは、他の地域でも参考になります。
障害のない子どもたちとの触れ合いを大事にする家族もいます。
埼玉県の勝山祥さん(42)の長女(7)は4月から小学2年生になります。
きょうだいが通う地域の小学校の特別支援学級に通っています。3人きょうだいの2番目です。ダウン症で知的障害もあります。夫婦は、特別支援学校、特別支援学級、通常学級の三つの選択肢で悩みました。
家族で出した結論は「保育園から普通の子たちとふれ合って成長してきたので、地域の小学校の特別支援学級に通わせたい」ということでした。
「地域で、障害がある子どもを隠して生きて行くわけにはいかないですよね。地域の人たちと一緒に育っていって欲しいと思いました」
就学にあたっては、教育委員会側から「特別支援学校に行くのが望ましい」と告げられました。もちろん、強制ではありません。「子どもにとって一番いい環境を両親と話し合っていきたい」とも言われました。
最終的にきょうだいが通う小学校の特別支援学級を選んだのは、保育園での経験が大きかったからです。
「普通の子と一緒にいると、他の子に出来て自分に出来ないことがあると子どもなりにプライドがあるのか、努力していました。周囲の子どもたちも受け入れてくれて、何事にも、みんなでできるように支え合おうという雰囲気が自然に出来ていました。その環境に近いと思ったのが特別支援学級です」
ダウン症の子どもを持つ家族の団体は、全国各地にあります。ダウン症の診断は、生後まもなく行われることから、親同士のつながりが乳幼児の時期から始まります。勝山さんも、頼った情報源の一つが「先輩親子」でした。
長女が通う小学校では、ダメなことはちゃんと注意して指導してくれる教師に出会えたこともあり、自分で出来ることが増えてきているそうです。
家族の会話の中に、学校での出来事、友だちの名前がよく出てくるほか、鞄から勉強道具を出して宿題などをやっているそうです。
長女「明日は学校ある?」
勝山さん「明日も学校だよ」
うれしそうな笑顔を見て、就学先の選択が間違っていなかった、と実感しています。
入学前の不安をふっしょくしてくれたのが、校長の「安心して登校して下さい。大丈夫ですよ」という言葉だったと振り返ります。
障害を持つ子どもが暮らす地域の小学校に、必ず特別支援学級が設置されているわけではありません。また、障害といっても、知的障害や情緒障害などと障害の種類でクラスが分けられており、該当するクラスがなく、学区外の小学校にある特別支援学級に通わざるを得ないケースもあります。
熊本県の魚谷未季さん(39)の長男(6)は4月、小学1年生になりました。幼い頃から落ち着きがなかったり、音に敏感で雑音や大きな音を苦手にしていたりしていたため、発達支援のための施設に通うとともに、幼稚園は発達支援に力を入れているところを選びました。
ただ、魚谷さんの子どもは、「傾向がある」とは言われていても、具体的な障害を示す診断名は付いていません。就学について、子どもの選択は「(人数が)少ないクラスがいい」でした。
魚谷さんも「通常学級は厳しいかな」と感じていたため、幼稚園の年中のころから、地元の小学校までの通学路を歩き、学校を見学させてもらって校長や特別支援学級の教師との関係性を築いてきました。年長になり、就学相談でも教育委員会から、「(特別支援学級の)情緒クラスが望ましい」とされました。
ところが、ここで壁にぶつかりました。
魚谷さんの希望した特別支援学級の情緒クラスが、新年度からは設けられなくなったのです。2018年度の在校生が6年生1人で、卒業するためです。知らされたのは今年の1月でした。
「通常学級への就学か、隣の学区の特別支援学級への就学を、今週中に結論を出していただきたい」。教育委員会から言われたのは、こんな趣旨の内容だったと言います。
入学式まで3カ月を切った1月。普通の新入生は、ランドセルや学用品の準備をするなどしている時期です。しかし、障害を持った子どもの場合、年が明けても就学先が最終決着していないこともあるのが実情です。
魚谷さんが、教育委員会や学校と協議をして出した結論は、地域の小学校にある特別支援学級の知的クラスに入学する選択でした。魚谷さんはこう話します。
「知的障害のクラスと情緒障害のクラスでは、配慮されることが違うと思いますが、知的障害のクラスも2019年度から6年生になる児童が3人いるだけです。うちの子が入学しないと、再来年は特別支援学級がない学校になってしまうのかなと考えると、これからの子どもたちが困るのではないでしょうか」
文部科学省は、それぞれの障害に配慮した教育を求めています。
大きく分けても八つの分類があります。
「視覚障害」
「聴覚障害」
「知的障害」
「肢体不自由」
「病弱・身体虚弱」
「言語障害」
「自閉症・情緒」
「LD、ADHD」
特別支援学級であっても、特別支援学校に準じた教育を求めています。就学先の選択は、親子の意向を大切にする時代になりました。
その一方、各地の当事者の話を聞いていくと、地域の学校にある特別支援学級での取り組みや、通常学級との交流の度合い、つまりインクルーシブ教育は、自治体や学校によって違うのが実情です。
共生社会を実現していくためには、教育を受ける段階から一人一人に応じた指導や支援のほかに、「障害のある者と障害のない者が可能な限り共に学ぶ仕組み」(文部科学省)作りが重要とされています。この仕組みは、「インクルーシブ教育システム」と呼ばれ、2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」で、必要な要件が提唱されました。
具体的には、このような点です。
・一般的な教育制度から排除されないこと
・支援のために必要な教育環境が整備されること
・他の子どもと平等に教育を受ける権利を行使するため、個々に必要となる合理的配慮が提供されること
もちろん、この動きより前からインクルーシブ教育に積極的に取り組んできた自治体や学校もあります。その一方、居住する地域の小学校に特別支援学級がなく、頭を抱える親子も少なくありません。
評判を聞いて入学したものの、校長や担任が異動すると、様子が大きく変わってしまったという話を聞くこともあります。
障害と言っても多様です。障害の重複の有無も違います。障害名が同じであっても、子どもごとに抱える障害の程度が違います。診断名が付かない子どももいます。
「身の回りのことが出来るようになって欲しい」と望む家族もいれば、「将来、就職できて、自立できるようになるにはどうすればいいの?」と考える家族もいます。
また、特別支援学校で教員をしていた人に話を聞くと、「早くから、この子は障害があるから……」とあきらめている親や教員が少なくないと言います。
こういったことについて、学校の教職員や同じ小学校の子どもたち、その保護者が、もう少し知識があったり、その子に合った対処法を知っていたりすれば、トラブルや苦情が減り、溝が浅くなるかもしれません。
東京オリンピック・パラリンピックを控え、インクルーシブな社会を目指そうと、推奨するCMやポスターを見かける機会が多くなってきました。障害を持った人たちが、地域で、それぞれの障害に応じて自立した生活を送るには、まわりの人たちの理解と寛容さ、包摂が欠かせません。
1月9日に配信した記事「障害児が『普通にいる』クラス求め……『インクルーシブ教育』の壁」には、多くの当事者の方からメールが届きました。小学校への就学問題を入り口に、10回にわたって一緒に考えて行きたいと思います。
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