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連載

#16 #まぜこぜ世界へのカケハシ

「自分の中の優生思想」と向き合う弁護士 障害のある弟への葛藤

聴覚に障害がある人たちと手話で交流する藤木和子さん(中央)=東京都、森本美紀撮影
聴覚に障害がある人たちと手話で交流する藤木和子さん(中央)=東京都、森本美紀撮影

目次

 兄弟姉妹に障害の当事者がいる人たちが「きょうだい(きょうだい児)」と呼ばれることがあります。その中には、障害がある弟がいることで周囲から冷たい視線を受け、結婚や出産を巡る葛藤を抱えながら、前へ進もうとする人もいます。(朝日新聞文化くらし報道部・森本美紀)

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「自分の中の優生思想」と向き合う

 強制を含む、障害者への不妊手術を認めた「旧優生保護法」を巡り、仙台市内で昨年6月に開かれた裁判の集会。埼玉県から駆けつけた藤木和子弁護士(36)は、詰めかけた参加者にこう語りかけました。

 「私には耳が聞こえない弟がいます。そのために私も周囲から差別を受け、結婚できるのか、子どもを持てるのかと、ずっと悩んできました」

 藤木さんは昨年5月、不妊手術を強いられた障害者らが各地で国に損害賠償を求めている裁判の弁護団に加わりました。理由の一つは「自分の中の優生思想と向き合うため」でした。

裁判の報告集会で、自身の思いを語る弁護士の藤木和子さん=仙台市、2018年6月13日、森本美紀撮影
裁判の報告集会で、自身の思いを語る弁護士の藤木和子さん=仙台市、2018年6月13日、森本美紀撮影

「不幸がうつる」とからかわれた小学生時代

 聴覚障害がある3歳年下の弟は、優しくてまじめ。お互いの仕事や好きな漫画について手話で語り合い、今回の裁判も「がんばって」と応援してくれると言います。

 ですが、藤木さんが小学生の時、弟に障害があることを知る友達から「不幸がうつる」とからかわれました。

 弟の障害は母の責任だ、とも受け取れる言葉を母に向ける大人たちも目にしました。弟を哀れむような言動にも直面しました。

小学1年のころの藤木和子さん=埼玉県
小学1年のころの藤木和子さん=埼玉県 出典: 藤木さん提供

「生まれてこないほうがよかった」とまで考えた日々

 社会のものさしでは障害者は生まれてこないほうがいいと思われてしまう存在で、その家族の自分も差別される側にいる――。そのころ芽生えた感覚は、成長するにつれ、自分自身の結婚や出産への不安につながっていきました。

 きょうだいに障害者がいると結婚できないかもしれない。結婚できたとしても、障害のある子を産んだら母と同じような差別を受けるのではないか。そんな気持ちが消えませんでした。

 「弟も自分も不幸。自分は生まれてこないほうがよかった」とまで考えました。

 大学生の時に読んだ障害学の本に、障害があり、施設で暮らす女性が子宮を摘出し、結婚の夢を断ち切ったと書かれていました。

 憤りや疑問はありましたが、「悲しいけれど、それも一つの選択。私も結婚や出産への望みを捨てれば楽になる」と、女性に自らを重ねました。

 命に優劣をつけ、障害者は生まれないほうがいいとする「優生思想」を仕方ないと感じる自分がいたといいます。生きることはつらいことでした。

弁護士として学んだ「信念」

 弁護士になったのは、自分を守ってくれる「よろい」がほしかったからでもありました。「弁護士なら、自分の存在を社会的に認めてもらえる」と考えたのです。

 大学を卒業して弁護士になり、32歳で「家族の苦しみ」を理解してくれる男性と結婚しました。幸せを感じつつ、仮に、障害があるとわかってもその子を産もうという思いと、強い覚悟を持てないなら産まないほうがいいという思いの間で日々揺れ動きます。

 幸せな障害者もたくさんいるけれど、障害者やその家族が苦労する姿も見てきました。今の社会では、障害者やその家族が幸せになるには人一倍の努力が必要だと感じると言います。

 でも最近、自分が変わってきたと思えるそうです。旧優生保護法の裁判に関わり、原告や家族が信念を貫く姿に勇気をもらったからです。

 「障害者の子宮摘出手術のことを初めて知った大学生の時、仕方ないと思ってしまった」

 そう正直に打ち明けると、原告の60代の義姉は「おかしいものはおかしいと言わなくちゃ」。そのとき初めて、のみこんできた優生思想への憤りや疑問を社会に発信しようと思えました。

「生まれてよかった」と思える社会つくりたい

 昨年7月、新たな一歩を踏み出しました。重い知的障害と身体障害がある女性が介護者を募集していると知り、介護の研修を受けました。仕事が休みの日に女性の家に通っています。

 神奈川県の障害者施設「津久井やまゆり園」で、2016年に入所者19人が殺害された事件の被告は、「障害者は不幸を作ることしかできない」という考えを記しました。

 この考えに反論する説得力のある言葉を、女性に寄り添って見つけたいと思っています。

 障害があるきょうだいをもつ一人の人間として優生思想を乗り越え、障害のある人もその家族も悩むことなく、誰もが生まれてきてよかったと思える社会をつくるために。

藤木和子弁護士(左から3人目)が代表を務める「SODAソーダの会」のメンバーたち。聴覚障害のある兄弟姉妹がいる「きょうだい」と、聞こえない人たちが語り合う=東京都 2019年1月
藤木和子弁護士(左から3人目)が代表を務める「SODAソーダの会」のメンバーたち。聴覚障害のある兄弟姉妹がいる「きょうだい」と、聞こえない人たちが語り合う=東京都 2019年1月 出典: 藤木さん提供

きょうだいのコト、きょうだいのコトバで語る場

 藤木さんは昨年4月、障害がある兄弟姉妹をもつ「きょうだい」4人とともに、ネットの投稿サイト「Sibkoto(シブコト)」を設立しました(閲覧可能なブラウザーはchrome、safari、edge)。

 英語で兄弟姉妹を意味する「Sibling(シブリング)」と「コト(事・言葉)」を重ね、「きょうだいのコトをきょうだいのコトバで語ろう」という思いが込められています。
藤木さんたちが立ち上げた投稿サイト「Sibkoto」のトップページ
藤木さんたちが立ち上げた投稿サイト「Sibkoto」のトップページ 出典:「Sibkoto」のHP

 会員は10~60代の約500人(3月1日時点)。学校生活、就職、家族関係、親亡き後のこと、結婚、出産など、これまでの投稿数は1千以上です。会員登録は無料で、原則「きょうだい」のみですが、運営者の体験談など、その他の人に公開している情報もあります。

運営者の1人で、フリーのWebプログラマーの白井俊行さん(35)はこう語ります。

 「直接顔を合わせて語り合う会が近くになかったり、人と話すのが苦手だったりする人もいます。また、わが子に障害があることが原因とみられる親からの暴力や、障害がある兄弟姉妹からの性的嫌がらせなどの体験を語るのはとても難しいという声も聞きます」

 「ネットなら思いを打ち明けやすく、どこからでも好きな時にアクセスでき、多くの意見に触れることができる。そんな中から解決のヒントを見いだしてくれたらと思いました」

 今後は、成年後見制度や、きょうだいの扶養義務などについての情報も増やし、困った時に活用できるようにしたい、と言います。

 知的障害がある四つ上の兄と父母との生活を経た白井さんは「今は兄と会うこともなく、関わっていません。『家族だから』という考えに縛られない生き方があっていいということも発信したい」と話します。

白井俊行さん=本人提供
白井俊行さん=本人提供

全国に広がる「つながりの輪」

 シブコトでは、約40の各地のきょうだい支援の会を紹介しています。

 その一つで、50年以上の歴史があり約250人の会員がいる「全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会」会長の田部井恒雄さん(71)は、「きょうだい」たちにこう呼びかけます。

 「1人で苦しむのはよそう。あなたと同じように感じている人はいます。各地の集いに来てみてほしい。無理に話さず聞くだけでも、悩みを解決する糸口があるはずです」

 「たくさんの経験を共有し助言し合えるのが当事者の集いの強みです。集いが近くになければ、会にメールでもしてほしい」

 幼少期に悩みを解消することが重要と考え、2年前から子どもの「きょうだい」への支援も始め、希望する団体にノウハウを提供することも計画中です。

 田部井さんは「きょうだいが生きづらいのは、障害者への差別や偏見が根強くあり、障害のある兄弟姉妹がいることをマイナスに意識させられる社会があることが背景にあります。障害のある人が生きやすくならなければ根本的な解決にはならない」と語ります。

 障害のある人への福祉サービスの充実を行政などに働きかけているのも、障害のある人が生き生き暮らすことで、「きょうだい」たちも安心して生きていけるからです。「きょうだい」への支援も今後、要望したいと考えています。

【きょうだい(きょうだい児)の団体】

「Sibkoto(シブコト)」
(きょうだい向けの投稿サイト。運営者の紹介や経験談などはこちら

「聞こえないきょうだいをもつSODAソーダの会」
(東京で隔月、各地でも随時、語り合いを開催。子どもから大人まで参加できる)

「全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会」
(きょうだいが各地で開く例会の支援や会員向け機関誌の発行など)

「障がい者のきょうだいの会ファーストペンギン」
(20~30代が中心のメンバーが東京で集いなどを開催)


「ケアラーアクションネットワーク」
(「きょうだいの集い」を毎月開催)
 
◇ ◇ ◇

神奈川県の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年、重い障害のある19人の命が奪われた事件。昨年7月、事件から2年になるのを機に、朝日新聞の生活面で障害のある兄弟や姉妹をもつ「きょうだい(きょうだい児)」の目を通して事件を考える連載を掲載しました。その後、「きょうだい児への支援について深掘りしてほしい」という要望を読者からいただき、さらに取材しました。

<相模原障害者殺傷事件(やまゆり園事件)>2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で元職員、植松聖被告が入所者19人を殺害、職員3人を含む27人に重軽傷を負わせたとされる。事件前に衆議院議長公邸に持参した手紙で植松被告は、重複障害者が「安楽死できる世界」を「目標」とし、「障害者は不幸を作ることしかできない」などとつづっていた。

◇ ◇ ◇

 一般に、なじみが薄くなりがちな障害者の存在。でも、ふとしたきっかけで、誰もが当事者になるかもしれません。全ての人が、偏見や無理解にさらされず、安心して暮らせる社会をつくるには?みなさんと考えたくて、withnewsでは連載「#まぜこぜ世界へのカケハシ」を企画しました。国連が定めた昨年12月3日の「国際障害者デー」を皮切りに、障害を巡る、様々な人々の思いを伝えていきます。

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