連載
#3 働き方を問う
働きすぎが当たり前になる前に 新社会人へ過労死しないための7箇条
4月から、それぞれの職場で新たな一歩を踏み出す新社会人。しかし、彼、彼女らが働く社会では「過労死」がいまだ大きな問題として残っています。働きすぎが「ふつう」になる前に、自分の身を守るためにはどうしたらいいか――。過労死問題の取材を長年続ける牧内昇平記者が、約50人の遺族から話を聞いた経験をもとに、「過労死しないための7箇条」をまとめました。
この春、新しい生活がはじまる人も多いのではないでしょうか。
どんな仕事を任されるのだろうか。初任給をもらったら何に使おうかーー。さまざまな期待を胸に、入社式の日を待っていることでしょう。
意欲をもって働くことは大事だと思いますが、ここで一つだけ、みなさんに覚えておいてほしいことがあります。
それは、仕事が原因で命を落とす「過労死」が日本にははびこっている、ということです。
過労による脳や心臓の病気で亡くなる人がいます。これが狭い意味で言う「過労死」です。また、仕事が原因でうつ病などの心の病にかかり、自死をはかる人もいます。私はこうした人々も広い意味で言えば「過労死」だと考えています。
犠牲者の数はどのくらいでしょうか。労働基準監督署で労働災害(労災)と認められた人の数を見てみましょう。脳や心臓の病気で亡くなり、労災認定された人は2017年度だけで92人にのぼりました。心の病で自死をはかり、労災認定された人は98人でした(未遂を含む)。
遺族が労基署に申請して審査をパスしない限り、労災とは認められません。したがって、労基署に申請しない人、労災と認めてもらえなかった人などを合わせると、犠牲者の数はもっと多くなります。
若い人も安全とは言えません。2016年には大手広告会社の電通で新入社員が過労自死した事案が注目を集めました。
心の病による自死については、先ほどの98人の労災認定のうち、40歳未満が45%を占めています。体力があるのをいいことに若い社員を限界まで働かせようとする会社、経験の少ない若手社員にも心理的圧迫を加える会社が、残念ながら世の中にはあります。
過労死問題を7年ほど取材しつづけている私は、こうした現状をぜひ多くの人々に知ってほしいと思っています。数字だけ紹介してもなかなかピンとこないかもしれません。そこで、新年度に合わせて一冊の本を出版しました。タイトルは「過労死 その仕事、命より大切ですか」です。
仕事によって命を奪われた人々の足跡を知りたくて、コツコツと遺族取材を続けてきました。これまでに直接話を聞かせてもらった遺族は50人ほどになります。その中から11人の方々を、本で紹介しています。
この記事では、遺族取材を続けてきた経験をもとに、私が皆さんに必ず覚えておいてほしいポイントを7つ挙げます。これだけは会社に入っても、忘れずにいておいてほしいと思っているものです。イメージを持ってもらうために、取材で出会った人たちの例を少しだけ紹介します。
自分の1カ月の残業時間は必ずチェックしましょう。国が定める「過労死ライン」は「月80時間超の残業」です。1カ月の残業が80時間を超えると過労死する危険が高まります。80時間未満なら大丈夫というわけではありません。
残業が月45時間を超えると、だんだん危険は高まっていきます。45時間以上で「黄信号」、80時間以上は「赤信号」なのです。毎日の始業・終業時刻を手帳にメモし、残業時間を定期的に計算しましょう。
特に注意すべきなのは、働いた時間と関係なく給料が支払われる仕事の人たちです。代表例は学校の先生です。給料の4%が実質的な残業代として一律で支払われています。残業がゼロでも80時間でも同じ金額が振り込まれてくるのです。給料に影響しないのですから、働いた時間に関心を失ってしまいがちです。
私の本では、2007年にくも膜下出血で亡くなった中学校の先生を紹介しています。授業やサッカー部の指導に明け暮れ、我が身をいとわず働いてしまいました。正確な労働時間は死後にご遺族が調べてはじめて判明しました。
タイムカードを読み取り機に通した後の「居残り」残業や、自宅で明日の準備をする「持ち帰り」残業はするべきではありません。
賃金が支払われない労働はすべて、違法です。お金の問題ばかりではないのです。これが多いと自分が実際に働いた時間の把握が難しくなり、(1)で書いたチェックが不十分になります。スーパーの男性店員でサービス残業をくり返していた人の取材では、男性の死後に遺族が調べたところ、勤務記録と実際に働いていた時間に大きな食い違いがありました。
残業時間が短い人でも心の病による「過労自死」の危険はあります。心の病で労災認定された人のうち、最大の原因は「職場のいじめや嫌がらせ、暴行」、いわゆる「パワハラ」でした。
パワハラされていると感じたら、すぐに加害者以外の上司や同僚、労働組合などに相談しましょう。本では、上司からたたかれるなどの暴行を受けていた飲食店社員や、大声で叱られ続けた県庁マンのことを紹介しています。
心の病が重くなるのを防ぐ最大のポイントは、「早期発見・早期予防」です。「やる気が出ない」「最近だるい」などと感じる人は、なるべく早く医療機関にかかりましょう。そして、症状が重くなれば迷わず仕事を休みましょう。
これまで、心の病で自死した人の遺族を数多く取材してきました。たとえば、郵便局に勤めていた50代の男性は、5年間で3回も心の病で病気休職をくり返した末、自死をはかってしまいました。仕事の負担を軽くしたり、別の郵便局に異動させたり。男性が命を絶つ前に会社ができることはなかったのか。深く悔やまれます。
装飾関連の会社に勤めていた24歳の男性は、徹夜勤務が終わった後の午前9時ごろにバイクで帰宅する途中、交通事故を起こして命を落としました。
過労状態での運転は飲酒運転と同じくらい危険だという研究結果もあります。「飲んだら乗るな」だけでなく、「疲れたら乗るな」を自らのルールにしましょう。
取材を続けていて感じるのは、正常な状態であれば死を選ぶはずのない人たちが、自ら命を絶っていることです。
育ち盛りの子どもがいる人、妻が待望の赤ちゃんを妊娠した人。私生活では幸せいっぱいなはずの人々が亡くなっています。いったん重い心の病にかかると、どんどん視野が狭まり、最終的には「生きる」という選択肢さえ見えなくなってしまうようです。そのような状態になる前に、仕事から逃げなくてはなりません。
長時間労働やパワハラが横行する職場の風土は、そう簡単に変わりません。危ないと思ったら、すぐに退職を決断しましょう。転職活動は大変ですが、倒れてからでは遅いのです。
レンタルビデオ店で働いていた27歳の男性は、夜勤つづきの生活に疲れ果てて会社を辞めました。しかし退職の半年後、くも膜下出血で亡くなってしまいました。会社を辞めてもすぐに心身が復調するわけではありません。
不調を感じる場合は病院で精密検査を受け、「過労時代」についた不規則な生活習慣も改めましょう。
《人間が馴れることのできぬ環境というものはない。ことに周囲の者がみな自分と同じように暮しているのが分っている場合はなおさらである》
ロシアの文豪、トルストイの小説「アンナ・カレーニナ」に出てくる言葉です。「慣れ」というものほど、怖いものはありません。過労死ラインを超える残業は異常なはずですが、そんな状態にも人は慣れてしまいます。朝起きたときに体が鉛のように重くても、連日のことになればそれが「ふつうの朝」と感じるようになります。同僚たちも同じ状態で働いているならば、なおさらのことです。
スタートの時期が肝心です。働きすぎが自分の「ふつう」になってしまう前に、過労死がたくさん起きていることを思い出し、自分の働き方に常に目を配ってください。
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