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連載

#14 未来空想新聞

目の動きで車いす操作「サイボーグマスク」開発者が挑む「精神論」

まったく手を使わずにパソコンや電動車いすを操作できる「サイボーグマスク」。開発したのはロボット研究者の吉藤オリィさんです。オリィさんが試みる人間の「サイボーグ化」と、それを阻む「精神論」について、話を聞きました。

「サイボーグマスク」を着用するロボット研究者の吉藤オリィさん。
「サイボーグマスク」を着用するロボット研究者の吉藤オリィさん。 出典: 吉藤オリィさん提供(イシヅカマコトさん撮影)

目次

顔半分を覆うマスクには小型モニタが組み込まれ、そこに視線入力システムを導入。手を使わずにパソコンや電動車いすを操作できる「サイボーグマスク」を開発したのが、ロボット研究者の吉藤オリィさんです。代表作の「OriHime」は、寝たきりの障害を抱える人にもカフェ店員や書店員という雇用を生み出しました。オリィさんによる「人間のサイボーグ化」がもたらす未来、それを阻む「精神論」の乗り越え方とは――。

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「サイボーグマスク」の誕生

「まったく手を使わずにパソコンや電動車いすを操作する」ことで大きな話題を集めた動画があります。





顔半分を覆うマスクに小型モニタを組み込み、そこに視線入力システムを導入した「サイボーグマスク」。これにより、目の動きだけでパソコンや電動車いすを操作することを可能にしています。

開発者のオリィさんは、サイボーグマスクのようなテクノロジーと人間との関係を、こう表現しました。

目の前に道を塞ぐ邪魔な石があるとします。素手でそれを割ろうと殴り続けて、手はボロボロ。

でも、隣にいる先輩は「割れないのは努力が足りないせい」「俺にできたんだから、君にもできる」と叱咤(しった)してくる。

そんな状況で「自分は無能」と思い込んでしまう人の目を、オリィさんはこう覚まさせます。

「誰か早くハンマー(道具)を持ってこい」
近著『サイボーグ時代』(きずな出版)に収録された、この例え話。

本来の目的は「道を塞ぐ石を取り除く」ことなのに、素手でできる人がいるために、かえって「ハンマーを使う」という効率的な発想ができなくなってしまう、という教訓を示しています。

この道具が、すなわちテクノロジー。オリィさんはこれまで、テクノロジーと豊富なアイデアをかけ合わせて、さまざまな発明をしてきました。
吉藤オリィさん=18日、東京都港区のオリィ研究所。1987年生まれ、奈良県出身。不登校時代を経て、ロボット開発に興味を持ち、工業高校に入学。在学中の2004年、『高校生科学技術チャレンジ(JSEC)』に電動車いすで出場し、優勝。05年、アメリカで開催される世界最大の科学コンテスト『インテル国際学生科学技術フェア(ISEF)』のエンジニアリング部門で3位に。早稲田大学在学中の10年に分身ロボット『Orihime』を開発。
吉藤オリィさん=18日、東京都港区のオリィ研究所。1987年生まれ、奈良県出身。不登校時代を経て、ロボット開発に興味を持ち、工業高校に入学。在学中の2004年、『高校生科学技術チャレンジ(JSEC)』に電動車いすで出場し、優勝。05年、アメリカで開催される世界最大の科学コンテスト『インテル国際学生科学技術フェア(ISEF)』のエンジニアリング部門で3位に。早稲田大学在学中の10年に分身ロボット『Orihime』を開発。

「努力と根性と我慢」といった精神論により解決を図ろうとすると思考停止を招き、むしろ目的の達成を妨げてしまう、とオリィさん。

代表作の分身ロボット「OriHime」など、これまでの発明を振り返りながら、今後の目標だという「人間のサイボーグ化」がもたらす未来について、話を聞きました。

寝たきりのまま「カフェ店員」「書店員」に

2018年冬、東京都港区赤坂に期間限定で、少し変わったカフェがオープンしました。名前は「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」。店員をするのはなんとロボットです。

「分身」として、自分がいない場所の様子をカメラやマイクで把握したり、スピーカーで人と会話したりできるロボット「OriHime」を活用したものでした。

ロボットを操作する「パイロット」は難病や障害により外に出られない人たち。自宅や病院から遠隔で接客をします。

「分身ロボットカフェ」ではOriHime-Dが遠隔操作で子どもたちにチョコを渡した=2018年8月22日、東京都港区の日本財団ビル
「分身ロボットカフェ」ではOriHime-Dが遠隔操作で子どもたちにチョコを渡した=2018年8月22日、東京都港区の日本財団ビル 出典:ロボットが接客・雑談もするカフェ 動かしているのは…

通常のOriHimeは手のひらに乗るサイズですが、カフェに登場したのは大型(120cm)の「OriHime-D」。移動式で、簡単な物の持ち運びができるアームを装備しています。

このOriHIme-Dがあれば、例えば「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」という徐々に運動機能が失われていく難病の患者さんでも、寝たきりのまま来客に「お茶を出す」ことができるようになるのです。


このカフェは連日満席。パイロットからも好評でした。

「病気になって働けなくなったが、久しぶりに“働いた”という感覚があり、とても楽しかった」

「外に出られないことで親らしいことができず落ち込んだ時期もあるが、ここで得た報酬で娘に誕生日プレゼントを買ってあげられるので、うれしい」

オリィさんはこのプロジェクトを「これまでの研究の集大成的なもの」と表現します。というのも、オリィさんのこれまでの研究テーマは「孤独の解消」でした。

著書『孤独は消せる』(かんき出版)でも明かしたように、オリィさんには不登校の経験があります。

その経験から、孤独とは単に一人でいることではなく、“「自分が誰からも必要とされていない」と感じ、辛く苦しい状態”と分析。

原因となるのが「移動」「意思疎通」の制限、そして「役割」の不足である、と思うようになりました。

これを解消するため、2010年にOriHimeを開発。家から出られない人でも、自分の「分身」が行きたいところに行けるようにしたのです。

後に開発した「OriHime eye」では、体を動かせなくても、視線入力やスイッチにより目や指先を動かすことで、意思疎通が可能に。

利用者は「移動」「意思疎通」の制限から解放されました。

しかし、これらのテクノロジーだけでは解消できないのが「役割」の不足だった、とオリィさんは考えます。

OriHimeを使って、より直接的に、外に出られない人を支援するプロジェクト。それが「分身ロボットカフェ」でした。

これにより「働きたいけど働けない」と悩んでいる人たちに雇用を生み出し、「外に出なくても接客などの仕事ができる」ことがイメージしやすくなる、と言います。

2019年2月から3月にかけては、代官山の蔦屋書店に、OriHimeが書店員をするコーナーも設置されました。パイロットは同様に、外に出られない人たち。

テクノロジーが社会に役割を創造したのです。

がんばった人ほど、がんばることが好きすぎる

今後、オリィさんが取り組んでいくのは人間の「サイボーグ化」。ここでのサイボーグ化とは「テクノロジーが人生となめらかに融合する」状態のことを指します。

例えば最近、オリィさんは有志とこんな「サイボーグ腕」を開発しました。

サイボーグと言っても、必ずしも難しい最先端技術というわけではありません。


オリィさんが開発したのは、難病で手をわずかしか動かせない小学生でも、スイッチ式でじゃんけんができるようになる腕。

子どもの「友だちとじゃんけんができない」という悩みを、テクノロジーにより解消するためのものです。

ゆるやかな人間のサイボーグ化により、オリィさんは「“障害”はなくしていくことができる」と話します。

「私が使う“障害”という言葉は、“やりたいのにできないハードル”のことを意味しています」

これを障害と定義すると、誰もが障害を持っている、とオリィさん。例えば、友だちの結婚式に招かれたのに、海外に出張していて参加できない。これは物理的距離による障害です。

「でも、OriHimeを使えば分身がその結婚式に参加できる。最初から無理だと諦めることを減らし、どうすればできるかと考える方にシフトすれば、障害はなくしていけると思うのです」

それを阻んでしまうのが、冒頭の例え話にもある「努力と根性と我慢」のような精神論です。

「がんばった人ほど、がんばることが好きすぎる」とオリィさん。

目が悪くなったらメガネをかけることに何の違和感も覚えないように、「やりたい」と「できない」の間のハードルを、その発明によって軽やかに超えていきます。




冒頭のサイボーグマスク以外にも、ニンテンドースイッチで操作できる車いす、そして「こたつ」と一体化した車いす……。

既存の概念を打ち破るようなオリィさんの発明は、当事者の悩みにしっかりと寄り添いながらも、遊び心に満ちています。

それはSNSなどにより拡散していき、たしかに見る人の意識を変革しているようです。

オリィさんによれば、今、私たちが生きているのは「今年できなかったことが、来年にはできるようになっている世界」。そしてその中では、目の前の障害は「仕方ないこと」「諦めるべきこと」ではない、と続けます。

「それは、“人類あるいは自分がまだ乗り越え方を知らないハードル”に過ぎないのではないでしょうか。そう考えてみると、大切なのはテクノロジーそれ自体ではないことがわかります」

では、何が大切なのでしょうか。オリィさんは「大切なのは“自分”のアップデート」とします。

「自分が何をやりたいのか考え、その役に立つ適切なツールを発見したり、時には自分で工夫して開発したりしながら、生活の一部に取り入れること。そしてそれが当たり前であると心から思えるようになること。人間のサイボーグ化によって、引き続きこのアップデートを支援していきます」

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