連載
#2 外交の舞台裏
「最強の語学使い」のシビアな世界 会談決まれば猛勉強、漫画も予習
首相の通訳といえば「最強の語学使い」。外務省職員で首相の通訳を務める2人に、どうやって語学の勉強や準備をしているのか聞きました。「事前準備が99%」というシビアな世界で、時には漫画の「ワンピース」まで予習をすることも。地道な努力を垣間見ました。(朝日新聞政治部記者・清宮涼)
まずは、アラビア語通訳の福倉英将(ひで・まさ)さん(40)。総合外交政策局の総務課に勤務する福倉さんは、約7年にわたり首相の通訳を務めています。
――どのように首脳会談の準備をするのですか。
「会談の1~2週間前に通訳を頼まれることも多いですが、そこから猛勉強します。会談の内容を理解するために、関連の資料を担当者から取り寄せるほか、現地の新聞やインターネットでその国の最新のニュースも仕入れます。通訳中にメモはとりますが、事前の勉強が全てです」
「相手を知ることが重要なので、ユーチューブなどで会談相手がスピーチしている動画をできるだけ集めて聞き、どういうイントネーションの持ち主かも調べます」
「相手の日本への関心も大事です。2016年に来日したサウジアラビアのムハンマド副皇太子(当時)は、人気漫画の『ワンピース』が好きだと聞きました。それまで読んだことはなかったのですが、話題に出たときについていけるように、漫画を買って読んでおきました」
――通訳をしていて肝を冷やした経験は?
「安倍晋三首相が中東のある国を訪れたときのことです。ホテルが首脳会談の会場となっていたのですが、私は首相の車から60メートル後ろで降ろされてしまいました。全速力で走って首相に追いつき、息切れしながら通訳しました」
「中東の別の国の首脳が日本に来たときには、相手の首脳の言葉も訳しました。ところが、その首脳が話に夢中になり、10分間ほど話し続けたことがありました。通常は数十秒~数分間の文章を通訳します。記憶とメモを頼りに、長くなりすぎないように通訳しました。それ以降は、あまりにも相手の発言が長い場合、割り込むように通訳を始めることもするようになりました」
――訳すのが難しかった言葉はありますか?
「コーラン(イスラム教の聖典)の一節や詩はとても難しい。こちらがイスラム教徒ではないことは相手側もわかっているので、意味も教えてくれることが多いですが」
「アラビア語は中東アラブ地域で使われていますが、国ごとに方言があります。『牛乳』と『チーズ』を意味する言葉が混在しているなど難しいですが、エジプトとクウェートの大使館に勤務した経験が役に立っています」
――印象的な出来事は?
「2015年の安倍首相の中東訪問で、パレスチナのアッバス大統領との食事会の通訳をしました。通訳は通常、安倍首相の斜め後ろに座って食事はしませんが、アッバス氏は、こちらが遠慮しても給仕に何か持ってくるように頼んでくれ、心遣いを感じました。通訳は『黒衣』ですが、友好関係の強化の手伝いができることがやりがいです」
――語学力を維持するために気をつけていることは?
「外務省に入省後、2003~06年にシリアで研修し、家庭教師を3人つけていました。今は通訳以外の仕事でアラビア語を使わないので、語学力の維持は大きな課題です。アラビア語のニュースを電車の中で聞き、休憩時間にはアラビア語のウェブサイトを見て、目でも耳でも触れるようにしています」
一方、昨年9月の日イラン首脳会談で初めて首相の通訳を務めたのは、中東2課の清水悠史さん(35)。ペルシャ語を扱う通訳には、どんな苦労があったのでしょうか。
――どのように首脳会談の準備をしますか。
「通訳を務めることになり、とても緊張しました。首脳会談で話題になりそうなことを勉強します。先輩からは、『事前準備が99%』と言われています」
――通訳をする際に気をつけていることはありますか。
「英語などと違って、自分以外にペルシャ語をわかる人がいないことのほうが多い。ペルシャ語を知らない人が聞いて、安心できる通訳をする必要があります。自分の言葉が訳されるとき、自分の話と同じくらいの長さか、固有名詞を訳しているか、という点ができていると安心できるそうなので、気をつけています」
――どのように語学力を維持していますか?
「毎朝、通勤中にペルシャ語のニュースを聞いています。仕事でも使うほか、イラン料理の店に行って、店員さんと話すようにしています」
――そもそも、ペルシャ語はどのような言語ですか?
「イランやアフガニスタン、タジキスタンで使われています。外交の場でペルシャ語を使うのは主にイラン。古代ペルシャ語はくさび形文字でしたが、その後イスラム教が広がり、アラビア文字と混ざりました。文法は異なりますが、単語は半分くらいアラビア語と同じです。日本人になじみが薄く『参入障壁』が高いかもしれませんが、三十数文字覚えれば大丈夫です」
「ペルシャ語は日本でも話す人が比較的少なく、黒衣である自分がいないと会話が成立しない場面もイランでの勤務で多く経験しました」
――他国と比べて、日本の通訳制度をどう感じますか。
「米国の国務省にはペルシャ語の報道官がいて、イランに向けて発信しています。イランとの核合意の際にも話題になりました。ただ、日本のような育成制度とは異なります」
「日本は先進国の中でも通訳の育成に力を入れていて、自分たちの言葉、また相手国自身の言葉で正確に発信するということに重きを置いていると思います」「イランは、ニュースで見ると怖いイメージがあるかもしれませんが、イラン人はとても気さくで親日的です」
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