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京都の花街、常連が味わえる芸妓の仮装大会「お化け」とは?
京都に詳しい人でもなかなか体験できない遊びがあります。それは花街の「お化け」です。年に1度、節分の夜だけ、芸妓さんたちが、ふだんは絶対にしない格好に仮装したまま普通に横断歩道を渡ったりして、お茶屋からお茶屋へはしごしまくって、お客さんをもてなします。3年かけて撮影できた「お化け」の現場。そこで見たのは、SNSにアップされた写真だけでは味わえない「遊びの心意気」でした。
京都に駐在カメラマンとして赴任して早々に「お化け」のことを知りました。芸妓さんらの本気のコスプレ。聞けば聞くほど写欲がかきたてられます。
とはいえ、やはり「一見さんお断り」といわれるだけある世界。なかなかそう簡単には取材できません。まずは直球勝負!と、老舗のお茶屋に電話してみましたが、「いやぁ~~、それはちょっと……。堪忍え」とやんわり、アウト。
今となれば、お茶屋のおかあさん(女将)が常連のお客さんに、「マスコミが取材に入ってもいいですか?」なんて無粋なことを聞くはずがない、と分かるけれど、当時の私は鼻息も荒く、青かった。五花街全部に聞いて、結果は、当たり前の全滅でした。
ならば花街の常連客から攻める作戦に出ようと、翌年は、花街の常連客の知り合いがいるかいないか、友人に手当たり次第に聞きまくりました。知り合いの知り合いの知り合いの知り合い、ぐらいになれば、誰か大物と繫がれるんじゃないかと思ったのです。
しかも調べるうちに、一夜限りの行事ではないことが分かりました。節分といえば3日を連想しますが、京都・花街では早いところは1日からお化けの仮装で盛り上がるらしいのです。チャンスが1回と複数回とでは大違いです。
しかし、そんなに甘いものではありませんでした。そもそも節分は早いうちに予約でいっぱいとなり、1月に「そろそろ取材の準備を」と動いても遅いのでした。
そして3年目の今年。ちょっと変化球のアプローチで挑んだところ、ついに夢がかないました。
芸妓さんらが仮装するためにかぶる、かつらを作るお店「八木源かづら」の存在を知り、今年はここから突破口をと試みました。
おそるおそる電話をすると「いいですよー!いつでも来てください!」と一発OK。受話器を握りしめながら思わずガッツポーズです。
それを機にお座敷取材のご縁がつながり、ついにお化けさんを拝見できることになったのです!
ようやくお化けが見られる。みなさん、どんな格好をするのだろう?
八木源かづらの社長、八木貴史さんに聞くと「歌舞伎の演目からとってくることが多いかな」。
むむ、歌舞伎? 全然知らない。見ても多分、分からない。ああ、またひとつ教養のなさが露呈してしまう……ドキドキしながら、2月2日昼前に、祇園の「八木源かづら」へ向かいました。
ガラガラガラ……。
京町家の扉を開けると、いきなり障子越しに、白塗りの芸妓さんたちがお化粧している姿が目に飛び込んできました。
どんな化粧なのか、表情さえも分かりませんが、ただならぬ気配が障子を飛び越えて伝わってきます。
本当にお化けの取材ができるんだ、と喜びをかみしめながら、障子越しにパチリ、パチリ。
みなさんお化粧をした後、着付けをして、2階でかつらを合わせます。
ギシギシと音のなる木製の階段を上がると、「おはようございます」と八木さんが笑顔で迎えて下さいました。
やや低めの天井からたくさんの髪の束がぶら下がり、いかにもかつら屋さん、という雰囲気の作業場で、花街の春の定期公演「北野をどり」や「都をどり」に出演する芸妓たちのかつらを準備してらっしゃいました。
今回、八木源でかつらを合わせる祇園甲部の芸妓さんは8人で、内訳は1人、2人組、2人組、3人組。それぞれどんな役どころかを聞くと
「まず一人がハンギョク、2人はテコマイとユウダチ、あと3人は、オカルカンペイのオチウドやな」
予想通り、さっぱり分かりません。冷や汗をかいている私を見て察して頂いたのか、優しく解説してくださいました。
「ハンギョクというのは半玉で、要するに半人前という意味。京都でいうと舞妓さんみたいな若い子の格好。テコマイというのは手古舞で、お祭りの時におみこしを先導する男装した女性。三社祭の手古舞が有名やね」
なるほどなるほど……。ここで歌舞伎の演目を紹介した本のページをめくりながら、更に解説してくれます。
「あとは、歌舞伎の登場人物やね。3人組は『落人』ちゅう演目から、お軽という女性と、勘平と伴内の3人。2人組は『夕立』の七之助という男性と滝川という女性のペア。この七之助ちゅうのがまた悪いやつで、女性を襲うんやで!わはははは!」
そこに、ちょうど七之助役に分する有佳子さんが登場。なにやら、マジックで腕を塗りたくっています。よく見ると黒の油性マジック。テープでマスキングして、2本の黒いラインをつくっています。
「これは何ですか?」
「あ、罪人の入れ墨になるかなー思て」
すごい。こんな細かいところまで仕込んでいるとは。本気度のハンパなさに、ますます期待が高まります。
しかし冷静に見ると、なかなかシュールな光景です。眉毛もなく、唇も何もかも真っ白の顔のまま、懸命に腕を黒く塗る有佳子さん。しかも少女のような笑顔。思わず小学校での学芸会の準備風景を思い出します。
「おたのもうします~」
と、2階に上がってきたのは、半玉役の実佳子さん。
わぁ、かわいらしい着物! 場がパっと華やぎます。
なるほど、着物に肩上げと袖上げを施しているのは舞妓さんと同じで、幼さを強調していますね。でもお引きずりではなく、おはしょおりで着付け、帯もダラリではない結び方など、少しずつ違います。そこがお江戸の半玉という設定なのでしょうか。
トップバツターでかつらを合わせる実佳子さん。椅子に座り、半透明の柔らかい板のようなものをおでこに当てて、かつらを滑らせるようにして、かぶせてもらいます。
「ちょっと高いな」「もっと低めで」
オーダーメードとはいえ、なかなか一度では決まらないようです。何回かの微調整の後、ようやく決まって、実佳子さんもほっとした表情です。
お化けってやっぱり芸妓さんにとって特別なんでしょうか?
「そうどすね、やっぱり基本的にできない格好したり、できないお化粧やったり、違うお流派習えたりするので、楽しいですし、いい経験になります」
いったいどんな演目をするのだろう? 好奇心バンバンの視線を送っていると、
「今回はちょっと面白い演目だと思うので、楽しんで、いい厄除けになったらなと思います。ふふっ」
そうか、楽しむことが厄除けになる、まさに福は内なんですね。
次に登場したのは、手古舞の2人組です。
屋形(舞妓や襟替え間もない芸妓らが生活する場所)のおかあさんの推薦で決めたという、おそろいの衣装に身を包んだ二人は、まるでアイドルユニットのようなカワユさ。
今年初めてお化けをするまめ柳さんは、緊張している感じでしたが、八木社長がかつらを見せると「かっこいいーっ!」と笑顔に。
続いて隣に座る恵里葉さんがカツラをかぶると「かっこいい~~、ねえさ~~ん!」。
はしゃぐ姿に、いつもと違う格好ができる変身願望は、どんな立場の女性にとっても共通の喜びなんだな、と実感しました。
私もできることなら、今すぐ、かぶりたい。
正午を回り、準備ができた芸妓さんたちが続々と2階に上がってきて、一気に賑やかになってきました。
その中でひときわ目立つのが、「落人」伴内役の佳つ菊さん。
派手な隈取りに、鼻下は鮮やかな水色で塗られています。ヒゲ・・ですよね?
ププッ! それ、かなりデフォルメされてますよね、実際の歌舞伎ではどんな出で立ちなのだろう、と、先ほどの本を見たら、なんと! 浴衣の柄から顔の隈取りまで、何から何までそのまんまやないですか! なんというクオリティの高さ。
またもやハンパない本気度が伝わってきました。
「セクスィーー♪」という声がして振り向くと、さきほど腕を黒く縫っていた有佳子さん。
男もんの着物をひざ上までたくし上げ、白いふんどしをチラリズムさせながら、片足を曲げてポーズを決めていました。
「盗っ人です。悪いおっさんの役です」
と、腕に書いた2本のラインを見せて、ニヤリと笑う有佳子さん。
どこからどう見てもイケメンです。やや乱れ髪的なかつらをかぶった滝川に扮する槇子さんと並ぶと、それだけで色気が伝わってクラクラします。
なのですが! さっき二人が手にしていたのは、真っ赤なアフロと真っ青なアフロのかぶり物。赤鬼と青鬼のお面も出してきて、何やらヒソヒソ声で確認し合っていたのでした。
いったいどういう展開なのか、全く想像ができません。完璧な仮装を目の前で見ただけに、どんな笑いが仕込まれているのか、謎が深まるほどに、期待値も一気に急上昇です!
「おおきに~~」「おおきに~~」。
両手に小道具を抱えて、八木源を後にする芸妓さんたち。その背中からも、ウキウキ度が伝わってきます。
1月に始業式を迎えて、すぐに「今年の節分どうする?」と相談し、仲のいい人2~3人で楽しい演目を考えて、お稽古やお座敷の隙間時間に集まって、きっとゲラゲラ笑いながら準備して、、、、、今を迎えているんだろうなあ。想像するだけで、楽しく幸せな気分に包まれます。
さて。お化けは、早くて夕方5時ごろから始まり、夜遅くまで続きます。
案内されたお茶屋の座敷は2階にあり、床の間つきの2間続きの広いお部屋でした。
「節分ですから、大いに盛り上がってもらえたら」と、お客用の変装グッズも用意して下さっていました。ひょっとこやおかめのお面のほか、町娘の着物やかぶりもの、新撰組の法被まであります。
夕焼けで、花見小路の路面が赤く染まってきました。
そろそろかな。どんな風に登場するのか見てみたい、とお茶屋の前で待っていたら、タクシーが一台、すっと止まって、中から3人組が降りてきました。
来た!!
……え???
思わず二度見したその姿は、いうなれば「バカ殿」的な?冗談みたいな化粧の2人。目や口のしわが黒いラインでくっきりと書かれています。その後に先ほどの実佳子さんが降りてきて、サっとお茶屋の扉を開けました。
おお、実佳子さんは3人組だったのか。
それにしても、この化粧……いったい何キャラ? 期待に胸が高鳴ります。
お座敷芸は、芸妓さんたちが来られて、すぐに始まりました。
まずは実佳子さんが一人で、やかんと小道具を持って入り、ご挨拶。
「福葉、まめ弥、実佳子でお座敷芸者させていただきます~、おたのもうします~~」
数秒後。
「ハジメマシテ、ミカヤッコト、モウシマス」
ん?音源??
見ると、実佳子さんが顔を上げて、口パクしています。
え?いつどこで音源を押したの?…と考える間もなく、三味線の音色が流れ、舞い始める実佳子さん、いや、みかやっこさん。
そこに、先ほどの2人が後ろ向きで座敷に入ってきました。
「ミカヤッコサン、オザシキ ダヨ」
「ハーイ」
実佳子さんが座敷を出ると、待ってましたとばかりに、二人の芸者がゆっくりと振り向いて、、、、
「まぁ~~、ちょっと、暇よねぇ~~」
「暇よねぇ~~」
強烈な老け顔メイクと、ドスのきいたダミ声。
あまりのマッチングに、大爆笑です。
そうか、2人は「売れない芸者」なんだな、とここでキャラが判明しました。
それにしても、あんなに口角を下げて、不機嫌さを誇張したこの表情。恥ずかしさなど、みじんも感じさせない堂々したふるまい。芸人顔負けの演技です。
すっかり2人のやりとりに引き込まれていると、突然、リンボーダンスが始まりました。
「ビンボーよねー」の後に「今の時代はパーッとリンボーで行きましょう」という、むちゃくちゃな展開に、「なんでやねん!」と突っ込みそうになりますが、そんなことしてると、置いていかれそうなほどのスピード感です。
さっきまでの、のらりくらりした空気とは一変し、振り袖をフリフリ振りながら、人気グループDA PUMPの「USA」のステップが出た!と思ったら、黒留めの袖から顔を出す「ひょっこりはん」のポーズが出たりと、サービス満点!
それでもさすが芸妓さん。手の指は常にピンと伸びていて美しく、激しい動きなのにお引きずりの裾さばきも見事です。
面白いのと、関心するのとで、頭の中がワーーーーっとなっているまま、3人は座敷から退室して幕引きになりました。
なんだこれは!面白すぎる!
写真を撮っているから、なんとか客観視できているけど、頭の中は軽いパニック状態です。
「おおきに~~」
「どうどしたか?」
軽く息を弾ませながら座敷に戻ってきた3人ですが、お化けの宴会はまだ始まったばかり。これから夜遅くまで、何十軒もお茶屋を回らないといけないのです。
最後の方はお酒も入り、疲れてくるので、時間通りに終わらせるためにも録音式でやるのだとか。ほぼ昨日一日で仕上げたとのことですが、とても信じられません。さすがプロです。
次に到着した2組目は、太夫さんらしき人と隈取りをした男装の2人組。見るからに歌舞伎の登場人物っぽい出で立ちです。
おっと、よく見えなかったが、後ろには黒衣姿の男性が。手には、屛風畳みにした背景画。大道具というやつでしょうか。
「これ、彼女らの手作りですよ。昨夜一心不乱にガムテープを貼ってる姿はシュールで笑えました」と、こっそり教えてくれました。
その黒衣さんがスッと座敷に入り、サッと背景を広げました。「三浦屋」と書かれた赤い建物がお目見えし、おおおーーと歓声が上がります。
そこへ2人が
「おたのもうします~~、紗矢佳とつる葉で、助六させてもらいます~~」
と挨拶。いよいよ2組目のお化けが始まります。
三味線の音楽に合わせて紗矢佳さんが踊り始めると、すかさず黒衣さんが「揚巻」と書いたちょうちんを出しました。あ、この人は「揚巻」という名前なのかな?と、伝わります。
どっしりとした衣装。動く度に聞こえる衣擦れの音が、心地いい。しっとりとした舞と2人の決めポーズを堪能していくうち、すっかり夢見心地になってきました。
嵐の前の静けさというやつでしょうか? いつ弾ける? いつ? と、ファインダーごしに凝視しながら、一人落ち着かない私。
と、その時。助六が両足を広げて
「股ぁーーを、くぐれーー」
え?股をくぐる?
そこに揚巻さんが、いつの間にか抱いていたおもちゃの子犬に、
「ほらあんた、行っといで!」
と背中を押すと、パンパカパーン!的な音楽とともに、電動の子犬がヨチヨチと、つる葉さんの股をくぐり、またもや座敷は大爆笑!
きっとこの股くぐりのシーンは、超有名な場面を再現しているはず。でもそれを知らない私でも楽しめる内容になっているところが、さすがです。
2組とも5分足らずのお座敷芸でしたが、緩急ついた先が読めない展開で大満足でした。
外に出ると、「お化けが出るらしい」という噂を聞きつけた人たちが花見小路に集まり始めていて、まあまあの人混みになっていました。カメラを手にした人もウロウロしています。
紗矢佳さんとつる葉さんは、いったんタクシーに乗ろうとしましたが「次どこ? すぐそこやん」ときびすを返して、歩いて移動していきました。
偶然居合わせた何も知らない人たちは、釘付けになっていました。
帰路のタクシーの中で、お座敷芸をする芸妓さんたちの写真を見直しながら、ふと思いました。
ふだんの芸妓さんの姿も見てみたい!
そして気づきました。この節分お化けは、ふだんの芸妓さんの姿を知っているからこそ、楽しみが爆発するのではないか??
「あの◎◎ちゃんが、今年はこれに化けたかー!」というギャップ。これこそが、お化けの神髄ではないのか?。
一年に一度、常連客だからこそ楽しめる特別な時間。リオのカーニバルみたいなものなのか。いや、違うな。じゃあ日本版ハロウィン? いや、それも違うな。
年に一度のお祭り騒ぎでもないし、ただただ仮装して楽しむだけでもない。
今日の姿は相当ぶっ飛んでて面白いけど、それは常連さんとの関係があってのこと。
花街の伝統文化は、お客さんと重ねる時間の中で受け継がれてきたもので、お化けはその土台の上にあって、「芸」でもてなす芸妓さんの心意気があるからこそ、あそこまで弾けることができるのだろう。だから、あの方にも、この方にも喜んでもらいたいと、芸妓さんたちは、お茶屋を走り回のだろう。
お座敷という限られた空間で、たった5分の短い時間を共に過ごした、その場に居合わせた人だけに許された一体感こそが、本当に厄落としになっているような気がしました。
お化けの余韻に浸りながら、いつの日か、本来の芸妓さんとお化けのギャップを、心底楽しめる日がくることを妄想しようかと思っていたら、
なんと。
再会しました。
お化けさんと。
普段のお化けさんに、です。
まめ柳さんです。
アイドルユニットみたいにキュートだった手古舞のまめ柳さん。お化けの演目は拝見できませんでしたが、本来の芸妓さんとして、お座敷での時間を共に過ごす機会に恵まれました。
うんと年下なのに、その立ち居振る舞いは実に優雅で、隣にいらっしゃるだけで、リラックスした波長に包まれる心地よい感じ。色んなお座敷遊びを教えて頂いて、ただただ楽しい時間を過ごすことができ、「お座敷遊び」の味わいの一端に触れることができました。
常連さんにはほど遠いですが、時間を重ねて重ねて、初めて得られる魅力を、少しだけ体感できたような気がしました。
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