連載
#12 「ボヘミアン・ラプソディ」の世界
「僕はエジプト移民」フレディ演じたラミ、アカデミー賞で語ったこと
第91回アカデミー賞で、クイーンの軌跡を描いた「ボヘミアン・ラプソディ」が最多4部門で受賞しました。主演男優賞を受賞したラミ・マレックさんは、スピーチの中で、「移民」「ゲイ」「アイデンティティー」といった言葉を使い、胸の内を表しました。日本のファンも受賞を予想して、25日夜、奄美大島や立川の映画館で、応援上映やライブスタイル上映が行われました。ラミさんの言葉からは、作品の価値があらためて見えてきます。
ラミさんは、アカデミー賞受賞式のスピーチで、こんなことを語りました。
「オーマイガッ! 母さんが会場のどこかにいるはず、家族のみんなもありがとう。これは素晴らしい瞬間だ。自分がここまで来られたこと、サポートしてくださった人、製作陣のみなさんに感謝します。最初は僕は、(フレディ役の)第一候補じゃなかったけど、このような結果を出せてよかったです」
「クイーンのみなさん、あなたたちの伝説の一部にしてくださったこと、一生この御恩は忘れません。映画のキャスト、クルーのみなさん、あなたたちがいなければ自分がここに立つことはなかった。子供のころのラミ、クセっ毛で目がまん丸のアイデンティティーに悩んでいた子供時代のぼくのような子供が、自分の声を発見するように、僕たちの映画は、ゲイで移民で悩んでいる主人公が、自分自身であろうとする物語です」
「僕は、エジプト移民で、エジプト系アメリカ人の第一世代です。まさにここに自分の物語が描かれています。僕のことを信じてくださったみなさんに感謝します。この(オスカー)受賞は一生の宝です」
「最後にルーシー・ボイントン(フレディの恋人役)、君はこの映画のハート(良心)であり、才能があるあなたは僕の心も虜にしました。本当にありがとう」
ゴールデン・グローブ賞やイギリスのアカデミー賞で、ラミ・マレックさんは主演男優賞を受賞してきたので、今回も本命ではありました。
映画公開後、フレディの恋人役メアリー・オースティンを演じたルーシー・ボイントンさんとリアルな恋人になっていたことを告白したラミさんですが、受賞式で語ったのは、自身が抱えてきたマイノリティーとしての「引け目」でした。
社会からの差別や偏見について、ラミさんがフレディと自分を重ね合わせて語っているところに引きつけられます。
昨年10月に来日したラミさんは、インタビューや記者会見で、フレディを演じることの難しさをこう表現していました。
「彼は何千人もの人、何万人もの人を手のひらで包むことができるかもしれないが、もしかしたら、彼は誰かに自分のことを包み込んで欲しいと思っていたんじゃないかと気付いた。それなら自分がつながることができると思った」
「彼の人間的なもの、人間の複雑さにもがいているところから、私との共通点を見つけていった」
それは何か……。
キーワードは、移民であり、その社会においてマイノリティーであるということです。
ラミさんの両親は、エジプトからアメリカへの移民です。ラミさん自身もアイデンティティーを探そうとしてもがいているという点が共通していました。
移民、ゾロアスター教、容姿、セクシャリティー……。
フレディが苦悩していたのは、1970年代や80年代ですが、こういった問題は、今の時代においても解決されたとは言えません。当時より、生きやすくなった部分もあるかもしれませんが、社会のあちこちにフレディが経験した偏見や差別が横たわっているのも事実です。
フレディは、孤独感、疎外感を感じていました。それについて、ラミさんはこう解釈していました。
「フレディは、イラン系インド人で、ゾロアスター教の家庭で育った。そして非常に強い宗教的な信条がある家族の中で、異性愛以外、つまりホモセクジャル、バイセクシャルということはスティグマ(恥辱)になるという中で、自分の性的なアイデンティティーを見つけ出さないといけなかった。非常に孤独だったし、不幸せだったと思う」
ただ、こう付け加えました。
「私が思うに、フレディは、進化の過程で幸せを見つけていったのではないかと思う。自分が孤独でない場所をだんだん見つけていったと思う。バンドとの関係だったり、メアリー・オースティンとの関係だったり、ジム・ビーチとの関係だったり、そして音楽を通してファンとの関係を見つけていったと思う」
アカデミー賞では、主演男優賞のほか、編集賞、音響編集賞、録音賞を受賞しました。オープニングでは、ブライアン・メイやロジャー・テイラーによる「クイーン+アダム・ランバート」のライブが行われ、会場を沸かせました。
配給会社「21世紀フォックス映画」によると、2018年11月9日の公開から、今年2月24日までの累計興行収入が119億1013万3680円、累計動員が861万213人となりました。これは、日本での歴代興行収入20位となる興行収入であり、2017年の作品で124億円を記録した「美女と野獣」を超えるかが焦点になってきました。
日本では今、通常上映や普通の応援上映では物足りないファンたちが、スタンディングOKの応援上映やライブスタイル上映に殺到し、今でも深夜未明の予約開始直後に売り切れる状態が続いています。「体感する映画」というジャンルを築いています。
アカデミー賞受賞式があった25日(日本時間)夜、鹿児島県奄美市の映画館「シネマパニック」(54席)では、ファンが自主上映会として応援上映が開かれました。
動員数で上位に入る立川の「シネマシティ」でも25日夜、拍手・歓声OK、ラストのライブシーンはスタンディングで、というライブスタイル上映を実施。
旧来の映画ファンにとって「体感する映画」「参加する映画」はなじみがないものだったかもしれません。今回「ボヘミアン・ラプソディ」がアカデミー賞を獲得したことは、そんな新しい映画のジャンルを切りひらいた転換点になるのかもしれません。
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