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アカデミー賞に現れた「超骨太作品」の正体 70年代の暗黒部を……

『ビール・ストリートの恋人たち』2019年2月22日(金)TOHOシネマズ シャンテ他 絶賛公開中 配給:ロングライド
『ビール・ストリートの恋人たち』2019年2月22日(金)TOHOシネマズ シャンテ他 絶賛公開中 配給:ロングライド 出典: (c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

目次

 第91回米アカデミー賞では、「クイーン」を描いた「ボヘミアン・ラプソディ」が注目を集めていますが、「骨太作品」として見逃せないのが「ビール・ストリートの恋人たち」です。1970年代のアメリカ社会を描いた作品ですが、監督・脚本を担当したバリー・ジェンキンスさんからは「今、アメリカで何が起きているのか……」という言葉がでてきました。骨太作品がそろったアカデミー賞候補からは、人種差別、格差社会の現実が見えてきます。

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インタビュー前の撮影でポーズをとる監督のジェンキンスさん
インタビュー前の撮影でポーズをとる監督のジェンキンスさん 出典: 朝日新聞社

「ムーンライト」の監督が手がけた話題作

※記事には作品の内容に触れた箇所があります。

 「ビール・ストリートの恋人たち」の原作者であるジェイムズ・ボールドウィンは、1924年生まれで87年に亡くなった、ニューヨーク州のハーレム出身の小説家、劇作家です。

 この映画の原作は、70年代半ばに出版された小説ですが、この時代の社会状況をリアルに描いたものと言われてきました。

 そんな作品を映画にしたのが、79年に生まれてマイアミで育ったジェンキンス氏です。2年前のアカデミー賞で作品賞を受賞した「ムーンライト」の監督です。

「ビール・ストリートの恋人たち」の主演者と一緒に立つジェンキンス氏=2019年1月、ロイター
「ビール・ストリートの恋人たち」の主演者と一緒に立つジェンキンス氏=2019年1月、ロイター

「人間の違いは母親が違うだけだ」

 映画は、70年代のニューヨークのハーレムが舞台です。

 少女ティッシュ(19)が、幼なじみのファニー(22)の子どもを身ごもります。ファニーは身の覚えのない罪を着せられてしまい、収監されてしまう。無実を証明しようと、ティッシュや両家の父親らは陰に陽に奔走します。ティッシュとファニーの甘く甘くせつない恋愛を描いていると同時に、70年代の人種差別、階層社会、不条理さが描かれています。

 2人の新居を貸してくれる不動産業者がなかなか見つからない中、ユダヤ系と思われる不動産業者の男性が工場跡のフロアを好条件で貸してくれるシーンがあります。

【ファニー】
「長い間部屋を探してきた」
「これほど黒人に親切にしてくれた人は初めてだ」

【不動産業者】
「ごく単純なことさ」
「俺は愛し合う人間が好きなんだ」
「黒白緑紫どれも関係ない」
「愛が広がればいい」

【ファニー】
「ヒッピーか?」

【不動産業者】
「俺はただ、母親の息子でしかない」
「人間の違いは母親が違うだけだ」
 
ヒロインを演じたキキ・レイン=ロイター
ヒロインを演じたキキ・レイン=ロイター

「簡単に言ってしまえば、親切であること」

 ——ティッシュとファニーの2人からは、アメリカ社会に横たわる「高い壁」が伝わってきます。

 

ジェンキンス監督

 「『俺はただ、母親の息子でしかない』という言葉に続くのは『それが彼らと僕の違いなんだよね』という思いです。そして、それが私の意図するところです」

 

ジェンキンス監督

 「この言葉を表面的にだけ受け取ると、白人と黒人の差という意味にとる人もいるかもしれませんけど、そうではありません」

 

ジェンキンス監督

 「というのは、母親が物理的にいるにしても、いないにしても、誰かに育てられ、愛を持って慈しみを受けて育ってきて相手の人間性を理解できる人と、そういう経験がなくて、人間愛や人間性を理解できない人との差なのです」

 

ジェンキンス監督

 「そのことが違いなんだと理解できれば、互いの距離は縮まるし、乗り越えられるものなんじゃないか、ということを考えてのセリフなのです」

 

ジェンキンス監督

 「簡単に言ってしまえば、親切であること、優しい気持ちを持つこと、という言葉に置き換えられるかもしれません。彼(不動産業者)のちょっとした親切心は、2人の若いカップルにとって世界を意味するぐらいの重みのあるものだったのだから」

「マルコムXの主張がよく分かった」

 映画の中盤、ファニーが心を許せる友だちのダニエルと久しぶりに会って、ファニーの家で話し込むシーンがあります。とても長いシーンですが、日常的な会話を積み重ねたうえで実はダニエルが無実の罪で刑務所に収監されていたことを告白するシーンです。

 とても不条理なことですが、映画の中の2人は抑制的に会話をしていると感じました。ダニエルの最後の方のセリフに「マルコムXの主張がよく分かった」という言葉がありました。65年に暗殺された公民権運動活動家です。

『ビール・ストリートの恋人たち』 ファニーとダニエルが久しぶりに再会し、話し込む
『ビール・ストリートの恋人たち』 ファニーとダニエルが久しぶりに再会し、話し込む 出典: (c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
【ファニー】
「いつ出所した?」

【ダニエル】
「3カ月前だ」
「ひどいもんさ」
「最悪だよ、今もな」
「何かやって捕まったのなら仕方がないが、何もやっちゃいない」
「サツにはめられたのさ」
「2年で出られてラッキーだった」
「奴らは何だってできる」
「その気になりゃ、好き勝手にやれるのさ」
「黒人を思い通りにはめられる」
「人でなしめ」
「マルコムXや活動家の主張がよく分かった」
「白人ってのは、ありゃ悪魔の化身だ」
「人間じゃない」
「俺は地獄を見た」
「死ぬまでうなされそうだ」
 
キングが演じるティッシュの母シャロン役のレジーナ・キング=ロイター
キングが演じるティッシュの母シャロン役のレジーナ・キング=ロイター

10分を超えるシーンの狙い

 ——10分を超えるシーンに込めた思いとは?

 

ジェンキンス監督

 「最初は全く違うことを話している中で、だんだん居心地が良くなり、快適になっていきます。そうすると、少しずつダニエルのトラウマが立ち現れてくる」

 

ジェンキンス監督

 「このような手法をとったのは、1つには、伝統的に黒人のキャラクターは映画の中でもろさを見せることがあまりないからです。ダニエルのトラウマの話し方は、すごく真実味があると思うし、自分の体験から来ているものとして話しています」

 

ジェンキンス監督

 「映画監督である私が言った言葉を聞いて、記者のあなたがそれを信じるかということと、私が話している姿をあなたがずっと見ていて、この人は真実を話しているなと感じたときにその言葉を信じるか――。後者のように相手の表情や語り口を見ることで真実味が増すのではないでしょうか」

 

ジェンキンス監督

 「ファニーとダニエルの2人が素直に話せる場ができて、そこで自分たちの感じていること、体験したことをぽつぽつと話せるようになってくる。私は、これがこの映画の基盤だと思っています」

 

ジェンキンス監督

 「マルコムXのことを語った後のセリフ『白人ってのは、ありゃ悪魔の化身だ』は、そこまでの長い会話の積み上げがなければすごくアグレッシブに聞こえると思います。しかし、その前の2人の会話のプロセスがあって、そういう自分たちの深く抱えている思いを表白しているセリフになっているんです」
『ビール・ストリートの恋人たち』 白人の警官にファニーが犯罪を疑われるのをかばうティッシュ
『ビール・ストリートの恋人たち』 白人の警官にファニーが犯罪を疑われるのをかばうティッシュ 出典: (c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

「自給自足の司法システム」

 ——以前の発言で「この小説は、1974年に出版されているが、現代に起きていることにもとても通じている」と指摘しています。どんな部分が通じているのでしょう?

 

ジェンキンス監督

 「警察官、判事、弁護士、こういった司法システム全体において、今も『需要』と『供給』という関係ができあがってしまっています」

 

ジェンキンス監督

 「その中で、特にアフリカ系アメリカ人への法律の適用が非常に不公平です。他の人種に比べて、黒人の人たちがそのシステムの穴に落ちてしまう、捕らわれてしまう確率が高く、判決もアフリカ系アメリカ人には厳しいものがいまだに多いのです」

 

ジェンキンス監督

 「45年前に出版された小説と今が全くかわっていない。いまだにこのことが問題になるということは、体系的なシステムが何ら修正のないまま育ってしまっているあらわれでもあるわけです」

 

ジェンキンス監督

 「映画の中では、父親2人が仮釈放金を捻出するために、『お互いやれることがあるよね』という会話をしています。つまり無実の息子を救うために、父親たちが罪を犯して逮捕されたら、彼らもそのシステムの中に巻き込まれてしまう。こういったように、自分で食べ物を供給できるシステムになっているんです。システム自体が問題を作り上げ、生まれてきたものを自分たちが食らうことができる、自給自足の司法システムがあるんです」
インタビューに答える監督のジェンキンスさん
インタビューに答える監督のジェンキンスさん 出典: © Yoshiyuki Uchibori

トランプ時代だからこそ伝えなくてはいけないこと

 ——今年のアカデミー賞でも、1960年代や70年代のアメリカ、アフリカ系アメリカ人の社会を描いたものが多くノミネートされています。人種差別や公民権運動というテーマが、繰り返し映画になり続けるのはなぜでしょう?

 

ジェンキンス監督

 「今、アメリカで何が起きているのか。トランプ大統領が、『make america』『great america』と言うように、『アメリカをまた偉大な国に』と考える人たちがいます」

 

ジェンキンス監督

  「そんな世の中で、ジャーナリスト、ストーリーテラー、映画作家は、それはいいけどアメリカはかつてこうだったよねと思い起こさせ、その時代にあった社会問題をまた繰り返すのではなく、よりよい未来を作っていくという思いが反映されているのかもしれません」
『ビール・ストリートの恋人たち』 百貨店の香水売り場で働くティッシュ。しかし、それはアメリカ社会の一面でしかない……
『ビール・ストリートの恋人たち』 百貨店の香水売り場で働くティッシュ。しかし、それはアメリカ社会の一面でしかない…… 出典: (c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

日本も分断社会にならないために

 ジェンキンス氏の言葉からは、映画や小説で何を感じるのかは、見たり読んだりする人を培ってきた環境が大きな影響を与えるとうことです。

 移民大国であるアメリカは今、メキシコとの国境に壁を設けようとしています。ヨーロッパでは、地中海を渡ったり、陸路で流入したりするヨーロッパの難民受け入れの問題もからみ、国家間の不協和音が少しずつ高まり、イギリスのEU離脱が迫っています。

 日本もここ数年、ビザの緩和で外国人旅行客が増え、働く外国人があちこちで見られるようになりました。2020年の東京オリンピックが近づき、様々な競技で、「日本人選手」「日本チーム」の国際試合での成績がスポーツニュースを中心に報じられています。競技によってルールは違うことがありますが、外国にルーツがある選手であっても、区別なく応援する社会の雰囲気は少しずつ普通のこととなりつつあると思います。

 この映画を見て、ジェンキンス氏にインタビューして感じたのは、強いメッセージを感じるとともに、このような映画がどんどん世に出てきて、こういう映画を世に出すための仕組みがまだ社会の中に存在しているということ。そして、差別や偏見が社会のシステムに裏付けされてしまうと、変えることがなかなか難しくなり、その闘いも長い闘いであるということに気付かされました。

『ビール・ストリートの恋人たち』 アメリカ・アカデミー賞助演女優賞を受賞したレジーナ・キングさん
『ビール・ストリートの恋人たち』 アメリカ・アカデミー賞助演女優賞を受賞したレジーナ・キングさん 出典: (c)2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

あなたはどう考えますか?

 日本でも、「インクルーシブ」や「ダイバーシティー」といった言葉が、日常的に使われる時代になりました。一方、多様性に不寛容な社会もまだまだ残っています。

 分断社会を乗り越えるためには、どうしたらいいのでしょうか。

 皆さんの経験、意見、提案を投稿してください。

 投稿はメール、FAX、手紙で500字以内。匿名は不可。住所、氏名、年齢、性別、職業、電話番号を明記してください。

〒104・8661
東京・晴海郵便局私書箱300号「声・分断社会」係
メール:koe@asahi.com
FAX:0570-013579/03-3248-0355

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