連載
#11 「ボヘミアン・ラプソディ」の世界
ボヘミアン・ラプソディ、離島にも広がる「応援上映」明暗もくっきり
Queen(クイーン)の生き様を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」に変化が起きています。「2番館」と言われる中小規模の映画館で上映が始まりました。鹿児島の離島や北海道の過疎地で、心待ちにしていたファンがいます。声を出して楽しめる「応援上映」を決めた地方の劇場がある一方、「応援上映」を企画しても盛り上がらない現実も……。成功と失敗の分かれ目からは、新時代の映画の価値が見えてきます。
「シネマパニックさんにお願いして、米アカデミー賞授賞式が行われる2月25日(月)の18:30から上映してもらうことにしました!」
「貸切りなので声出しOKでいきます」
「スタンディングは…(;・∀・)…え、えっと、、シネマパニックさんに確認してからでまだ未定…」
1月25日午後、鹿児島県の離島、奄美大島に住む南琴乃さんがFacebookにこう書き込むと、SNSや口コミで情報が拡散していきました。
一緒にこの「応援上映」を企画した三谷晶子さんも、Facebookにこう書き込んでいます。
「お子さまのいる方も気兼ねなく楽しめて、みんなで盛り上がれたらいいなあと思い、企画しました」
「ちなみに耐震の不安があるから『We Will Rock You』などでの足踏みは適度にお願いします……」
「声出しとコスプレは大歓迎です」
奄美大島の映画館「シネマパニック」は、本屋の2階にあります。座席数は54席。基本的に、土日祝日しか上映をしておらず、フロアは平日、放課後等デイサービスとして利用されています。
子ども向けの映画がかかることが多く、南さんは「久々に大人向けの映画がキター!」「やるなら楽しまなくちゃ」と感激し、平日夜、貸館での「応援上映」を企画したそうです。観光に携わる島の人たちは、土日だと見られないという事情があるからです。
島で生まれ育った南さんは、フレディ・マーキュリーの追悼コンサートの頃からのクイーンのファンです。11月の公開3日後には、鹿児島市内の映画館にまで行って見てきました。
「島では邦楽のミュージシャンのライブを聴く機会はありますが、洋楽のアーティストのライブは皆無です」
「『応援上映』でライブの疑似体験を味わえればいいです」
東京など、インターネットでの予約システムがある映画館では、「スタンディングOK 応援上映」の前売り券が4~5分で売り切れることが多いです。しかし、島の映画館は当日券のみです。お客集めは、主催者の南さんらの情報発信力にかかっています。
「離島は楽しみを自分たちで作っていかなければいけないのです」
南さんらは、通信販売でTシャツを購入し、手製のひげを付けようか、と考えています。
シネマパニックでの貸館上映の集客は、主催者の南さんらの取り組み次第です。
Facebookの「イベント」ページを見ると、2月8日午後3時現在、「参加予定」15人、「興味あり」55人です。
「島の人は、はっちゃけるときははっちゃけますが、こういうときは恥ずかしがり屋なので、なかなか『参加予定』を押してくれないんです」
そんな不安もあり、近く地元の「あまみエフエム ディ!ウェイヴ」に出演し、告知をさせてもらう予定です。
余興から始まったという「サーモン&ガーリック」(サモガリ)は、島唄漫談バンドとして島の人に親しまれています。南さんによると、2人はふだんは音楽以外の仕事をしながら、島唄などをアレンジした音楽を披露しているそうです。その中に「We Will Rock You」のメロディーに島口の歌詞をのせたものがあるそうです。
「『ドンドンパッ』というあのリズムは、島の人にとって、とてもなじみのあるリズムなんです」
南さんは、ダメ元でサモガリの2人に「応援上映」の前説をお願いしたいと話していました。島らしさの応援上映をやるなら、サモガリの前説は欠かせないからです。
北海道浦河町。襟裳岬に近いこの町に、北海道最古の映画館「大黒座」があります。48席の映画館ですが、1月27日から通常上映で毎日1回、「ボヘミアン・ラプソディ」の上映をはじめました。2月9日からは1日3回に増やします。館主の三上雅弘さんは、こう説明してくれました。
「苫小牧まで120キロ、札幌は200キロ、帯広も200キロ。地元の人たちからは『この映画を上映して欲しい』という声が多く寄せられていました。上映が決まると、『応援上映をやりたい!』という声が40代~50代を中心に起こりました」
こちらは奄美と違い、映画館が主催する「応援上映」ですが、2月16日と17日の計2回、「応援上映」が決まりました。
「この映画館ではこれまで『応援上映』をやったことがありません。音は少し大きくしますが、人に迷惑がかからない程度にお願いできればと思います。何をしていいやダメだとかは決めていません」
東京などの「応援上映」では、スクリーンの下部に英語の歌詞が表示されます。そのバージョンを使うのかと尋ねると、「知りませんでした」と話していました。
こちらの映画館も、都会の映画館なら当たり前のインターネットによる予約システムがないため、当日、どれぐらいの人が来るか、未知数です。
関西では「応援上映の聖地」とファンから親しまれている兵庫県尼崎市にある映画館「塚口サンサン劇場」での上映が、2月22日から始まります。
大都市のシネコンは、徐々に上映回数を減らしており、今月に入って興行成績もランクダウンしてきています。
営業部の戸村文彦さんは「うちは封切り映画もやりますが、『2番館』の側面も持っています。まだファーストランが続いていますが、順番が回ってきました」と話します。
「塚口サンサン劇場」が「聖地」と言われる理由の一つはスピーカーです。
野外フェスで使う重低音を響かせるウーハースピーカーを常設しており、「発声可能上映」も度々行われてきました。「ボヘミアン・ラプソディ」も、近くの大阪や神戸の映画館で「応援上映」が行われていましたが、公開直後から「塚口で『応援上映』をしたい」というファンの要望が相次いでいたそうです。
成田HUMAXシネマズがIMAXシアターで行った「スタンディングOK 応援上映」の原型は、インド映画のマサラ上映会でした。ここ塚口サンサン劇場も、2013年に上映したインド映画のマサラ上映会を皮切りに、応用編として映画「マッドマックス」などインド映画以外でのマサラ上映を積み重ねてきたそうです。クラッカー、紙吹雪、コスプレ、踊りなどがOKの上映会です。
「スタッフも面白いと感じましたし、何よりお客さんに新しい楽しみ方を提供することができました。羽目の外し方が分かった大人の遊びです」
「能動的に楽しんでくれるお客さんがルールを作り上げたイベント上映です」
今回の「ボヘミアン・ラプソディ」の応援上映は、マサラ上映会ではありませんが、かなりの回数を予定しているそうです。
座席は155席しかありません。インターネットで前売り券を予約できますが、過去の「応援上映」では、午前0時の受け付け開始直後に売り切れてしまっていたそうです。
「立ちたい人は立って下さい。立ちたくない人は立たなくてもいいです。スタンディングを強制しません。うちの応援上映は、自由に、ゆるく、好きなように楽しんで欲しいのです」
【塚口ウエンブリー!!】ヘイヘイヘイへーイ!塚口ウェンブリー(『ボヘミアン・ラプソディ』応援上映)の日程が出ました!!3月3日(日)19:00、7日(木)19:50、9日(土)、10日(日)、16日(土)の3日間は上映時間未定。詳しくは後日劇場ブログ等でご案内致します。AY-OH !
— 塚口サンサン劇場 (@sunsuntheater) 2019年2月8日
SNSでの反応を見ると、地方で行われた「応援上映」には、成功と失敗があるようです。大都市のシネコンでも、空席がある「応援上映」が出てきています。
前売り開始から数分で完売する「スタンディングOK 応援上映」との違いは、どこにあるのでしょうか?
成田IMAXシネマズは、昨年12月末に、IMAXシアターで初めて「スタンディングOK 応援上映」を始めて、2月2日までに8回開いています。
2月2日。471席のIMAXシアターは、満席でしたが、実は、8回のうち満席はこの日が初めてでした。
担当した「佐藤マイアミ」こと佐藤広基さんは、鍵を握ったのは宣伝だったと打ち明けます。
「このIMAXが満席になったのは、2015年12月18日の『スター・ウォーズ』以来です。前売りだけで満席になったのは、今回が初めてです」
この企画、佐藤さんが支配人や他のスタッフに打診したのは、昨年のクリスマス、12月25日です。
「立ちたい」
「やっと言ったか」
こんな上司との会話があったそうです。それでも宣伝不足は否めず、年末は厳しい結果でした。
佐藤さんが頼ったのが、「スタンディングOK」のアイデアを得た、インド映画のマサラ上映会を主催していた成田ロジャ子さんでした。
ロジャ子さんは、東京都内でイラストレーターをしています。オリジナルな4人のクイーンを知らない世代ですが、「フィギュアスケートの町田樹さんが、(ソチ五輪などの)エキシビションで、『Don't Stop Me Now』で演技していました。曲がすごくよくて、それからクイーンのことを知りたくなりました」と言います。
実は、ロジャ子さん、この映画が公開されてからまもないころ、東京都内の大規模なシネコンであった「応援上映」を見に行ったことがあったそうです。想像していたものとの落差を感じていました。
「お葬式みたい……」
「ただスクリーンの下に歌詞が出ているだけ」
ロジャ子さんに、盛り上がる「応援上映」のポイントを聞いてきました。
「日本人はシャイなので、映画館の客席の各所に盛り上がる人がいないとつらいですね」
「前説ができればいいですが、できない場合は入り口やスクリーンに大きな『応援上映』のポイントを書いた表示をすることが大切です」
「盛り上げるには、スタッフが一緒に映画を見ながら、タイミングを計って立たないとダメ」
そんなロジャ子さんのアドバイスをもとに、佐藤さんは企画を改善していきました。
ロジャ子さんは2月2日、ロジャー・テイラーに扮装して、佐藤マイアミさんと一緒にお客さんを迎えたり、MCとして会場を盛り上げていました。
佐藤さんは「映画館独自の価値も必要だと思います」と語ります。
満席になった2月2日、「成田ウェンブリー」というキーワードが、ネット上で共有され、情報が拡散しました。
劇場では、1月中旬から、ロジャ子さんデザインの成田発ウェンブリー行きの「エア・チケット」を配布。なじみの映画ファンがケミカルライトを寄付して配ったり、上映終了後にスクリーン前で集合写真を撮影したりすることで、集まった人たちの一体感や高揚感を映画館とファンが一緒に作っていきました。
そうした地道な取り組みが、SNSを通じてファンに広がり、都心の「スタンディングOK 応援上映」の映画館とはしごしたり、そこでの前売り券が取れなかった人たちが駆け付けたりすることにつながっていったそうです。
2月2日は満席になっただけでなく、上映後にお客さんをお見送りする佐藤さんに、一緒に写真を撮りたいというファンが行列を作っていました。
ロジャ子さんの原点は、映画「ニュー・シネマ・パラダイス」にあるそうです。日本では、1989年に公開された映画です。第2次世界大戦後のイタリア・シチリア島の寒村にある教会を兼ねた小さな映画館を舞台にした物語です。
「こういう映画館の光景は、私たちは体験できないと思っていました」
映画が一番の娯楽だった時代の映画館の魅力が、インド映画のマサラ上映会や今回の「スタンディングOK上映」で重なってくるのだそうです。
「スタッフは大変かもしれませんが、みんなをその気にさせるには、お客さんに丸投げ上映していてはいけません」
成田HUMAXシネマズなどに始まった大都市圏にある映画館での「スタンディングOK 応援上映」。前売り発売開始後、すぐ満席になってしまいますが、「スタンディング」がない普通の「応援上映」だと、「中途半端」と受け止められることもあり、売れ行きが厳しい映画館が出てきているようです。
11月9日に公開されて以来、クイーンファンが駆け付けて、先行予約の段階ですぐ満席になってしまった第1フェーズ。
幅広い世代が駆け付けるようになった第2フェーズ。
そして、今は参加して体感する第3フェーズに入ってきています。
そんな動きからは、映画館の企画を待つだけでなく、ファンも映画館と一緒に、新たな映画の楽しみ方を作っていく時代への変化が見えてきます。
東京や大阪では、2月、音楽ライブ用のセッティングで極上の音を演出する「爆音映画祭」での上映があります。各地の「2番館」と言われる中小規模の映画館でも、今後、ファンがコラボした企画が生まれてくるかもしれません。
配給会社「20世紀フォックス映画」によると、2月4日までの興行成績は、累積興行収入が110億2024万円、累積動員数が797万4988人。
現地時間で、2月10日はイギリスのアカデミー賞、24日はアメリカのアカデミー賞の発表があります。
「2番館」だからこそ、盛り上がれるポイントがあります。
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