地元
「プリンに人生救われた」夫婦の館 「魂のインスタ映え」スポット
「絵本すぎるだろ……これ」。鹿で有名な奈良公園から車で10分の幹線道路沿いに、そのぶっ飛んだスポットはありました。外観がプリン。そう、まんまプリンの建物です。壁の色はカスタードで、丸みを帯びた曲線の上に乗っかるカラメルソースの屋根。その名は「プリンの森」。いったい誰がこんなものを? 「プリンに人生を救ってもらった」。そこには、濃厚な人生が詰まっていました。
「え、奈良に住んでるのにプリンの森知らんの?」
大阪に住む友人に言われ検索すると「まるで絵本」「楽しすぎた」など、テンション高めの感想が目に入ってきました。
写真にあるのはテーマーパークのような不思議な建物です。
それは、どこからどう見てもプリン。
なんで?
さっそく車を走らせました。
奈良市中心部から京都との府県境へ。10分ほど立つと、丸みを帯びたカスタード色の建物が幹線道路沿いに見えてきます。
屋根はカラメルを連想させる茶色。
テラス席にはブランコが揺れています。
「まほろば大仏プリン本舗」の本店兼カフェ、「プリンの森」です。
店内のショーケースには大小合わせて10種類以上のプリンが並びます。出迎えてくれたのは、社長の高岸洋之さん(58)。
「まずは食べてみて下さい」と、差し出された小サイズの大和茶味のプリンを口に運ぶと、とろっとした感触に生クリームの濃厚な味と茶の香りが広がります。
う、うまい。
高岸さんは、ショーケースから、どんどんプリンを出してきます。
定番のカスタードと大和茶には、500ミリリットルの大サイズがあり、味も違います。こちらは牛乳ベースでしっかりした食感。
大は「昭和の肝っ玉かあさんの味」、小は「平成のオシャレなママの味」。名前もキャッチーです。
「まさか専業でプリン屋さんをやるとは思ってもみませんでした」
そう振り返る高岸さん。ここまで至るには、苦難の歴史がありました。
高岸さんは、もともと奈良市の中心部でパスタ屋を営んでいました。
妻の有紀さん(45)と夫婦二人三脚で切り盛りしていましたが、2005年ごろ経営が悪化。借金がかさみ、店を畳むしかない状況に追い込まれます。
2人が出会った思い出の店を守りたい――。夫婦で打開策を話し合った結果、デザートとして好評だったプリンに望みを賭けることに。
転機が訪れたのは2007年。奈良県観光連盟(当時)が主催する「奈良県観光みやげもの大賞」で、高岸さん夫婦が作ったプリンが最優秀賞に選ばれたのです。
県産の大和茶や日本酒とプリンを組み合わせた斬新な切り口が評価されました。
以来、店の売り上げは右肩上がり。プリン専業に転向し、寝る間を惜しんでプリンを作り続けました。
そして、県内に五つの支店を構えるまで拡大した2015年、建てたのがこの本店だったのです。
「プリンに人生を救ってもらった」
高岸さんは、プリンを全面に押し出した店を建てると決断します。
テーマは「おとぎの国から出てきたプリンの家」。建築士を連れて山梨や埼玉、愛知県など各地の飲食店やテーマパークへ視察旅行に行き、理想のイメージを共有しました。そして、ついに駐車場を含めて350坪の土地に、2階建ての「家」を完成させます。
「かわいい」「ホッとする」と思ってもらえるように、全体的に曲線のシルエット。屋根の瓦や柱はゆるやかな弧を描いています。
内装もカスタード色で、天井部分には「カラメル」がかかっています。訪れた客は店のいたる所で写真撮影を楽しみ、休日は2時間待ちになることもあります。
建物は工場も兼ねていて、毎日3千~4千個のプリンを作ります。
忙しくなった今も、10リットルのやかんから手作業でビン一つ一つに原液を流し込む工程は変えません。
「きわめて原始的なんですけど、でもこういうところにお客様は温かさを感じてくれているのかな」
高岸さん自身も朝から晩まで厨房に立ち、プリンを作っています。
高岸さんの願いは、プリンを「五感で」楽しんでもらうこと。
「『おいしかったね』はスタートラインだと思っています。『楽しかったね』とか『かわいかったね』とか、お客様が心地よいと思うことを積み上げていきたいです」
そんじょそこらの「インスタ映え」スポットとは違います。なぜなら、そこには濃厚な人生が詰まっているから。
◇
「プリンの森」の営業時間は午前11時半~午後5時半。不定休。プリンのサイズは大小あり、大は税別800円、小(80ミリリットル)は350円。問い合わせは同店(0742・23・7515)。
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