連載
「ボヘミアン・ラプソディ」通常上映じゃ満足できない「患者」続出
映画「ボヘミアン・ラプソディ」のヒットは、映画館の変化も浮き彫りにしました。音楽フェスのように、「体感する映画」というジャンルを築き上げています。映画はDVDやブルーレイ、ネット配信で見るという人が増えつつある時代。「映画館でないと味わえない」付加価値の仕掛け人たちに話を聞きました。
全国の劇場の中でも、いち早く「スタンディングOK」を採り入れたのは、成田空港に近い「成田HUMAXシネマズ」(千葉県成田市)でした。
自ら上映前と上映後にMCとして登場するのが、成田HUMAXシネマズの宣伝・企画担当、佐藤広基さんです。
佐藤さんが参考にしたのは、知人に誘われて参加した、昨年12月15日に「キネカ大森」(東京都大田区)で開かれたインド映画の「マサラ上映会」です。
大声で歌っても、叫んでも、泣いても、立って踊ってもOK。「スタンディングの心地よさを体感し、スタッフのオペレーションなども学びました」と話します。
このことから佐藤さんは「『ボヘミアン・ラプソディ』はライブシーンがあるので、今までにない見方が提供できるかもしれない」と判断。
支配人や同僚に相談し、大型スクリーンに客席が包み込まれるような「IMAX」版での拍手OK、手拍子OK、発声OK、スタンディングOKの「胸アツ応援上映」を、昨年の12月28、29日と、年明けの1月4、5日に実施しました。
471席のIMAX版のスクリーンは、劇場内の客席に大きな傾斜があり、前に座る人たちが立っても後ろで見ている人の障害にあまりならないという利点があります。
佐藤さんは、スーツ姿で「佐藤マイアミ」として前説に登場。「スタンディングOK応援上映」に不慣れな人たちに、立ち上がるタイミングなどをアドバイスしています。
「成田ウェンブリー」を自称し、特別なチケットも作っているほどです。
映画館の立地も、成田空港が近くにあるため、このイベントのために直行便が飛ぶ福岡や大阪などから毎回20人程度のファンが駆け付けています。他は、全体の7割が東京都内やその近郊からで、残りが千葉県内や高速道路でつながる東北や北関東、新潟からの人たちだそうです。
今は「アンコール」として、1月は12、19日に実施され、26日にも予定されています。
佐藤さんは「応援上映」についてこう考えています。
「全員が最初から盛り上がれるかというと日本人の気質的に難しいと感じています。だからこそ前説段階から、『これからこういうことができるんだよ』『こうすれば楽しいんだよ』というのを冗談も交えつつ、お客様にご案内していくことで、映画が始まっても気兼ねなく応援上映ができると思います」
「スタンディングは、音漏れしない、傾斜があるといった環境が整っていれば、あとは劇場判断で出来ますので、全国の劇場でもぜひ企画してもらえればと思います」
1月20日午後4時。JR川崎駅近くにある映画館「チネチッタ」(神奈川県川崎市)でも、ライブシーンでの「スタンディングOK」の「応援上映」が開催されました。
「LIVE ZOUND」という特別の音響設備を持ち、音響のプロが音を微調整し、音楽映画として観客が没入しやすいように工夫していることで知られている劇場です。
成田と違い、客席ではアイドルのコンサートなどで振られる化学発光するケミカルライトが禁止です。理由は、1970年代や80年代のライブの雰囲気を大事にするためです。
「応援上映」は、一番広い532席のスクリーンで行われましたが、年齢層は幅広く、リピーターが比較的多い雰囲気でした。
最初のライブシーン、私はちゅうちょして立ち上がれませんでしたが、周囲は総立ち。ライブシーンが終わると座り、この繰り返しです。
所属レコード会社の弁護士ジム・ビーチに、フレディが「マイアミ」とあだ名を付けていますが、映画でこのシーンになると、客席から「マイアミ」というかけ声が響いていました。
ライブ・エイドのシーンでは、当時の会場の観衆と同じように手を振るなどして一体化していました。
上映が終わると、フレディのようにひげを付けたり、タイトな服を着ていたりしていた「フレディ」「フレ子」「ちびフレ」の即席撮影会が自然と生まれていました。
クイーンファンの母親と一緒に訪れた男子中学生2人は、こんな魅力を話していました。
「フレディが、自分はエイズだと分かっても、みんなを楽しませようと前向きに音楽に取り組んでいた」
「最後に流れる『Don't Stop Me Now』を歌う本物のフレディの映像。自分がいずれ死ぬことを分かっているのに、止まらないなんて……」
「スタンディングOK」の上映会の企画に関わったチネチッタ興行部の増山寿史さんによると、「スタンディングOK」の「応援上映」は今年に入ってからだと言います。
応援上映は、1月12、13、14、19、20日に各1回実施。26、27日にも企画されています。
増山さんは「試写を見た時にヒットする可能性が高いと思いましたが、興行収入が100億円に達するとは予想していませんでした。応援上映の盛り上がりに加えて、お客様からのライブの場面は立って見たいというご要望をうけ、決めました」と話します。
「極音」で知られる「シネマシティ」(東京都立川市)も、ライブ・エイドのシーンが始まったら「原則全員スタンディング」という「ライブスタイル上映」を2月1日夜に実施します。
拍手、歓声、口笛がOK。普通の音楽ライブと同じ楽しみ方ができるようなルール設定にしています。
そしてこの映画で最も集客が多い東京の「TOHOシネマズ 日比谷」でも、1月29日夜、興行収入100億円突破とサウンドトラック&クイーンのアルバムの販売総数100万枚を記念した「スペシャル応援上映」として、ライブ・エイドのシーンだけ「スタンディングOK」とすることが発表になりました。
多様な見方が、広がりつつあります。
成田、川崎、立川の映画館には共通する点があります。「劇場独自の展開」です。チネチッタの増山さんは、映画館を取り巻く状況についてこう説明してくれました。
「映画館は、今、IMAX、4DXといった通常の上映と違うスクリーンが出てきています。チネチッタ独自の展開を考えていかないといけないというときに、弊社のグループ会社ではライブハウスを運営したり、フェスを企画したりしている音のプロフェッショナルがいますので、2016年9月から『LIVE ZOUND』を始めました」
当初は、「シン・ゴジラ」や「君の名は。」といった話題作で、音の違いをアピールしました。「エッジの効いた作品」「インディペンデント」……。そんな作品で効果を発揮すると見られており、その一つが、「ボヘミアン・ラプソディ」だったと言います。
「IMAXの設備を整えるには、大きな工事が必要です。建物の構造の問題もあります。川崎市内には、すでにIMAXの劇場があるので、その後追いより、独自のものを追い求めたいと考えています」
そして、映画館の未来について、こんな言葉を投げかけています。
「スマホでも手軽に映画が見られるようになり、映画館でないと味わえない楽しみを常に追い求めていかないといけない時代です」
映画の制作会社側も、プレミアムなバージョンを作成するようになっています。
「ボヘミアン・ラプソディ」の場合、IMAX版、スタジオの音を再現するようなドルビー・アトモス版のほか、画面下に英語の歌詞が映し出される「応援上映」バージョンでの上映を始めています。
音にこだわった上映やIMAXを見た人たちからは、「もう通常上映では見られない」という声が漏れるほどです。
その一方、IMAXを上映するには、劇場を一時閉鎖しての大規模改修が必要な場合があります。
特別料金を地域の映画ファンが受け入れてくれるか、常時IMAXの作品を確保できるか、という問題もあります。
それでも、映画を映画館で見る価値を「再定義した」という見方をするのは、日本での配給会社「20世紀フォックス映画」のマーケティング本部長、星野有香さんです。
他の制作会社を含め、2019年以降、音楽映画が多く公開になっていくことから、「ボヘミアン・ラプソディ」の反響は、映画界のエポックになったと見ています。
映画では、フレディらメンバーが、ライブに詰めかけたファンが「Love Of My Life」を大合唱したことにインスパイアされたシーンが描かれます。
手拍子や足踏みで参加する「We Will Rock You」や、「ライブ・エイド」での「Ah-Oh」のコールアンドレスポンスが生まれる場面のように、映画のマーケティング自体も進化しています。
映画のヒットと同時に、クイーンのライブを収録したDVDやブルーレイが売れているだけでなく、SNSを介してYouTubeなどにアップされた「お宝映像探し」が、ファンの間ではやっています。
このほか、CS音楽チャンネル「ミュージック・エア」は、1月4日に「クイーン5番組一挙放送!」として、クイーンやフレディに関連する番組を放送。2月10日にも再放送します。
1月26日と2月2日には、ヤマハ銀座スタジオ(東京都中央区)で、「Queen ドキュメンタリー爆音上映会」を開催します。チケットは前売り開始数分で売り切れました。
ミュージック・エアを運営する「アトス・インターナショナル」(東京都港区)によると、1月4日の放送は予想を上回る反響で、この放送によりスカパー!の単チャンネルの加入は、放送時点で月平均の3倍近くになったそうです。
これまでにもCS放送でクイーンに関する番組を流してきましたが、今回はSNSでの反響が大きかったそうです。
なぜ、クイーンが今はやるのか?
同社の谷口奏さんは「クイーンは、ミュージック・エアの視聴者から、もともとTOPレベルの人気を誇っていましたので、流行の下地はあったと思います。映画で注目されたことによって、これまでクイーンを聴いていなかった方や若い層が触れるきっかけとなったのではないかと思います」と解説します。
世界共通の映画のオフィシャルサイトでは、各国のDVDやブルーレイの発売日がサイトにアップされましたが、熱狂が続く日本の動向などに配慮し、ページは見られなくなってしまいました。
20世紀フォックス映画の星野さんは、「日本は大ヒットにつき未定です」とし、映画館に詰めかける人たちの動向を見ながら判断する方針です。
イギリスのアカデミー賞に続き、アメリカのアカデミー賞にもノミネートされた映画「ボヘミアン・ラプソディ」。映画での上映がいつまで続くのか?
星野さんは「3月くらいまで続くのではないか」と見ています。
「アカデミー賞5部門ノミネートや、100億円突破のニュースの露出。公開11週目にして、いまだ興行収入2位をキープしています。アカデミー賞授賞式(2月24日)のある2月いっぱいはもちろん、3月くらいまでは全国規模で続映しているかと思います」
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