連載
#11 #まぜこぜ世界へのカケハシ
障害児が「普通にいる」クラス求め……「インクルーシブ教育」の壁
年が明け、もうしばらくすると入学シーズンを迎えます。子どもが障害を抱えていたり、発達に遅れがあったりすることによって不安を抱えている家族がいます。希望する教育が受けられる学校のある街に引っ越す家族もいます。三つの家族の決断から、障害児の就学問題について少し考えてみました。
菅原光穂さん(43)の長男(12)は、ダウン症です。合併症はありませんが、言葉を話し始めるのが遅かったこともあり、医師からは「普通の子と交流できる方が発育上いい」と言われたことが、心に残っています。
東京都中野区に住んでいたときは、幼稚園に通っていました。
「幼稚園では、差別、いじめもなく、恵まれていました」
とはいえ、幼稚園の年長になると、義務教育となる小学校の入学について考える機会が増えていきます。一般の家庭では、私立や国立の小学校への受験を考えなければ、地元の公立小学校に入学します。
しかし、障害や発達の遅れを抱える子どもたちは、その前に、教育委員会や学校に出向いての「就学相談」「見学」などをする機会があり、そこで現実を知ります。
菅原さんも、教育委員会で話し合いをした上で、支援学級に通うことを提案されたそうです。
その時、菅原さんは「障害のない子と交流できない学校の支援学級に通わせて、もんもんとする毎日なら、引っ越した方がいいのかな」と考えたそうです。
「障害児」「ダウン症」と言っても、子どもによって違います。個性もあります。自分の子どもには「切磋琢磨していって欲しい」と考えました。それは、長男のためだけでなく家族全員「お互いのためにいいから」です。
菅原さん家族には、2歳違いの次男もいます。
長男は、障害児だけが集まる支援学級に通い、次男は通常学級に通い、同じ学校の中で支援学級と通常学級が交流することのない生活を送るようになることを想像したそうです。
「弟が成長すると、障害のある兄がいることを隠すようになってしまうのでは……」
菅原さんは、通常学級で生活する時間が長い、交流する時間が長い学校はないか、探しました。品川区、そして世田谷区の支援学級を訪ね、入学後の学校生活を聞いたそうです。
ただ、多くの学校では、菅原さんが期待するような答えは返ってきませんでした。その次に、訪ねたのが、文京区内の公立小学校にある支援学級でした。
菅原さんは、文京区のある小学校の校長(当時)から、次のような説明を受けたそうです。
「支援学級に在籍しますが、朝から帰りの時間まで基本は合理的配慮のもと通常学級で過ごします。授業によっては個別指導になりますが、国語や算数なども内容をかみ砕いて、通常学級で同じ授業を受けることもあります」
菅原さんが、「うちの子は、トイレを失敗することもありますが……」と聞いてみると、その校長はこう答えたそうです。
「障害のない子も失敗しますから」
夫婦で話し合い、その学校に通える学区内への引っ越しを決めました。家族4人で暮らす持ち家を売って、「インクルーシブ教育」が受けられる場所に引っ越すという大きな決断です。
「インクルーシブ教育」を求めて引っ越す家族は、菅原さんだけではありません。
長女(5)がダウン症の高橋真さん(45)は、長男(8)が小学校入学のタイミングで東京都品川区から文京区に引っ越しました。
高橋さんは共働きです。「品川区は、小中一貫校などで知られているように、お兄ちゃんにはいいですが、娘には全然ダメだと思いました」と振り返ります。
引っ越した理由は、自宅が都市計画道路に引っかかっていることもありました。引っ越し先の選択については、「インクルーシブ教育」が整っているところがいい、と考えたそうです。
「インクルーシブ教育」にこだわるのは、高橋さんが子どもの頃を過ごした、大阪での小学生時代の原体験がありました。
「小学6年間、クラスには障害を持った友だちがいました。給食の介助もしましたし、怒りも笑いもし、町での日常生活でも会いました」
「障害があるなしではなく、誰でも普通に生きている、生きていいんだ、ということを学びました」
山口千鶴さん(46)は、ダウン症の長男(10)と自閉症の次男(3)の2人の子どもがいます。山口さん家族は、東京都豊島区から文京区に引っ越しました。
長男は、豊島区に住んでいたときから、隣の文京区の幼稚園に通っていました。
ミッション系の幼稚園で、「ぜひ来て下さい。そういう子がいると、クラスがまとまるので」と受け入れを快諾してくれたからです。友だちと仲良く過ごしていました。
そして年中の時、地元の豊島区教育委員会に就学相談に行きました。
支援学級がある小学校について尋ねると、「支援学級がある一番近い学校は、巣鴨です」と説明されたそうです。
この時、山口さん家族の家があったのは、高田馬場。「近くの学校に行けませんか」と質問すると、こう言われたそうです。
「みなさん、巣鴨まで通っていますよ」
山口さんは、「幼稚園でみんなと一緒に過ごしているのに、なぜ、小学校からは分けられないといけないのか……」と感じました。
そこで少しでも早い時期にと考え、年中の時に「インクルーシブ教育」をしている学校がある文京区に引っ越しました。
今回、話を聞いた三つの家族の子どもたちは、同じ小学校に通うか、通う予定です。学校を選んだ理由に、いくつかの共通点が見えてきます。
(1) 通常学級にも「席」や「役割」がある
(2) 登校から下校まで、給食、掃除も含めて通常学級で過ごす時間が長い
(3) くつ箱の位置から、運動会などの行事まで、通常学級と一緒
(4) 学童保育も受け入れてくれる
(5) 必要なタイミングで合理的配慮が受けられる
これらは一部ですが、保護者と学校側が学期前に作る「個別指導計画」にもよります。国語や算数は、支援学級で受けたり、理科や社会は単元によって変わったりすることもあるそうです。
就学前、各地の支援学級を見学したり、就学相談をしたりした三つの家族が感じたのは「公立だからどこの学校も同じではない」ということです。
通常学級で一緒に学校生活をする効果について、どのように考えているのでしょう?
高橋真さんは、こんなエピソードを話してくれました。
「集団登校の時、叫んで反対方向に行ってしまった子がいました。すると、他の子が、しょうがないなと思いながらも迎えに行き、対話をして、一緒に登校する姿を見ました。そのときの子どもたちの適応力、対話力は素晴らしく、それは環境で育っていると感じました」
集団登校のエピソードから見えるのは、多様な子どもたちが交わる環境で幼少期を過ごすことの「価値」です。
今、社会で求められている、多様な背景を持つ人たちとの共生に通じていくものがあるのでは、ないでしょうか。
高橋真さんは、こうも言います。
「社会性のある学校がいいと思います。『インクルーシブ教育』は、勉強をしたい子の権利を奪うものではありません。学校には、勉強を学ぶと同時に、社会を学ぶという役割もあると思います」
菅原さんは、学校からの下校時、「長男が同じ学校に通う子にからかわれている姿を見た時は涙がでました」と振り返ります。
学校には長男に優しくしてくれる子もいますが、残念ながらそうでない子もいます。
それでも、教師たちはクラスの子どもたちが長男を理解出来るように配慮し、共有する時間を多く持つようにしてくれました。
そのことによって、子どもたちも成長し、お互いに認め合うことによって、少しずつ多くの子たちが長男の特性を受け入れられるようになったそうです。
「どの子も様々な個性があるからこそいじめられる可能性はあります」
山口さんも、こんな経験をしています。
友だちが、通学路で道路工事があった際に手を引いてくれたり、授業で苦手なことがあったときに手伝ってくれたりしてくれることがあると言います。
「子どもが自然に助け合える環境を地域で作り出している感じがします。自然体で特別扱いをされていない心地よさは、地域と親の理解があるからだと思います」
三つの家族の子どもが通ったり、通う予定だったりする学校は、文京区立柳町小学校です。今年度、創立117年目を迎え、校舎の建て替えが予定されています。
周囲は、マンションと古い住宅地が混在しています。2005年度に「文京区特別支援教育モデル校」に指定されました。その後もそのときに取り組んだ「インクルーシブ教育」を試行錯誤しながら続けています。
例えば、通常学級にも自分の机といすがあり、ロッカーやくつ箱、かさ立ても同じです。50音順に配列されています。学校行事にも通常学級のクラスで参加し、朝の会や帰りの会、日直や給食当番、係活動といった役割分担も同じようにこなしています。
同じ環境を整える一方、「一人一人の児童に対して、必要に応じて個別の指導や支援」にも力を入れています。
現在、477人の児童がおり、このうち12人が支援学級の児童です。多い年度は、20人ほどの児童が支援学級に在籍していたそうです。
現在の小池夏子校長は、モデル校の指定を受けた校長から数えると3代目の校長になります。
小池校長は「インクルーシブ教育」の効果について次のように語ります。
「子どもたち同士も、子どもなりのサポートを考えてしています。将来的には社会の中で、共生、ともに生きる、ということになります。それを、学校に中で自然と体感しているのではないでしょうか」
取材を通して、障害を持つ親たちからも、その子どもたちが通う学校の校長からも、同じようなニュアンスのことを言っていることに気付きました。
「保護者にも色々な考え方があると思います」
「支援学校に通った方が手厚くサポートを受けられていいという保護者もいます」
すべての学校で、今すぐ「インクルーシブ教育」ができる環境ではありません。親によってはそれを望まない人たちがいます。
このような問題を考える際、様々な人たちへの一定の配慮が必要であるということにもつながります。
ただ、今回、取材に応じてくれた母親たちは、「選択肢」があることの重要性を話していました。
「選択肢」を作ることは簡単ではありません。
教員や職員を特別に配置するには、人員配置や財政上の措置が求められます。
しかし、柳町小学校のような、学校生活のベースを通常学級に置くような方法は、「無理難題」なことなのでしょうか?
今は、様々な背景を持つ人たちが、互いを理解し合いながら暮らす社会を目指す時代です。
取材を通して、障害児の教育を超えた、重い問いを投げかけられているような気持ちになりました。
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