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沖縄のわかりにくい住宅街にある古民家カフェ…訪問者が絶えない理由
 
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                    見知らぬ人に1杯のコーヒーを贈り、見知らぬ人から1杯のコーヒーを贈られる。そこには贈る人から贈られる人への「恩送りカード」が添えられている――。そんな古民家カフェが沖縄にあります。わかりにくい住宅街にあるお店には、いつも人の輪が生まれています。東京で「働き方の管理」を仕事にしてきた男性が、沖縄に移住して始めました。数々の会社の就業規則を作る中で考えたのは「休職するような働き方」への疑問でした。恩送りカードの取り組みは、少しずつ全国に広がっています。
 
                 カフェの名前は「AETHER(あいてーる)」。企業の就業規則の作成を得意としてきた東京の社会保険労務士、下田直人さん(44)が移住して始めました。
 週末になると那覇など沖縄県の各地に住む人や旅行者、そして最近は外国人も訪れます。
 平屋建ての古民家を改装したもので、20人ほどで満席。室内のあちこちに、恩送りカードが木製の洗濯ばさみでぶら下げられています。
 次に来る人へと、カード代を含めたコーヒー代の1杯500円を店に託していきます。どんな人に1杯を贈るかは、贈る側がカードに明記します。
 「サザンを死ぬ程愛している人」
 「伊是名島が好きな人」
 「最近、年上との付き合いに疲れた人」
 「自分自身の親の『相続』で困っている人」
 「今から留学するために頑張っている人」
 「ラフマニノフがしっくりくる人」
 「新潟から沖縄に遊びに来た人」
 「不妊治療しているけど、今日ぐらいカフェイン摂ってもいいかなと思って来店した人」
 ごくごく個人的なことを書き、ゆるやかなつながりを求めていることが分かります。
 カードには空白があります。1杯のコーヒーを飲んだ人が、お礼のメッセージを書き込み、店はカードの表書きである贈り主の住所と名前を隠した個人情報保護シートをはがして、ポストに投函しています。
 
                 ここに多くの人が訪れる、もう一つの目的が「運命図書館」です。全国の人から、自分の運命を変えた1冊、自分に影響を与えた1冊を寄贈してもらって、開放しています。
 「誰かの運命を変えた本は、誰かの運命を変える可能性があります」
 寄贈された本の帯には、短い推薦文や感想文が書かれています。コーヒーを飲みながら、読書をしてゆっくり過ごす人が多いようです。
 寄贈された本は現在約100冊にもなりました。
 
                 カフェを訪れる人の6割は沖縄で暮らす人たちです。残り4割が観光客。20代後半から40代前半の女性が、5~6割を占めているそうです。
 1人で来る人が多いですが、2~3人で訪れ、食事をした後、それぞれ本を読んでいるグループ、別々の本を読んでいるカップルなど、様々です。
 テーブルとテーブルの間隔が広く、お客の回転率を気にするような都会のカフェと違い、のんびりできるからかもしれません。
 「営業的にもうかっているわけではありません」と言う下田さんですが、これまで使われた恩送りカードは約400枚になりました。贈られる人を待つカードは現在、約250枚あるそうです。
 オープンして1年5カ月、多くの人が次の人にコーヒーを贈る恩送りカードを購入して帰るそうです。
 
                 次来る人に1杯おごる――。
 こうした文化は、ヨーロッパなどでも所々あります。
 下田さんは、「時空を超えたコミュニケーション。同じ場所に座っていても、日にちが違ったがために話せなかった人と、コミュニケーションができます」と語ります。
 ここを始める前に、イタリアなどでこのような習慣があるカフェがあることを知っていたそうですが、「カードを通じて、良心が伝播していかないか」と思ったそうです。
 「カードをもらって、マイナスの感情を持つ人はいないでしょ」
 「コーヒーを飲ませてもらった人も、メッセージを書いて帰って行きます。ちょっとイライラしていても、メッセージを書くことで、イライラがリセットされます」
 「実験だと思って始めています」と言うように、下田さんにも、このカフェをわざわざ始める理由がありました。
 
                 下田さんは、もともと東京で、社会保険労務士として働いていました。専門家として働き方などに関する本も出しています。今でも、月の三分の一ほどは東京で仕事をしています。
 「就業規則を作るのが得意分野」と言います。現代社会で求められる会社のルール作りで多いのは、社員の休職に関する規定です。
 何カ月か休職したら、職場に戻ってくる。でも、その後、どうなるのか――。
 「そもそも休職するような事態にならなければ、厳密なルールなんて作らなくてもいいと思います。僕らの仕事は対症療法。そういう仕事をする中で、働く人の幸せって何かを考えるようになりました」
 
                 下田さんのヒントになったのが、2014年、カンボジアで出会った森本喜久男さんでした。
 カンボジアでクメール織りを復活させていた森本さんは 障害のある人も、障害がない人もそれぞれが自分の出来ることをして、さりげなく手伝えるような活動を続けていました。
 「原始的かもしれませんが、心地よさを感じました」
 
                 店を運営するのは、20代の店長と、島カレーなどを作る地元の女性です。
 店長の発案で、賃貸物件であるこの古民家の改修費はクラウドファンディングで集められました。
 わかりにくい住宅街にある、このカフェに人が絶えないのも、こうした「共感の輪」があるからなのでしょう。
 下田さんは、こう考えています。
 「日本中の街角に、恩送りカードがあるカフェがあったら、面白いんじゃないかな」
 すでに下田さんのところには、大阪のバーや鳥取のカフェから、恩送りカードのような仕組みを始めますといったメッセージが届いています。
 
                私達は本とコーヒーと食を通じて、コミュニケーションが生まれる場を作ろうと考え、古民家を改装したブックカフェを2017年7月にオープンしました。本との対話、土地との対話、自分との対話、何かと向き合い、そこから生まれる情感や、何らかの関係性、そんなコミュニケーションを体験していってください。
 
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