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瓶の中を舞う蝶々、インコ…偶然から生まれた「切り絵ボトルアート」
現在は古典文学をモチーフに作品をつくっています
 
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現在は古典文学をモチーフに作品をつくっています
 
                    瓶の中を舞う蝶々や雪の結晶、静かにたたずむインコ……。切り絵造形作家の紙屋初瀬(カミヤ・ハセ)さんは、立体切り絵とLEDライトを組み合わせ、お酒や香水の瓶の中に幻想的な世界を閉じ込める「切り絵ボトルアート」を数多く手がけてきました。作品はSNSやメディアでたびたび話題になりましたが、切り絵技術が高まるにつれ、「ボトルの外」の平面作品に力を入れるように。紙屋さんに創作のこれまでとこれからを聞きました。
ボトルアートを始めたのは2010年代前半。「計画的に始めたものではなく、思いがけない出来事から生まれました」と話します。
きっかけは、当時働いていた職場で配られた「テキーラボンボン」です。仕事仲間がメキシコ土産に買ってきてくれたもので、お菓子の入れ物がテキーラの瓶でした。
「パッと見、瓶の中にぎっしりとお菓子が入れられていて面白いなと思いました。瓶の底に4cmくらいの穴が空いていて、そこからお菓子を取る形式でした」
「食べ終わった後、『この瓶を捨てるのはもったいないから、面白い使い方を思いついた人に進呈しよう』と提案したんです」
貯金箱にする、ライトを入れる……様々なアイデアが出る中で、紙屋さんは「切り絵の蝶々を飛ばしてみたい」と考えました。
仲間に「やってみて」と言われて作品を制作。見事、紙屋さんの案が選ばれて瓶を手に入れることになりました。
 
                それまでは平面の作品が中心でしたが、東京都で開いたグループ展にテキーラのボトルアート作品を出展したところ、注目を集めることに。
神奈川県のケーブルテレビで紹介されることが決まり、急きょ出演に向けてボトルアートを10作品ほど作ったそうです。
作品を作るうちに、瓶底に穴がなくても注ぎ口から切り絵を入れて内部で展開する技法を確立しました。
紙屋さんは、ボトルアートを始めてから立体切り絵を極めていったそうです。その後、X(当時はTwitter)でも話題になり、「こんなものを作ってほしい」とリクエストが届くようになったといいます。
2019年頃まではアニメーターの仕事と兼業でしたが、激務で体調を崩したことなどをきっかけに、業務調整をしやすい作家活動に注力。切り絵制作キットを開発したり、個展を開いたり、活動の幅を広げました。
 
                これまでに作ったボトルアート作品は200点以上。一方で、切り絵の技術が高まり細かな作品を作れるようになると、ボトルアートでの表現が難しくなってきました。
「ボトルアートは、小さな注ぎ口から畳んだ立体切り絵を入れて中で広げなければいけません。ですが、あまりに細かいと広げたときに破れてしまいます。どうしても表現の制約が多いのです」
「私が見てもらいたいと思う複雑で繊細な作品と、ボトルアートで表現できるものがうまくかみ合わなくなってきました」
悩んだ末、紙屋さんは切る技術を極め、「ボトルの外の作品」である平面の切り絵を中心に創作活動をすることにしました。
「いまだに代表作のような、自信を持って表現し尽くしたという作品はないんです」と話しますが、2023年に制作した「石橋(しゃっきょう)~絶望のその先~」は印象深い作品になりました。
サイズはM10号(53.0×33.3cm)で、初めて挑戦する大きさ。日本の古典芸能である「能」の演目からインスピレーションを受け、獅子をデザインしました。
「貼り絵をやっていた時代から、能の演目をもとに人物をモチーフにしたシリーズを作っていました。獅子も作ってみたのですが、表現に行き詰まり、長らく形にできずにいたんです。数年越しに今度は切り絵で挑戦してみたら、納得のいく作品が完成しました」
これまでまとめきれなかったイメージが、切り絵技術によって「『選択と集中』し、表現できた」といいます。
 
                能をテーマにするにあたり、紙屋さんは古典文学や室町時代に書かれた演目を原文で読めるよう、通信制の大学に入り書誌学を学んだそうです。
「古典に触れるなかで、古典文学をモチーフにした切り絵作品を作りたいと思うようになりました。日本に伝わる伝説や神話に関することを『温故知新』で表現したかったのです」
「石橋」の制作をきっかけに、「象徴性の高い動物」を描きたいと考えるようにもなったといいます。
「オオカミやイノシシ、シカ、サル、クジラ……。昔から人は動物を何かの象徴に例えてきました。能をきっかけに獅子を作りましたが、動物の象徴性についても深掘りして、その動物が象徴する先の日本文化や背景を表現していきたいと思います」
 
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