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香港の選挙に「異変」 立候補できなかった候補者、その主張は……
選挙って普通、結果に注目が集まりますよね。どの候補者が当選し、落選したのは誰か、と。でも、香港では最近、立候補届が選挙管理当局にきちんと受理され、出馬できるかが最大の関心事となっています。選管が候補者の言動を事前に審査し、「失格」にする仕組みが導入されたからです。なぜ、こんな事態になったのか。背後には、香港への影響力を強めている中国の影が見え隠れします。(朝日新聞広州支局長・益満雄一郎)
香港では11月25日、立法会(議会に相当、定数70)の補欠選挙(定数1)が実施されました。10月上旬に候補者の受付が始まり、有力とみられていた2人が出馬を表明しました。
2人は、中国に批判的な民主派が支援する前議員で大学講師の劉小麗さん(43)と、中国寄りの親中派が推す元香港政府職員の陳凱欣さん(41)です。香港では伝統的に親中派対民主派が選挙戦の大きな構図となりますが、今回もそうなりました。
今回、とりわけ注目を集めたのが劉さんです。劉さんは「香港の将来の政治体制は独立を含めて香港人が決める」という立場をとっていたからです。この主張は自分たちが将来を決めることから「自決」と呼ばれ、香港の若者の間では一定の支持を得ています。
香港は1997年に英国から返還後、2047年までの50年間、香港の高度な自治を保障する「一国二制度」が適用されます。しかし、2047年以降の政治体制については具体的に決まっていません。
しかし、香港の選管は10月中旬、劉さんの立候補を認めないという決定をしました。「劉さんは香港独立を選択肢の一つにしており、香港は中国の一部という規定を受け入れていない」と判断したからです。劉さん自身は立候補の直前、香港独立を支持しないと明言しましたが、それでも過去の主張が問題視されました。
同じような選管の判断は今年3月の補選前にもありました。2014年の雨傘運動で若者のリーダーの一人として注目を集め、「雨傘運動の女神」とも言われた大学生の周庭(アグネス・チョウ)さん(22)も自決を訴えたことが問題視され、出馬が認められませんでした。
民主派は周さんのケースがあったため、劉さんが出馬できない場合を想定して、第2の候補者を用意していました。劉さんが立候補する計画を「プランA」と呼び、別の候補者が立候補する計画を「プランB」と称していました。結局、プランAがダメになったので、プランBを実行することになりました。
しかし、プランBの候補者が所属する民主派の政党「工党」は「(中国共産党の)一党独裁の終結」や「(中国ではタブーの)天安門事件の再評価」を党綱領に掲げています。中国を刺激する強烈なスローガンのため、プランBが認められるか注目されましたが、選管は立候補を正式に受理しました。
選管の判断から透けて見えるのは、香港独立という主張をした人の立候補は不可だが、中国共産党の独裁終結を訴えても立候補は認めるという「基準」です。
なぜ、このような違いが出るのか。ヒントは昨年7月の習近平国家主席の演説にありそうです。習氏は香港返還20年を祝うイベントで演説し、香港独立は絶対に容認しないという強硬な姿勢を示しました。それ以降、香港では、香港独立を訴える政治団体に活動禁止処分が出されたり、その政治団体の講演会で司会を務めた英紙記者が事実上、香港から追放されたりしています。
一方、市民の選挙への立候補を認めないことは「参政権の剝奪」に他ならない重大な決定です。香港の民主化は英国からの返還が決定された1980年代から進められてきました。市民に行政長官や議員を選ぶ投票権が認められるなど、不完全ながらも、じわりと民主主義が拡大してきました。
結局、11月25日の選挙では、陳さんが勝利しました。民主派は劉さんの出馬が認められず、別の候補者が立候補したため、選挙活動の立ち上がりが遅れたことに加え、別の候補者の立候補に納得できないという男性が新たに立候補。民主派内の候補者の一本化調整に失敗したのが響きました。親中派にとっては、作戦通りの結果となりました。
中国の習近平指導部は国家の統制を重視しており、高度な自治が保障されている香港に対しても締め付けを強めています。香港が30年かけて進めてきた民主化の歯車が逆回転し始めているのではないか。候補者の事前審査制度はその兆候ではないか。私は香港政治を取材する一人として、民主化の潮目の変化に対して強い危機感を持って見つめています。
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