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ナメクジ食べて死亡…「禁断の味」求め行き着いた「生カタツムリ」
ナメクジを食べたオーストラリアの男性が今年11月に亡くなりました。元探検部だった私も同じような経験を思い出し、少し怖くなりました。何が生死の分かれ目になるのか。調べるうちに「禁断の味」への興味が膨らみ……行き着いたのが世界でも珍しい「生カタツムリ」。いったいどんな味が? 口に広がる「粘液のなめらかさ」から昆虫食について考えました。(朝日新聞社会部記者・杉浦幹治)
オーストラリアの報道などによると、亡くなった男性がナメクジを食べたのは19歳のとき。パーティーで友だちとワインを飲んでいる際、庭に置かれた机の上をはっているナメクジを見つけ、ふざけて生のまま飲み込んだそうです。
ところが、数日後に足が痛み出し、男性は病院へ。影響は脳におよび、一時は意識不明に。その後もまひなどの重い後遺症が残り、先月11月2日に亡くなってしまいました。
原因は、ナメクジの寄生虫「広東住血線虫」でした。
国立感染症研究所によると、この寄生虫は、東南アジアなど、ほぼ全世界に分布。日本でも沖縄から北海道まで各地で発見されており、特に沖縄で感染例が多いといいます。ナメクジのほか、カタツムリ、カエル、淡水に住むエビなども宿主になります。
杉山広主任研究官は、「フンなど以外では寄生虫は体外に出ないので、なめた程度では大丈夫」と言います。宿主を生で食べなければいいので、生野菜も洗えば問題ありません。感染してもほとんどは軽症だそうです。ただ最近は、ナメクジごと機械でカットされた野菜が感染源とみられる事例もあるようです。
男性は生で丸一匹食べていました。「症状の軽い重いは、食べた寄生虫の量によります。ナメクジ1匹以上を食べた場合、失明などの後遺症が残った事例もあります」(杉山主任研究官)。
一方で、昆虫食がブームになるなど、今、小さな生き物は貴重なたんぱく源として注目が集まっています。2013年には、国連食糧農業機関も食糧危機への対応策として、昆虫食を勧める報告書を発表しました。
私は学生の頃、探検部に所属し、しばしば虫を食べました。フナムシはえびせんのようにさくさくとした食感で、ジョロウグモはほのかに甘かった記憶があります。そういえば、すべて素揚げしていました。
昆虫食を実践しているライターのムシモアゼルギリコさんも、虫を食べる際は、75度で1分以上加熱し、種がわからない虫は避けるようにしているとそうです。
ナメクジやカタツムリは「生では食べたことがない」といいます。私も、子どもの頃に母親から「寄生虫がいるから触ったら必ず手を洗う」と教わったこともあり食べたことはありませんでした。
しかし、考えてみればこれらはみな生態学的には貝の仲間。取材中、何度も図鑑の写真を見ているうちに「できるものなら生で食べたい」という気持ちが徐々に大きくなりました。寿司ねたの中でも、私は赤貝やトリ貝が好きなのです。カタツムリを見つめていると、けっこう目がかわいいやつもいます。
「だめ」と言われると、さらに思いは募るもの。純愛に必要な三要素って、「まなざし、障害、すれ違い」だと聞いたことがありますが、そんな感じかもしれません。
あちこち電話をかけていると、なんと「うちのは生で食べられる」という方がいました。
三重県松阪市で、「三重エスカルゴ開発研究所」の社長、高瀬俊英さん(71)です。
高瀬さんは本業の鉄鋼業の傍ら、極めて難しいとされるカタツムリのポマティア種の養殖に三十数年前から取り組み、十数年前から軌道に乗せました。見学も受け入れ、料理も振る舞っているそうです。
生でカタツムリが食べられる。私は三重エスカルゴ開発研究所を訪ねました。
到着してすぐ、試食しました。貝殻から身を取りやすくするためにさっと湯にくぐらせた後、半分に切り、ワタをとったものをわさびじょうゆで頂きます。柔らかい。食感はホヤに似ていますが、癖はなく上品な味わいです。
粘液のせいなのか、舌触りはなめらか。エスカルゴ料理としてよく知られた、パセリやニンニクなどを混ぜ込んだバターで焼いた「ブルギニオン」も絶品でした。
高瀬さんによると、土壌は殺菌され、卵から一貫して屋内で飼育。飼育環境は三重大のお墨付きだと言います。実はこうしたことを聞いたのは4匹分を食べた後だったのですが、安心しました。
カタツムリに詳しい千葉聡・東北大教授(生態学)は「ポマティア種はアフリカマイマイに比べ、感染のケースは少ない。屋内で広東住血線虫に触れないように卵から飼育していれば問題ないと思われます」。
よかったよかった。
ところで、たくさんの食材がある中、高瀬社長はなぜあえて養殖に取り組んでいるのでしょうか。
「三十数年前、妻が買ってきたフランス土産のエスカルゴの缶詰がおいしくなく、自分で作ってみようと思った」と高瀬さん。
ポマティア種はエスカルゴの王様とされ、姿も白く、きれいです。本国ではほぼ絶滅していることもやる気に火を付けたそうです。もともと、世界三大珍味はキャビアではなく、ポマティア種の卵だったという話も知りました。
「水道水に1年つけておいても腐らない。不老不死を連想させる薬という意味もあったのではないか」どんどん興味が膨らみ、研究に費やしたお金は9億円以上。「銀行からは、『エスカルゴから手を引いたら融資してもいい』と言われるぐらいですよ」と苦笑いを浮かべていました。
最近では、食品会社と組んでの輸出や、観光の目玉として地元ホテルとのタイアップにも取り組んでいます。
長崎平和祈念像の作者、北村西望さんがよんだ句を思い出しながら、エスカルゴ牧場を後にしました。
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