連載
#54 平成家族
「一緒に食べる、エネルギーの交換」孤食の時代に支持される「共食」
「おいしいね」「うん」。こんな簡単な会話で気持ちを共有できる。理由なくそこに居場所ができる。単身者の増加や食サービスの多様化で「孤食」が広がる平成時代に、なお支持される「共食」の意味とは。(朝日新聞記者・山内深紗子)
ブリの蜂蜜ショウガ焼き、豚のレンジ蒸し、コールスロー、カボチャサラダ、たきたてご飯にみそ汁……。
10月末の平日午後7時。東京都世田谷区の主婦加賀谷律子さん(58)は8品を食卓に並べ、自宅に主婦や会社員の4人の参加者を迎えた。
「丁寧で野菜たくさん。すごいですね」と会社員の女性(44)が歓声を上げた。全員が初対面。だが、すぐに打ち解け、台所に入って、みそ汁とごはんを各自よそって食卓を囲んだ。料理のコツから婚活話まで。おしゃべりは尽きなかった。
デザートの柿と手製のケーキを食べ終わった午後9時過ぎ、みんなで皿洗いをして、解散。「ごちそうさま。本当に楽しかった。ご縁があればまた」と家路についた。
この場は、「料理をつくる人」と「食べる人」をマッチングさせるサイトでつながった。
運営するのは「キッチハイク」(台東区)。共同代表の山本雅也さん(33)と藤崎祥見さん(37)が「栄養を取るためだけでなく、食でコミュニティーを作りたい」と2013年に始めた。
料理する人が日時やレンタルキッチンなどの開催場所を決める。キッチハイクが、2、3品の献立をサイトにアップ。参加者を募り、当日食卓を囲む。首都圏を中心に月約100件が成立。月のべ600人が参加している。
国内外で、一般家庭でごはんを食べられるところを探すサービスを展開していた。当初は海外旅行先のニーズが多いと想定していたが、参加者の多くが近所で日常のごはんを楽しんでいることに気づいた。
そこで16年から海外から国内にサービスを移した。翌年から、日常の地域のごはん会を意識したサービスを始めた。
作り手の負担を軽くするために大手食材宅配会社と提携。献立や食材を届けるようになった。参加費は約1500円。「職業も知らない人と色々話すバーのような距離感は心地よい。そんな垣根の低い方法で作り手と食べ手を緩やかにつなげたい」と山本さんは話す。
加賀谷さんは5人家族。3人の子どもは手が離れた。「料理を作ることと、喜んで食べる人の顔を見るのが生きがい」だという。
2年前、就職して海外赴任した息子のところに遊びに行った時のこと。植物園で日本人留学生と話をした。「私、料理が苦手で外食ばかり。でもおうちご飯が食べたいな」という。「うちにおいで」と言いかけて、「差し出がましいかな」とのみこんだ。
帰国後、ずっとその時のことが気に掛かっていた。「必要な人に食事を作ってあげられたら」と、家事代行マッチングサイトに登録。忙しい単身や共働きの世帯の食事作りを始めた。「一緒に食卓を囲むのもいいな」と思うようになっていた今年6月、友人を通してこの仕組みを知り、「私にぴったり」とこれまでに5回参加してきた。
自己紹介にこう書いた。「実家に帰ったようにほっとできる場所になれれば」
集う人は20~60代の男女。職業も様々。孤食に飽きたという会社員、料理を作るのに疲れたという主婦など、さまざまだ。「食を通すと不思議と初対面でもみんなくつろいで会話できる。普段の生活では会えない人の話が聞けるのも楽しいです」。
参加した会社員女性は、母親と2人暮らし。友人の勧めで昨秋登録。近所の企画だったので参加した。「初対面でも打ち解けられた。なぜか我が家のようにくつろげた。福祉だと身構えてしまうので、割り切った商業ベースの方が楽。もしも将来ひとりになったら活用する」と話していた。
利用者200人への調査では、38%が30代で最多、40代26%、20代25%だった。リピーターの声を分析すると「コミュニケーションの機会が増える」24%、「みんなで食べると楽しい」19%、「初対面でも気軽に話せる」16%など(複数回答)が挙がった。
15年前から「共食」を実践してきたコレクティブハウス「かんかん森」(東京都)はゆるやかな変化の時を迎えている。
冷え込んだ11月中旬3連休の初日。5歳から80歳まで20人がポトフと焼き芋をほおばっていた。
世代も家族形態も様々な1歳から81歳まで38人が住む。スウェーデン発祥で一部に共同生活を採り入れた住まい方を、03年に日本で先駆けて採り入れた。
ワンルームや2DK29室があり、住民が共同利用できる台所、食卓、居間を備えている。多様な住まいを提供し、子育て中の共働きを助け、高齢者や単身者の孤立を防いできた。
開設当初から重視してきたのがみんなで食事をする「コモンミール」。
当番制で大人は月1回。3、4人で献立を考え、買い出しをして料理をつくる。
大人400~500円。子ども100円の負担で、参加したい人は事前に予約する。食事の時間に間に合わない人は取り置きもしてくれる。
以前は週3回程度夜ごはんを共にしていたが、ここ数年は週1、2回に減った。共稼ぎや現役世帯が増え、調整が難しくなった。手作りだけでなく、総菜や冷凍食品を活用したいという声もあがるようになった。調理当番の調整などを担当する浦恵美子さん(60)は「柔軟に対応していく必要がある。でも、食を共にしたいという思いは住人全員変わらない」と話す。
この日当番だった建築士の女性(55)は、夫と死別後に入居した。毎日一緒に食事をしていた相手がいないと、さみしさが体に浸食してくるようだった。「一緒に食べることで、エネルギーを交換していたんだ」と気づいたという。
だがここで共食を重ねると、友人と外食するのとは異なる安心感を得られるようになった。自分のための居場所があり、ただそこに自然といる。話さなくてもいい。「家族のだんらんに似てます」
そして、こんなことが時々起きるようになった。
ある日仕事で遅く帰宅したら自室のドアに「おつかれ! 温かいスープあります。帰宅したら寄ってください」とメモが貼ってあった。お総菜やみそ汁の差し入れも。
「食を通して気持ちを渡し合うことが自然にできる。気づくと、温かいものにくるまれている感覚が戻りました」
1/14枚