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感動

アライグマ、安易に飼い「流血の日々」 次第に見せた「野生の顔」

ひもつきの首輪を装着させられた「ぺー太」=さとうさん提供
ひもつきの首輪を装着させられた「ぺー太」=さとうさん提供

目次

 10月17日夜、東京都港区の赤坂の繁華街にアライグマが現れ、警察も出動する大騒動になりました。でも、アニメ「あらいぐまラスカル」(1977年放映開始)は、少年との心温まる交流が人々の心を捉え、愛らしいイメージだったはず……。かつて自宅でアライグマを飼育し、流血を繰り返した壮絶な日々を経験。甘い考えで野生動物を飼ったことへの後悔から、本も出した児童文学作家のさとうまきこさん(70)の思い出を聞きました。

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8年10カ月間共に暮らしたペー太

 さとうさんの自宅の居間のテーブルの隅には、小さい穴がたくさん空いていました。

 「それ、ペー太がかんだ跡ですよ」

 「ぺー太」はさとうさんが1989年、生後2カ月の時にペットショップで購入した、北米から輸入されたアライグマです。8年10カ月間共に暮らし、最期をみとりました。

北米から輸入された、生後2カ月の「ぺー太」がさとうさん宅に初めて来た日=さとうまきこさん提供
北米から輸入された、生後2カ月の「ぺー太」がさとうさん宅に初めて来た日=さとうまきこさん提供

「かわいい!」「ラスカルだ!」

 アライグマが容器のポンプを押して液体石けんを出し、器用に手を洗う——。テレビで当時よく流れていたCMを見て、さとうさんと次男(当時9)は、「かわいい!」「ラスカルだ!」と夢中に。町でアライグマを乗せて走っている車にも出合い、飼いたい気持ちがふくらみました。

 アニメのヒットで、アライグマは北米から大量に輸入され、個人で飼育していた人もいた時代でした。そのアニメは、米国の作家が幼い頃にアライグマと交流した体験をもとに書いた本が原作です。ラスカルは少年のベッドで一緒に寝たりもする、大切な友達として描かれていました。

 実は、それだけではなく、ラスカルは成長して畑を荒らすようになります。少年はやむなくラスカルをおりに入れ、最後は、本来の居場所である森に返すのですが、さとうさんの頭の中から、その部分はすっぽりと抜け落ちていました。

猫用ミルクを飲む、赤ちゃんだった頃の「ぺー太」。ペットショップに育て方を聞いても、ほとんど具体的なアドバイスはしてくれなかったという=さとうさん提供
猫用ミルクを飲む、赤ちゃんだった頃の「ぺー太」。ペットショップに育て方を聞いても、ほとんど具体的なアドバイスはしてくれなかったという=さとうさん提供

するどい爪で流血、泣く泣くおりに

 ペットショップの店員から「猫ちゃんみたいなものです」と説明を受け、15万円で購入。「ぺー太」と名付け、次男は大喜びでした。「ハクビシンなど、人と違うペットを求める人が増えた時代。私も、珍しい動物を飼っていることに喜びを感じていました」

 哺乳瓶に両手を添えて猫用ミルクを飲み、タバコの煙をつかもうとする。愛らしい姿を見せていたペー太は、次第に野生の顔を見せるようになりました。

 生後4カ月になると、戸棚や扉を開け、中身を出してしまうように。公園で木登りをさせようとして車に乗せた時は、甲高い鳴き声を出して暴れ回りました。

 「子育てと同じように根気よく繰り返し教えれば、きっとしつけられる」と思っていましたが、抱っこすれば暴れ、頭をなでようとすればうなられます。思い切りかまれるので、するどい爪が突き刺さり流血することもたびたび。6カ月を過ぎると、おりに入れざるをえなくなりました。獣医のすすめで、去勢とキバを切る手術もしました。

おりに入れることを決意したさとうさんは、強い後悔と敗北感を感じたという。最初は猫用のものを購入した=さとうさん提供
おりに入れることを決意したさとうさんは、強い後悔と敗北感を感じたという。最初は猫用のものを購入した=さとうさん提供

きれいごとでは語れない生活

 さとうさんは、自分たち人間のせいで遠い日本に移され、自由に動くこともできず、手術までされてしまったぺー太への罪悪感にさいなまれました。そして、甘い考えで野生動物を飼ったことへの後悔にも襲われたといいます。

 ただ、コミュニケーションができないぺー太への思いは、きれいごとでは語れないものでした。さとうさんの著書「ぜったいに飼ってはいけないアライグマ」(1999年、理論社)に、こうつづられています。

 「朝、二階から降りてくると、リビングのドアの前で、思わず足が止まる。ああ、このドアをあけるとペー太がいるんだ、またウンチの始末かと思うと、ため息が出る」

 おり越しにしかスキンシップができず、「おいで」と呼んでも応えてはくれない存在。「情」を感じられず、「どう接していいか分からない状態でした」と振り返ります。

 それでも、手放すことは考えられませんでした。1週間に1度ほどはお菓子で誘い、抱いてお風呂に入れ続けていました。

 夜中になるとゲージから外に出たくて暴れるぺー太の背中を、指でかいてグルーミングしてやったりもしました。

さとうまきこ「ぜったいに飼ってはいけないアライグマ 」(理論社)

「いつのまにか、家族の一員になっていた」

 当時、飼い主に捨てられたと思われるアライグマが、市街地で群れているというニュースが報道されていました。

 さとうさんは気になって、ペー太を買ったペットショップの店長に「飼いきれないから引き取って欲しいというお客さんはいる?」と尋ねてみました。

 店長は「います。移動動物園とかにドッグフードとかつけて押しつけるというか、引き取ってもらうというか……」と答えたそうです。

 ペー太は晩年、腎臓の病気になりました。運動できない環境と、食べ物が原因だったようです。さとうさんは自分でも意外なほどに、ショックを受けたそうです。

 「何歳まで生きるのかと思ってしまった時もあったけれど、いつのまにか、ペー太は私たち家族の一員になっていた。そう気付いたんです」

腎臓の病気を患った「ぺー太」。性質ががらりと変わったという=さとうさん提供
腎臓の病気を患った「ぺー太」。性質ががらりと変わったという=さとうさん提供

「ぺー太は何にも悪くない」

 病気後はびっくりするほど穏やかな性質に変わり、最期の1年ほどはケージから出し、自由に過ごさせることができました。

 ある朝、息を引き取ったペー太の顔を見て、さとうさんは「おりの中で飼ってごめんね」と、話しかけたそうです。

 「ぺー太は何にも悪くない。野生動物がどういうものかを調べもせずに飼った自分への怒りと、安易に売りつけた店への怒りがあります」

 阪神大震災(1995年)の際、地震が起きたらペー太を連れて逃げられるかと考えてみたら、「他の人を傷つけないためには、飼い主の私たちがペー太の命を絶つしかないかもしれない」と、泣けてきたそうです。

 「いざという時に連れていけないような動物を決してペットにすべきではない。そう、大きな声で伝えたいです」

家に来たばかりの、赤ちゃん時代の「ぺー太」。家族みんなの人気者だった=さとうさん提供
家に来たばかりの、赤ちゃん時代の「ぺー太」。家族みんなの人気者だった=さとうさん提供

「保護団体につながれる余地を」

 人間が捨てたり飼育施設から逃げたりして、アライグマは各地で農作物を荒らす被害をもたらし、2005年には「特定外来生物」に。個人による飼育は原則として禁じられました。そしていま、都会でも増えています。

 先日は東京・港区の赤坂に現れたアライグマが捕獲されました。業者に引き取られ、安楽死させられるそうです。

 「害獣」として扱われるアライグマ。捕獲のニュースを見るたび、さとうさんは「またぺーちゃんが殺される」と複雑な気持ちになると語ります。

 「被害が起きているし、数が非常に増えている。仕方ないと思う一方、犬や猫のように保護団体につながれる余地を、アライグマに残してやれないかとも思うのです」

「ぺー太」は病気で性質が変わり、家族とふれあえるようになった。「絶対に野生動物を飼ってはいけない」と、さとうさんは語気を強める=さとうさん提供
「ぺー太」は病気で性質が変わり、家族とふれあえるようになった。「絶対に野生動物を飼ってはいけない」と、さとうさんは語気を強める=さとうさん提供

取材を終えて

 さとうさんに取材をしたのは、10月17日の夜に東京・赤坂の繁華街でアライグマが見つかり、捕獲されたニュースがきっかけでした。各地で繁殖し様々な被害が出ていると記事で読んだ記憶はありましたが、都心にも住んでいるのかと、驚きました。

 過去の記事や環境省などの資料には、テレビアニメの影響で1970年代以降、北米からペットとして大量に輸入されたものの、捨てられたり逃げ出したりして野生化した、とありました。「捨てられた」という言葉が気になりました。

 環境省の「アライグマ防除の手引き」には、捨てられる理由のひとつとして、成長すると粗暴になる個体が多く、飼育に困難を伴うということが挙げられていました。

 そんな時にさとうさんの本を知り、アライグマを飼うということはどんなことなのか尋ねたくて、取材を申し込みました。

 アマゾンのレビューには最後までみとったことへの評価や、ペットショップへの批判の声がある一方、知識なく飼ったさとうさんへの批判も多く書き込まれています。

 それでもさとうさんは、自分が「ペー太」にしてしまったこと、そして複雑な自分の気持ちの動きを、取材で改めて率直に語って下さいました。だからこそ、「野生動物を飼ってはいけない」というメッセージが、強く響いてくるように思いました。

 今も「珍しい動物」に心引かれる人は少なくありません。アライグマに対して私たち人間がしたことを二度と繰り返してはいけない。そんな思いを、さとうさんのお話から感じました。

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