お金と仕事
結婚に踏ん切れない男子たち…じゃあ、子育て家庭に密着してみたら?
「家族留学」って知っていますか? 子育て中の家庭を学生ら若者が1日訪問して、夫妻のリアルな姿を体感してもらう取り組みです。念願だったテレビ局への就職が決まった途端、恋人にふられた男性。自分の夢のため彼女に別れを告げた新社会人。もやもやを抱える若者たちが、子育て中の夫婦に密着しました。そこで見つけた「答え」とは?
《「このままじゃ結婚できない」と言って彼女は去った》
慶応義塾大学を今秋卒業したAさん(24)は今年4月、1年以上付き合った彼女から「このままじゃ結婚できないじゃん」と言って別れを切り出されました。その数カ月前にAさんのテレビ局への入社が内定。一足先に働き始めた彼女も忙しい部署への配属が決まった矢先のことでした。
「僕の内定と彼女の配属先が決まったことで、いっきに先が見えたんですよね。僕は説得しようと粘ったけど、彼女は『無理して付き合って、結局別れたらお互い不幸になる』と譲りませんでした」とAさん。この出来事をきっかけに、仕事と家庭の両立の問題が“自分事化”したと言います。
母親が専業主婦の家庭で育ったAさんはもともと、とくに深く考えることもなく「結婚相手には家庭に入ってほしい」と思っていました。
でも今は、「(未来の)奥さんにもやりたい仕事をしてほしいし、育児のためにそれを犠牲にしてほしくない」と望んでいます。考え方が変わったのは、アメリカ留学やサークル活動を通して、行動力のある魅力的な女性をたくさん見てきたからかもしれない、とAさんは振り返ります。
「別れた彼女は芯がしっかりした人で、僕もエンパワーされた。将来のパートナーは、対等に向き合って刺激し合える人がいい」
バリバリ働きたいし、パートナーにもそうあってほしい。さらに、子育ても積極的に担いたいと願うAさん。しかし、テレビ局員という時間が不規則で忙しい仕事をしながら、希望のすべてをかなえることなんてできるのだろうか。そこで、共働きのイメージをつかみたい、と家族留学に参加しました。
家族留学は、株式会社manmaが学生や若手社会人向けに行っている事業で、働く子育て家庭を1日訪問して、仕事と育児を両立している夫妻のリアルな姿を体感し、自分の生き方のヒントにしてもらうのが狙いです。
Aさんは今年9月、3歳から7歳までの子ども3人がいる家庭を訪問しました。夫妻の職業は、いずれも裁判所の書記官。保育園の送迎ができるよう勤務時間を変えたり、夫も育休を取得したりしたことを聞いて、Aさんは「育児中の職員にここまで配慮してくれるのは驚きだった。社会って結構あったかいんやなって思いました」。
3人の子育ての大変さも肌身で感じました。遊びに行った公園では、思い思いに動きまわる子どもたちを、親2人で常に目を離さずに遊ばせるのは至難の業。夫妻は近所の子連れ家庭の親と協力して遊び場ごとに大人を配置し、他の家の子もまとめて面倒を見る工夫をしていました。
一方、家の壁一面に貼られた写真や手紙からは、夫妻の子どもへの愛情が伝わってきたといいます。「お父さんに『大変じゃないですか?』と聞いたら、『子どもたちがいるから頑張れる』と。僕も、やっぱり育児も仕事も捨てたくないと改めて思いました」
でも、まだ明確な答えが出たわけではありません。「テレビ局員のような、すごく変則的な働き方をする人が家庭との両立をどうしているのかを一番知りたかった。結局、働いてみないと分からないというのが現時点での結論。模索は続くと思います」
《自分の父親みたいにはならないと決めていた》
「理想の家族の姿って、自分が育った家庭環境の影響を受けると思うんです。僕は父親の影響が大きい。反面教師という意味で」
慶大法学部3年のBさん(21)は、ワーカホリックな会社員の父親と、家事をしながらパートで働く母親のもとで育ちました。父に遊んでもらった記憶はなく、進路の相談をしたこともありません。
「母親のことは信頼しているし感謝しかないけど、父親は正直いってそこまで好きじゃないです。でもそれって、お互いに寂しいじゃないですか」
そう話すBさんの表情からは、本当は父親ともっといい関係を築きたいという思いが感じられました。
だからこそ、いずれ自分が父親になったら子どもとしっかり向き合いたい。Bさんはいつしか、そう考えるようになりました。
同時に、報道記者になることも中学生の頃からの夢でした。しかし、事件が起きれば昼夜問わず取材で駆け回りながら、育児も積極的に担うことなんてできるのだろうか。就職活動が本格化する時期が間近に迫るなか、Bさんは夫妻ともに報道の仕事に就いている家庭を訪ねました。
Bさんが“留学”したのは、報道カメラマンの夫と報道記者の妻、年長と小学生の2人兄弟の家庭。そこでBさんが最も驚いたのは、カメラマンである夫と子どもたちの関係でした。
Bさんが子どもたちと野球ゲームをした時、次男はヒットを打つたびに「打ったよ!」と逐一、お父さんに実況報告。みんなでピザ作りをすると、長男が自分で作ったピザを「お父さん、食べて」と求めるなど、子どもたちとお父さんの距離がとても近いと感じました。
「普段忙しいはずなのに、こんなにお父さんになついているのはなんで?! って思いました」
夫妻に話を聞くと、カメラマンの夫は「週2日は休みが確保されているから、休日に子どもとしっかり関わる時間がある。家事も積極的にやるようにしている」と話しました。
電通やNHKでの過労死のニュースがきっかけとなり、働き方改革が進んだことも背景にあるようです。Bさんは、「仕事と家庭のどちらかは諦めなきゃいけないのかなと思っていたけど、大丈夫だと思えた。報道職同士で結婚した一つの幸せな家庭がそこにあるってことを知れたのは、大きな意味がありました」と感想を話しました。
ただ、出産後に内勤職に異動した妻は、「記者として現場の取材をしていたかった」とも話していました。
「僕も同業の人と結婚する可能性が高そうなので、結婚や出産を機に相手が何かを諦めなきゃいけないっていうのは避けたい」とBさん。
「まずは全力で仕事を頑張る。でも家庭をもったときに子どもと過ごす時間をしっかり確保できる環境は、どんな職業の人にも開かれているべきだと今は思います。僕も社会に出たら、その方向に変えていく力になりたい」
《このままいくと結婚、怖くて逃げた》
「結婚したら人生が終わっちゃう気がしたんです」と話すのは、東京大学出身で社会人1年目のCさん(23)です。大学卒業してまもなく、互いの家族も紹介していた恋人に自ら別れを告げました。
「彼女のことはめちゃくちゃ好きでした。でも、このままいくと結婚するんだろうなと思って、それが怖くて逃げちゃったんですよね」
Cさんが人材大手の会社に新卒で入社したのは、「組織の意思決定やプロジェクトのまわし方を学ぶため」。その先に、かなえたい夢があります。
「パイロットになって、いずれは航空業界を変えるような起業がしたい。でも結婚したら、家族を養うために会社の中で出世して給料を上げるほうを選ばざるを得なくなる。挑戦できなくなると思っていました」
自分が結婚する像が見えなくなってしまったCさん。「みんなはどういう決定打で結婚に至るのか知りたい」という思いで、家族留学に参加しました。
訪ねたのは、3歳と小学生の2人兄弟と両親の4人家族。妻は会社員から大学の医学部に入り直して医師になり、会社員だった夫が専業主夫になって家事を主に担っている家庭でした。
Cさんには、二つの発見がありました。一つは、「結婚って、よしやるぞ!って、決めてするもんでもないんだな」ということ。夫妻に結婚のタイミングを尋ねると、「ずっと一緒にいたし、なんとなく」という答えが返ってきたそうです。「それほど結婚を重荷に捉えなくてもいいのかな、と思いました」
もう一つは、結婚で広がる世界もあるということ。訪問中に、長男の同級生の一家と共にキャンプに出かけました。
「2家族でのキャンプがめちゃくちゃ楽しくて。子どもが同級生ってだけで、他人同士がこんなに密な関係になるのが新鮮でした」とCさん。家族留学に行く前は、結婚は必ずしもしなくてもいいと思っていましたが、「それは消えました。したいです」ときっぱり言いました。
Cさんは、結婚そのものへの考えも深まりました。
「女性がやりたい仕事をして、男性が家事をするというのも一つの正解。折り合いをつけている家族の姿に、いいなと思いました。将来は自分が仕事をして相手が家事をする姿をイメージしていたけど、はじめからその姿を目指すのはナンセンス。2人で自分たちの正解を見つけないといけないんですよね」と、晴れ晴れした表情で話しました。
約10年前、就活生だった頃の私は、育児との両立なんて頭の片隅にもありませんでした。でも2年前に出産して、仕事一辺倒だった生活は一変。仕事と育児のバランスをどうとるか、子どもを育てながらどんなキャリアを歩むか、自分はどんな人生を生きたいのか。考えなきゃいけないことが急に増えた感覚がありました。
家族留学する若者たちには「今からそんなに悩まなくても……」と思う反面、彼らのように、自分の人生を主体的に生きようとする意思が私には足りなかったかもしれないという反省もあります。
この取材は、これまで400人以上の家族留学を仲介してきたmanma社長の新居日南恵さんから、「価値観ががらりと変わる男子学生が結構いるんですよ」と聞いたのがきっかけでした。主に女性に向けられてきた両立の問題を、自分事として捉える青年たちがいることを、多くの人に(とくに大人に)知ってほしいと思います。
専業主夫と医師の妻の家庭を訪ねたCさんは、「いいなと思ったけど、自分を重ねることはなかった」と話しました。でも、自分にとっての理想の家族に出会えなくても、いろんな答えがあると知ることに家族留学の意義があると思います。
壁にぶつかっても、選択肢はたくさんあると思えれば、前向きになれる。だから若い人には、一つの正解だけを求めずにいろんな家庭をのぞきに行ってほしいし、いろんな選択肢のある社会を一緒につくっていきたいです。
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