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一騎打ちの総裁選、現職首相の高い壁に挑む石破氏 一番の頼りは……
7日告示の自民党総裁選への立候補を表明した石破茂・元幹事長(61)。独特の風貌や語り口、鉄道をはじめとしたオタク趣味で知名度は群を抜くが、党内には強い反発が。というのも、現職の首相に挑戦者が立ち向かう一騎打ちは、実はこれが初めてなのだ。首相のイスを本気で狙いにきた石破氏。隠れた「援軍」は実は身近にいるようで――。(朝日新聞政治部記者・岩尾真宏)
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— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) 2018年8月23日
防衛庁長官や防衛相を務め、議員会館の自室はさながらミニ軍事図書館のごとく、ミリタリー関係の書籍やプラモデルが並ぶ。「国防族」の代表格だが、本人いわく、「本業は農林水産屋さん」。講演で「石破の地元の鳥取では、きっと戦車が砂丘を走っているに違いないとお思いでしょうが」との冗談が定番のフレーズだ。ライフワークは「地方創生」。「地方には伸びしろがある」と期待を込める。
「鉄ちゃん」で、旅情あふれる寝台列車がお気に入りの「乗り鉄」派。キャンディーズをはじめとする70年代アイドルにも一家言持ち、気分転換は「70年代アイドル歌謡を歌いまくること」――といった石破氏のオタクネタは、もう意外と知られた話かも。ネコにやたらと好かれるとの「都市伝説」もあり、テレビ番組の企画でネコカフェに行ったが、実は「イヌ」派だ。
政治家になる前、渡辺美智雄元副総理の講演で聴いた「政治家は勇気と真心をもって真実を語る」を信条にしている。慶大2年生の時、全日本学生法律討論会で第1位に輝くなど、論理的思考を好む。自らを抱きしめるような独特の腕組み姿で、気むずかしい表情も見せるが、ドラゴンボールの「魔人ブウ」に扮したコスプレ姿は、ネットで大きな話題を呼んだ。
「正しさ」へのこだわりから、安倍政権に批判的な発言を控えがちな自民党内では直言ぶりがきわ立つ。立候補表明の会見で、キャッチフレーズを「正直、公正」とうたったことに、首相側が「後ろから鉄砲を撃つ気か」と強く反発した。一度、自民党を離党した経験から、党内に一定の拒否反応も残る。
そんな石破氏が一番頼りにする相手、それは佳子夫人(62)だ。「ドライブデートの前の晩、彼女の好きな歌が海を走っている時に流れるように、時間を計算しながらテープ編集をした」との「らしい」エピソードもあるほど。いまも変わらぬ愛妻家ぶりを公言する。
慶大の同級生。図書館から出てきた佳子氏を見た石破氏は「こんなにかわいい人が世の中にいるのか」と心を奪われたという。石破氏が刑法の試験問題を予想する「山かけ講座」を開き、佳子氏が参加したことで距離を縮めた。
卒業式当日の謝恩会で告白するも見事に振られ、その後は疎遠に。石破氏の父(鳥取県知事や自治相を務めた故・二朗氏)が死去した際、佳子氏が弔電を送ったことをきっかけに交際が復活し、思いが結実した。
「妻に電話をして何が悪い」と、飲み会の場でもたびたび妻に電話し、「今から帰るから」と連絡も欠かさない。佳子氏を映画「連合艦隊」の上映に誘ったのに、感極まって自分だけ人目もはばからず号泣したこともあるという。
政府は昨年3月、安倍首相の妻・昭恵氏について「私人」とする答弁書を閣議決定した。昭恵氏が2015年に学校法人「森友学園」が運営する幼稚園で「首相夫人」として講演したり、小学校の名誉校長に就いたりしたことが発覚。政府職員が5人も同行していたこともわかり、「公人か私人か」が国会審議の論点になっていた。
首相夫人とは、世界で言うファーストレディー。辞令をともなう肩書ではないが、国のトップである首相に同行し、相応の影響力をもつ。首相夫人でありながら居酒屋を経営し、芸能人を含む自身のネットワークを隠そうともしない昭恵氏の立ち振る舞いは常に注目を浴びてきた。
一方、佳子氏は普段は鳥取で暮らし、選挙中は全国を応援演説で駆け回る石破氏の代わりにマイクを握る。石破氏が総裁選への立候補を表明する前の7月、地元での講演会であいさつに立った佳子氏は「秋には大きな戦いが待っている」と宣言。石破氏より先に「宣戦布告」をし、石破氏も苦笑した。地元では石破ファンと同じくらい佳子氏ファンがいるといわれている。
ちなみに、昭恵氏の父は森永製菓の元社長。佳子氏もまた、昭和電工の元取締役と、いずれ劣らぬ「お嬢様」だ。
石破氏は8月10日の立候補表明の会見で昭恵氏を「純然たる私人とはいえない」と指摘した。首相夫人をめぐるあり方も、総裁選での隠れた重要テーマといえそうだ。
野田聖子氏が総裁選への立候補を断念し、一騎打ちの構図が固まった。現職の首相に挑戦者が立ち向かったケースはこれまで9回あるが、立候補制導入後、一騎打ちは過去に例がない。現職が敗れたのは、大平正芳氏が現職の福田赳夫氏を破った1978年の1回だけだ。強大な権力を握り、内政外交あらゆる面でアピールできる強みをもつ現職首相の壁は、それほどまでに高いのだ。
今回も自民党7派閥のうち5派閥が安倍首相支持を決定し、国会議員票では圧倒的に首相が優位に立つ。石破派(20人)という小派閥を抱える石破氏が頼みとするのは、党員・党友による地方票だ。「選挙は歩いた家の数、握った手の数しか票は出ない」と教えられた田中角栄元首相の言葉を胸に、無役となったこの2年間、全国各地を歩き回って地方議員らとの交流を深めてきたという。
だが、宴席を早めに切り上げて読書や資料を読み込む時間に充てるなど、派閥領袖らしからぬ振る舞いも。石破派幹部は「もっと政治家と会い、自らの支持拡大にむけて口説いてほしい」と注文するが、石破氏は「大事なのは、議員になるかどうかを決める選挙の手伝いだ。それは誰よりもやっている」と口をとがらせる。
側近議員と地方の支持、そして最強の援軍・妻の応援を得て、なるか「大金星」――。
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