連載
#10 金正男暗殺を追う
<金正男暗殺を追う>事件前日の警戒、最後の夜過ごした「五つ星」
2017年2月13日にマレーシアの空港で殺害された金正男(キム・ジョンナム)氏は、殺害の数日前から前夜まで、人目を避けるように行動していた。米国人との密会があったためで、周りには自分の居場所を教えず、知人の誘いも「ちょっと忙しい」「また今度」と断っていた。ただ、それだけ用心を重ねても、正男氏の行動を見抜いていた者たちがいた。正男氏を空港で待ち伏せていた暗殺グループだ。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)
マレーシア北部のリゾート・ランカウイ島で米情報機関員とされる男性と接触した正男氏は、殺害前日の2017年2月12日、首都クアラルンプール近郊の空港に戻ってきた。
正男氏は空港からホテルまで、白いワゴンで移動した。正男氏には黒いワゴンのなじみの運転手がいたが、あえて別の車を手配したらしい。
ホテルはクアラルンプールの繁華街に隣接した五つ星。シャンデリアがつるされたロビーには、コチョウランの生け花や噴水があった。ホテルの記録によると、泊まったのは1泊2万円ほどの部屋。部屋に着いたのは深夜で、その後、外出した様子はなかったという。
「ごめんなさい。急に忙しくなってしまって」(2月10日)
「また今度、中華料理でも食べに行きましょう」(2月11日)
「ごめんなさい。ちょっと今日も忙しいです」(2月12日)
この間の正男氏は、いつになくせわしかった。SNSのメッセージからも、慌ただしさが読み取れる。お茶の誘いも「また近く会いましょう」と断っていた。ランカウイ島に行ったことは、伏せていた。
夜が明けた13日朝、正男氏はホテルをチェックアウトし、空港へ向かった。自宅のあるマカオに戻る予定だった。
空港に着いたのは、午前9時前。空港の監視カメラは、グレーのジャケットを羽織った正男氏が、出発ホールに入っていく姿を写していた。
監視カメラは同時に、別の者たちも写していた。髪の長い2人の女と、東洋系の男たち。出発ホールの正男氏を取り囲むように、配置についた。
【金正男氏と送迎車】正男氏は生前、知人に「(クアラルンプールで)タクシー運転手ともめたことがある」と話していた。それ以来、クアラルンプールの空港とホテルの送迎はタクシーや電車は使わず、ほとんどは知人を通じて、決まった車と運転手を手配してもらっていた。ところが、殺害直前の数日間は、別の車を手配していた。行動を知られたくない事情があったようだ。
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