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連載

#6 金正男暗殺を追う

<金正男暗殺を追う>3週間前の深酒、逃避地マレーシアでの息抜き

金正男氏が好きだった高級ウイスキー「ロイヤルサルート」=ロイター
金正男氏が好きだった高級ウイスキー「ロイヤルサルート」=ロイター

目次

 酒に強かった金正男氏(キム・ジョンナム)氏にも、記憶をなくすほど酔いつぶれた夜があった。殺害される3週間前。お忍びで通っていた逃避地マレーシアでの出来事だ。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)

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韓国バーで泥酔

 2017年1月23日。交際女性とともにパリを訪ねていた正男氏は、自宅のあるマカオに戻る途中、マレーシアの首都クアラルンプールに立ち寄った。

 夜、インド料理店で腹ごしらえした後、仲間と韓国人街に繰り出した。バーに入り、高級ウイスキー「ロイヤルサルート」やワインを立て続けにあおった。テーブルには空のボトルが並び、勘定は20万円相当に。散会したのは翌朝2時だった。正男氏は酔いつぶれ、ホテルまで担ぎ込まれた。目が覚めた後、仲間にわびた。「ごめんなさい。昨晩は飲み過ぎてしまいました」

 ところが、翌日も様子がおかしかった。交際女性らと好物のすき焼きをつつきながら、聞こえよがしに「妻もこの味が好きなんだよ」とつぶやいた。交際女性を前に、妻の話をすることは珍しかった。けんかでもしたのか、やけ酒か。誰も深くは聞かなかった。

金正男氏が好きだったクアラルンプールの日本料理店のすき焼き=2018年6月、乗京真知撮影
金正男氏が好きだったクアラルンプールの日本料理店のすき焼き=2018年6月、乗京真知撮影

東洋系でも目立たない街

 糖尿病などを患う正男氏は最近、酒量を抑えていた。それでも飲み過ぎてしまったのは、正男氏にとってクアラルンプール訪問が、息抜きになっていたからだろう。

 北朝鮮に戻れない正男氏は、世界を放浪するように暮らしてきた。中国では北京やマカオに住んだが、いつも監視がつきまとった。欧州も旅したが、東洋系の顔立ちは人目を引いた。ひところ身を寄せたシンガポールでは、メディアに追われ、当局から鼻つまみにされた。そこで見つけたのが、シンガポールのすぐそばのクアラルンプールだった。

 赤道に近い常夏のクアラルンプールは、さまざまな人種や物が行き交う、活力みなぎる街だ。繁華街にはブランドショップが集まり、買い物には事欠かない。東洋系でも目立たず、物価も安い。食べ歩きが好きな正男氏には、うってつけの逃避地だった。

金正男氏が立ち寄ったことがあるクアラルンプールの韓国料理店=2018年6月、乗京真知撮影
金正男氏が立ち寄ったことがあるクアラルンプールの韓国料理店=2018年6月、乗京真知撮影

秘められた人脈

 さらに別の理由もあったようだ。

 地元のベテラン記者は「数年前まで正男氏が(クアラルンプールの)北朝鮮大使館に顔を出し、泊まることもあったという情報を得ている」と語った。正男氏の「後ろ盾」と言われた張成沢(チャン・ソンテク)国防副委員長のおいが大使を務めていた時代だ。正男氏が張氏一族から便宜を受けていた可能性を示している。

 また、正男氏が欧州のビザをクアラルンプールのフランス大使館で取っていたことも分かっている。正男氏はフランス語が堪能なこともあり、大使館にコネがあったらしい。近しい友人には「いつか市民権を手に入れたい」と語っていたという。

     ◇

【正男氏と北朝鮮大使館】北朝鮮大使だったのは、張成沢氏のおいの張勇哲(チャン・ヨンチョル)氏。張成沢氏が処刑された2013年12月、張勇哲氏もマレーシアから呼び戻されて処刑されたと韓国メディアが報じた。それ以降、正男氏は北朝鮮大使館に近づかなくなったという。マレーシアは張成沢氏の秘密口座があるとうわさされてきた場所の一つ。

金正男氏が殺害された時に持っていた旅券には、欧州各国に滞在できる「シェンゲン・ビザ」が。発行地はクアラルンプールとなっていた=関係者提供
金正男氏が殺害された時に持っていた旅券には、欧州各国に滞在できる「シェンゲン・ビザ」が。発行地はクアラルンプールとなっていた=関係者提供

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