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感動

高知にある「捨て猫スポット」五輪あきらめた元選手を支えた「2匹」

佐々木那奈さんとトラ
佐々木那奈さんとトラ

目次

 元日本代表だった女性を知ったきっかけは、高知県四万十市の山中の「捨て猫スポット」でした。「猫を捨ている人もいるけれど、捨てられた猫に支えられている人もいるんです」。猫を保護する活動を続ける住民が教えてくれました。名門クラブから世界大会に出場。夢だった東京五輪まであと一歩での挫折。悩んで部屋で泣いていた時、そばにいてくれたのは猫でした。

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山奥の「捨て猫スポット」

 年間約700匹の猫が殺処分されている高知県。自治体も避妊手術や猫を捨てないよう呼びかけ、数はだんだん少なくなりつつありますが、まだまだ捨て猫はあとを絶ちません。

 四万十市の山の中の県道沿いに、数年前まで、「捨て猫スポット」がありました。まわりに人家はなく、数年前までは生まれたばかりの子猫が段ボールに入れて捨てられていたそうです。

 高知県では、小動物管理センターに引き取られた子猫はその日のうちに殺処分されます。自力でえさを食べられない子猫は育てることができないためです。

保護された子猫たち=小さないのちを守る会提供
保護された子猫たち=小さないのちを守る会提供

「動物の遺棄は犯罪」

 四万十市の隣の黒潮町の矢野富久味さんは、職場までの通勤路にこの県道を通っていました。2008年からは捨てられていた猫を保護し、飼い主を見つけるボランティアもしていました。それでも猫は捨てられる一方でした。

 「どうにか捨て猫を減らせないか」と矢野さんは行政や警察にもかけあい、「動物の遺棄は犯罪」と呼びかける看板を立て、近隣住民とパトロールもおこないました。また、一軒一軒家を訪ね、猫の不妊手術の啓発をしました。その結果、今では捨て猫はほとんどいなくなりました。

 矢野さんがこれまでにその場所で保護してきた子猫は100匹近く。「捨てられた猫が、ある高校生アスリートの家に引き取られ、その子を支えていたこともあるんですよ」と矢野さんは話します。矢野さんの紹介で、高知市の元飛び込み選手、佐々木那奈さん(19)を訪ねました。

スポットに建てられた看板。今ではその場所に捨て猫はいなくなりました
スポットに建てられた看板。今ではその場所に捨て猫はいなくなりました

保護猫と飛び込み選手の出会い

 出迎えてくれたのは、2匹の猫トラとキイです。「いろんなことがあったけど、猫に癒やされてきました」と佐々木さん。

 佐々木さんと、2匹の出会いは、佐々木さんが中3だった2013年10月。ちょうど東京五輪が決まったころでした。

 「捨て猫スポット」に捨てられていた2匹を矢野さんが保護し、フェイスブックを通じて佐々木さんの母の理江さんが連絡を取りました。佐々木さんがメスの子猫を「キイ」、弟の一聡さんがオスの子猫を「トラ」と名付けました。

 そのころ、佐々木さんは中学3年。飛び込み選手として東アジア大会にも出場し、東京五輪出場も期待されていました。遠征で忙しい中でも、猫と遊ぶ時間は佐々木さんにとって癒やしでした。

佐々木那奈さんとトラとキイ
佐々木那奈さんとトラとキイ

高校から兵庫県へ、世界選手権出場

 佐々木さんは高校から高知県を離れ、兵庫県宝塚市の名門クラブに入門しました。1DKのアパートで一人暮らし。朝6時半に起きて学校へ行き、放課後は夜9時までみっちり練習。家に帰ってからは自炊や洗濯。練習は高知県のクラブよりはるかに厳しく、世界大会に出場する重圧もありました。

 支えは「東京五輪に出場する」という夢と、実家の猫。母の理江さんは毎朝、「おはよう」のメッセージと変な格好をするトラやキイの写真や動画を送ってきました。

 年に数回帰省した時には、猫と思い切り遊びました。実家のリビングで宙返りの練習をしている佐々木さんをトラはそばでじっとみていました。理江さんは矢野さんに「猫コーチです」と動画を送りました。

 数々の国際大会に出場し、高2の2015年には、日本選手権で優勝し、日本代表として世界水泳にも出場しました。2017年2月には再び、世界水泳の代表に選ばれました。

現役時代の佐々木那奈の演技=2015年7月29日、西畑志朗撮影
現役時代の佐々木那奈の演技=2015年7月29日、西畑志朗撮影

「やめたい」

 でも4月、大学に進学すると飛び込み中心だったリズムが崩れました。学部は経済学部で授業は難しく、課題も多い。高校のころのように、練習で授業を休むこともできず、練習時間は減りました。試合で入学式に参加できず、大学には友達もいませんでした。

 自分の調子は上がらなくても、後輩たちは力をつけていました。「絶対に世界水泳で結果を残そう」と練習に励み、7月の大会に臨みました。

 当日、会場は寒く、左足の甲が痛んだといいます。結果は24位で予選敗退。「あんなに練習したのにがんばったのに、結果がでなくて、なんのためにやりゆうのか」。張り詰めていた気持ちがぷつりと切れました。「やめたい」

飛び込みの練習をする佐々木那奈さん=2015年12月6日、兵庫県宝塚市
飛び込みの練習をする佐々木那奈さん=2015年12月6日、兵庫県宝塚市

支えてくれてた猫

 夏休みは高知県に帰りました。「飛び込み」の文字を見るのも嫌で、夜、悩んで部屋で泣いていると、トラがそばにいてくれました。

 10月、もう一度がんばろうと宝塚市へ帰っても、練習と授業を両立させる日々は変わらず、気持ちは落ち込んだままでした。今年5月、クラブを退会した佐々木さん。家に帰ると、トラとキイが迎えてくれました。
 
 今でも、「もし、世界水泳のあと練習に行き続けたら、まだ選手としてがんばっていたかも」と思うと言います。それでも、練習を休んでいる間、自動車免許を取り、趣味のスキーでアルバイトもしました。今は警察官を目指して勉強中です。

 「高知県に帰ってこなかったら今の仲間もおらん。飛び込みだけが人生やない。やめて後悔したことも、人生経験」

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