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是枝監督の「塩対応」が「憲法的に正しい」理由 助成金は施し?

是枝監督の対応、憲法的には……?=イラスト・大屋信徹
是枝監督の対応、憲法的には……?=イラスト・大屋信徹

目次

 「万引き家族」でカンヌ国際映画祭の最高賞を受賞した是枝裕和監督が、「公権力とは距離を保つ」と発言したことへの賛否の議論が続いています。国の助成金を受け取っていながら、「政府批判」はおかしい。祝意を断るのは理解できない。そんな意見も目立ちます。この問題、「憲法」の視点から考えてみると……。(朝日新聞社会部記者・木村司)

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江藤祥平・上智大准教授
江藤祥平・上智大准教授

「憲法というフィルターをかけると違う答えに」

 話を聞いたのは、江藤祥平・上智大准教授です。

――是枝監督のスタンスについて、最初の印象は?

「直感的にいえば、祝意はお祝いの気持ちですので、それを断るという是枝監督の対応は、礼儀としてはどうかな、という印象を持ちました。助成を受けているんだし、祝意くらい受けていいのではと思った方は、きっと多いのではないでしょうか」

「ただ、感情論は脇に置いて、憲法というフィルターをかけて、この問題を見ていくと、まったく正反対の答えにたどりつきました」

「万引き家族」の試写会で舞台あいさつをする是枝裕和監督(左)とリリー・フランキーさん=2018年6月4日、福岡市中央区のイムズホール、日吉健吾撮影
「万引き家族」の試写会で舞台あいさつをする是枝裕和監督(左)とリリー・フランキーさん=2018年6月4日、福岡市中央区のイムズホール、日吉健吾撮影 出典: 朝日新聞

2千万円の助成

――憲法学の視点からは、どう見えてくるのでしょう?

「これは、個人(映画監督)と公権力(政府)の関係性が問われている問題といえます。国家というのは、この両者がちょうどよい距離に保たれることによって成り立っているもので、この距離を適度に保つために存在しているのが、憲法です」

「たとえば、憲法21条の『表現の自由』でいうと、私たちが日ごろSNSで情報を発信することも表現の自由の一つですが、全く自由というわけではありません。ヘイトスピーチのように誰かを傷つけるといった、行き過ぎた表現は、公権力が介入して、場合によっては規制をかける必要がでてきます。こんな具合に、憲法が個人と公権力のバランスを保っているのです」

――今回の問題に当てはめるとどういうことでしょう。

「今回は、政府から是枝監督側に、文化庁の『文化芸術振興費補助金』というお金が2千万円支払われ、映画『万引き家族』という作品がつくられましたが、この助成が、個人と公権力の距離を縮めるかどうかが、ポイントになります」

『万引き家族』には、文化庁の「文化芸術振興費補助金」から2千万円支払われた ※画像はイメージです
『万引き家族』には、文化庁の「文化芸術振興費補助金」から2千万円支払われた ※画像はイメージです 出典:https://pixta.jp/

国家の「施し」か「義務」か

――是枝監督は、朝日新聞の取材に「国からの“施し”ではなく、文化発展のための税金再分配」と話しています。

「そのとおりだと思います。一般論としていえば、芸術にお金を出すことは、公権力の『義務』と言って差し支えありません。芸術にもお金が必要です。私たちが日々生きていくには、食べ物や住む場所も必要ですが、一本の映画や、一冊の本も、なくてはならないものですから」

「たとえば、中世ヨーロッパまでさかのぼると、芸術にお金を出して支援していたのはパトロンと呼ばれる貴族ら権力者たちでした。貴族の消滅した近代では、代わりに公権力が支援すべきというのは自然の流れです。ですから、助成を支払う、受け取るといった時点では、個人と公権力の距離は縮まっていません」

ルネサンス芸術のパトロン、メディチ家の人々が描き込まれたとされる「ラーマ家の東方三博士の礼拝」(1475~76年ごろ、ウフィツィ美術館蔵)=早坂元興撮影
ルネサンス芸術のパトロン、メディチ家の人々が描き込まれたとされる「ラーマ家の東方三博士の礼拝」(1475~76年ごろ、ウフィツィ美術館蔵)=早坂元興撮影 出典: 朝日新聞

大臣の祝意

――個人と公権力の関係性が変わり始めるポイントがあるんですか。

「是枝監督は、カンヌの最高賞を受賞しました。それに対して、林芳正文部科学相は、対面して祝意を伝えたい意向を示しました。この時に初めて、距離の問題が生じてきます」

「政府側には、祝意を伝えるというのをきっかけに是枝監督に近づいたことで、今後は映画の内容にまで口出ししたいという欲求にかられる恐れがあります。一方、是枝監督の側にも、いったん祝意を受ければ、そこは人間のことですから、次も助成してもらうために、映画作りで政府批判を控えようと忖度(そんたく)するといった『弱さ』が出てくるかもしれません」

「とはいえ、祝意は単なるお祝いですので、これを受けたからといって、直ちに距離が縮まることになるわけではありません。ただ、是枝監督は、距離が縮まる一歩手前のところで『公権力との距離を保つ』というラインを引きました。自らの弱さを自覚しているからこそ決断されたのかもしれません」

「あるいは、是枝監督自身には距離を保つ自信があったとしても、誰もが強くいられるわけではありません。オピニオンリーダーとしての自覚から、後進の芸術家たちが同じような場面に遭遇したときの模範を示そうとしたのかもしれません」

記者会見で話す林芳正文部科学相=2018年4月17日、東京都千代田区、土居新平撮影
記者会見で話す林芳正文部科学相=2018年4月17日、東京都千代田区、土居新平撮影 出典: 朝日新聞

「国家=単一」「芸術=多様性」

――「祝意は受けたい思いもあるが、距離を保たなければならない」。芸術家としてぎりぎりの決断、ということでしょうか。

「表現の自由も、芸術も、『多様性』がカギになります。統治しやすい『単一』を求める国家権力との距離が縮まれば、多様性はどんどん失われていきます。芸術は、反権力でなければ育たないものなのです」

――今後も、論争は続きそうですが。

「『お金をもらっているなら、祝意を受けろ』という主張が説得力をもつ社会では、『万引き家族』のように世界から称賛されるような映画が生まれなくなってしまうと思います」

「政府が表現内容にまで介入することになれば、是枝裕和監督という多様な個人が国家に回収されてしまう恐れがあります。同じように『政府批判をするなら、お金をもらうな』ということも、芸術にはお金がかかりますから、芸術を失わせることになります」

「その先には、だれもが同じような服を着て、同じようなマンガを読んで、同じような暮らしをする社会が待っているでしょう」

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