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根っこ・ネジ…その数331種類 シンボルで議員を選ぶ国、理由に納得
クーデターや政権交代の波乱が多いパキスタンの政治は、政党や候補者の「選挙シンボル」の多さにも特徴があります。力を象徴する戦車や銃に始まり、伝統の衣服や乗り物から、身近な鉛筆やネジまで、その数は計331種類。なぜこんなに多いのか。調べてみると、シンボルなしでは選挙が成り立たなくなってしまうという、特殊な事情がありました。(朝日新聞イスラマバード支局・乗京真知)
パキスタンでは7月25日に下院の総選挙がありました。首都イスラマバードの選挙管理員会で、シンボルを集めた表がないか尋ねると、職員は「何枚でもどうぞ」と一覧表を机に広げて見せてくれました。壮観な出来栄えに職員も満足げでした。
目立つのは「大砲」や「鉄砲」「ナイフ」「弓矢」など力を象徴する軍用品です。パキスタンらしい「デコトラ」(色鮮やかなデコレーションが施されたトラック)や伝統のかぶり物「ターバン」、踊りを盛り上げる「太鼓」、主食のナンを焼く「調理具」も。
気温50度近い夏場に活躍する「送風機」や、停電時に欠かせない「発電機」、地方で現役の「荷馬車」などのデザインは、土地の人たちの暮らしぶりを映し出していました。
「ロバ」や「ヤギ」など身近な動物と並んで、パキスタンでは自然界で見ることのない「ペンギン」や「シロクマ」「タランチュラ」も目を引きます。
一覧の下の方には「ヘルメット」「弁当箱」「金づち」など日用品が並びます。なぜこのマークを選んだのだろうかと妄想しながら、さらに目を下ろします。中ほどに「携帯電話の充電器」「聴診器」が登場し、さらに「鉛筆削り」「ネジ1本」を経て、最後は「根っこ」「壁」などで締めくくられていました。
ひょっとしてネタ切れでしょうか……。
これほどシンボルが重宝される背景には、パキスタンが抱える「識字率の低さ」の問題が横たわっています。パキスタンでは、今も国民の約4割が読み書きができません。投票用紙に候補者名を書くのは至難の業です。5割ほどしかない投票率が、さらに下がってしまいます。
そこで、候補者名よりもシンボルを覚えてもらうことで投票を促そう、というのが選管の発想です。投票用紙には、候補者名とともにシンボルが並んで印刷されていて、有権者はシンボルの上にスタンプを押すだけでいい仕組みです。識字率の低い隣国アフガニスタンでも、似た仕組みが採用されています。
シンボルのデザインは、ポスターの写真写りや名前の覚えやすさと並んで重要です。野党「正義運動」は、クリケットのスター選手だったイムラン・カーン党首の活躍にあやかって「クリケットのバット」を使っています。
与党「イスラム教徒連盟シャリフ派」は、絶滅後も人気の高い猛獣の「トラ」をシンボルに、人口最大州パンジャブで支持を得てきました。いずれも知名度の高いデザインです。
シンボルは取材のヒントにもなります。
投票2日前、支局で一覧表を眺めていたら、庶務係のハイダル・アリさん(38)が寄ってきました。クリケットのバットを指さして、「今回は正義運動の勢いが違う」と語りました。与党の地盤出身の運転手ラシッド・メフムードさん(37)も、この前まで与党がいいと言っていた警備員たちも、口をそろえてバットを選びました。
投票前日の夕方には、首都近郊のベッドタウンの交差点に立ちました。車やバイクが、どの党のシンボルや旗をつけているか。
100台まで数えたうち、正義運動は74台と圧倒していました。与党はわずか10台。翌日の投票で、正義運動は116議席と前回の4倍以上の議席を得て勝利し、政権交代を確実にしました。今後、「クリケットのバット」のポスターや旗が、ますます街に増えることでしょう。
ちょうど1年前、まだ勢いがあった与党の集会は「トラ」のぬいぐるみや旗でにぎやかでした。当面は下野することで「トラ」の出番が減るかもしれませんが、絶滅することなく力を蓄え、また次の機会を虎視眈々と狙っていくことでしょう。
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