「ヤリマンボウ」とは
ヤリマンボウは舵びれにある突出部が特徴
出典: 澤井悦郎さん提供
そんな「ヤリマンボウ」が、長崎・江迎川(えむかえがわ)で発見されたというのです。海水魚がなぜ、川に存在しているのでしょうか。
「マンボウかも、エイかも」
イルカのキャッチボール 佐世保・九十九島水族館海きらら=2014年8月
出典: 朝日新聞
ヤリマンボウが発見された付近
発見当時の状況[日本生物地理学会会報第72 巻 (2018)に掲載]
出典:九十九島水族館提供
川で発見されたその理由とは
発見当時の状況
出典:九十九島水族館提供
澤井さんは「過去にもヤリマンボウが河口に出現した事例は、数例報告されていた」といいます。それでも、淡水域まで遡上した例は今回が初めて。過去に考察された仮説と照らし合わせながら、ヤリマンボウが川にいた理由を推察していったそうです。
まず、「誰かが川に放った」説。誰かがヤリマンボウを海から移動させて、川に捨てたのではと考えたそうです。しかし、江迎川下流で発見される数時間前に、海寄りの場所で川を遡上していくヤリマンボウが目撃されていました。つまり、ヤリマンボウは自分で泳いで川へと向かっていったことに。これにより、「誰かが川に放った」説は否定されます。
次に、「川に入りたかった」説。澤井さんによると、ヤリマンボウと同じフグ目に属するトラフグ属の仲間(クサフグなど)には、海水魚にもかかわらず、自発的に川に入る行動が知られています。これは病原体の死滅などが目的と考えられています。それと同じ要領で、体表についた寄生虫を落とすための「淡水浴」が目的である可能性もあります。
今回も、同様の理由があったのでしょうか?「病原体についてはわからないのですが、見つかったヤリマンボウからは体表に寄生虫が確認されたため、寄生虫の除去が目的とは考えづらいです」(澤井さん)と、これも否定。他の仮説も検証してみたものの、敵から逃れた様子もなく、餌を食べようとした形跡もなかったそうです。
澤井さん
「単に『迷入』した可能性が高い」ーー。つまり、シンプルに川に迷い込んでしまったというのです。
調べてみると、ヤリマンボウが発見された付近では潮の満ち引きがあり、満潮時は十分に泳げる水位があったそうです。「潮が引いていくにつれて泳げなくなって、打ち上げられてしまったのでは」と澤井さんは分析します。
この結論に至ったとき、粟生さんは「何とも言えない気持ちになった」といいます。「迷い込む原因となったきっかけも、突き詰めようがないのです」と残念そうです。
澤井さんは「この個体は運が悪かったとしかいいようがない」と話します。「Uターンもできたはずなのですが、たまたま避けるものや障害になるものがなく、まっすぐ川に進んでしまったのだと思います」
「激レア」事例を論文に「必ず例外はある」
粟生さんは「論文にすることで、いろいろな人の目に触れ、記録として残すことができる」と話します。
「今後、もしも同じようなことが起こって、誰かが調べたときに今回の論文がヒントになれば嬉しいです。そうしたら、また別の理由が見つかるかもしれません」
「小さな論文に過ぎないかもしれませんが」という澤井さん。「何事にも必ず『例外』はあるもので、生き物にも一般的な標準からはずれてしまう個体がいます。今回のヤリマンボウはもちろん、そういった個体もいるということを知ってもらえればうれしいです。例外的な事例も論文として残し、今回のように幅広い情報収集から、謎だらけの生態解明へと繋げたい」と話します。
展示のようす
出典:九十九島水族館提供