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連載

#39 平成家族

「きちんと産めなかった」悩む女性 出産縛る「呪い」どう向き合う?

 都会や大病院を中心に、無痛分娩(ぶんべん)を選ぶ人も珍しくなくなってきました。一方で、出産には「腹を痛めてこそ愛情が湧く」など、綿々と続く価値観が根強く残っています。周囲の価値観や思いに縛られ、「きちんと産めなかった」と自分を責めてしまう女性たち。お産のトラウマにどう向き合うか探りました。

「妊娠前はひとごとだった陣痛が、妊娠すると必ず訪れるものに変わり、怖くなった」と話す女性(写真はイメージ=PIXTA)
「妊娠前はひとごとだった陣痛が、妊娠すると必ず訪れるものに変わり、怖くなった」と話す女性(写真はイメージ=PIXTA)

目次

 出産もこだわって、「産み方」を選べる平成時代です。都会や大病院を中心に、無痛分娩(ぶんべん)を選ぶ人も珍しくなくなってきました。一方、出産には「腹を痛めてこそ愛情が湧く」など、綿々と続く価値観があり、「出産格差」という言葉も。周囲の価値観や思いに縛られ、「きちんと産めなかった」と自分を責めてしまう女性もいます。出産の経験にどう向き合っていけばいいか。母親や医師たちを訪ねました。

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無痛分娩「私、ずるいのかな?」

 無痛分娩で昨年、長男を出産した千葉県柏市の女性(30)は、妊娠中、ある恐怖に悩まされていました。「陣痛がすごく怖くなったんです」

 出産した友人には「なんとかなるよ」と励まされましたが、逃れられない陣痛は考えるほどに怖くなっていきました。選んだ大病院では、無痛分娩も実施していました。

 「無痛分娩で、落ち着いて出産に臨めるならそれがいい」と、妊娠8カ月で同意書を提出しました。

 しかし医師からは「骨盤もしっかりしているし、安産型だから、あなたは(無痛でなくても)平気じゃない?」と言われ、心が揺れました。

 「私、ずるいのかな?」

 誰に責められたわけでもありませんでしたが、「みんなが普通にやっているのに痛くなかったらずるいんだろうか。ちゃんと産んでいることになるんだろうか」と、いつの間にか、「みんなが経験している痛み」から逃げている罪悪感にとらわれてしまいました。

 迷いは出産当日まで続きました。

 無痛分娩には背中からカテーテル(チューブ)を入れ、神経に近いところに薬を注入していき、痛みを和らげていく方法があります。
 
 女性は安静のため入院していた最中に破水、まもなく痛みが来ました。カテーテルを入れてもらいましたが、「とりあえず」のつもりで、麻酔を入れるかはまだ決めていませんでした。

 ただ、恐怖は拭えなかったと言います。
 
 陣痛の間隔が短くなってきたとき、よく聞く「鼻からスイカを出す痛み」を超えたと感じました。これ以上を想像すると、恐怖で興奮状態に。「もう無理」。麻酔の開始をお願いしました。途端に体が冷えるように痛みが引き、「助かった」と思ったそうです。

 女性は「無痛分娩で後悔はしていません。無痛分娩という保険があったからこそ、安心して産めたから」と話します。

 いまは長男の子育てと仕事の両立に四苦八苦の毎日。「妊娠中も、出産後もこんなに大変。どんな風に産んでも変わりは無いです」。「無痛なんてずるい?」と思っていた過去の自分の思いを否定しました。

無痛分娩を選んだ女性。「どんな形でも出産に変わりは無い」(写真はイメージ=PIXTA)
無痛分娩を選んだ女性。「どんな形でも出産に変わりは無い」(写真はイメージ=PIXTA)

続く「出産格差」、苦しむ女性

 しかし、出産の経験はその後も折に触れて話題になり、女性たちを苦しめることもあります。

 東京都中野区の専業主婦(37)は、40週で出産の予兆となる痛みが来ましたが、お産が進まず、最終的に帝王切開となりました。無事に生まれてくるなら、と思っていましたが、出産後にこの経験が「格差」を感じさせるとは想像していませんでした。

 初めてのママたちとの話題は、自然と「完母(完全母乳)?」から始まり、「どこで産んだ?」、そして「分娩自慢」になっていくと言います。「私は帝王切開だったんだ」というと、微妙な空気になります。「じゃあ、あの痛みを知らないんだね」と言われることもあるそうです。

 「つらかったよね」と互いに言い合っているママたち。その輪に女性は入れません。「分かち合っているんだろうな」と理解しているつもりですが、「『出産格差』ってすごいですよ」と話します。

「『(本陣痛前に感じる痛みである)前駆陣痛はあったよ』とつけ加えてしまいます」と女性は言います(写真はイメージ=PIXTA)
「『(本陣痛前に感じる痛みである)前駆陣痛はあったよ』とつけ加えてしまいます」と女性は言います(写真はイメージ=PIXTA)

「痛みに意味はない」

 「痛みに意味はありません」。産婦人科医の宋美玄さんは2度の自然分娩を経験し、こう断言します。「痛みを感じることで母性が強くなる、というのも根拠のない価値観の押しつけです。あえて全否定したい」

 なぜ女性は、お産の痛みにとらわれてしまうのでしょうか。

 宋さんはこう分析します。「古くから出産は避けられない苦しみでした。だから、意味づけをすることで、乗り越える必要があったのだと思います」

 「確かに陣痛の時には母性に関わるホルモンが出ます。しかし、痛みの有無とは関係なく出るものです」と宋さん。

 「痛みを否定すれば、壮絶な痛みに耐えた女性たちが報われない。それを忖度(そんたく)して『痛みに意味がある』というのは簡単です。でもそうしたら、次の世代の妊婦たちにもずっと、『呪い』が引き継がれてしまう。もう『痛みに意味はない』と言って、女性を呪いから解いてあげないといけない」

無痛分娩の実施数は国内で徐々に増えており、5%ほどになりました。4割のアメリカや6割のフランスと比べると、まだ少数派です(厚生労働省社会保障審議会資料から)
無痛分娩の実施数は国内で徐々に増えており、5%ほどになりました。4割のアメリカや6割のフランスと比べると、まだ少数派です(厚生労働省社会保障審議会資料から)

 無痛分娩のメリットとしては、痛みを和らげ、体力の消耗を軽減し、産後の回復が早いと感じる人が多いそうです。

 一方で宋さんは、無痛分娩にもさまざまなリスクがあり得ると言います。たとえば、陣痛が弱くなることによって、出産が長引くこともあります。

 未来の妊婦たちには、「無痛分娩のリスクと恩恵をきちんと知った上で、何を自分が重視するのかを決め、天秤(てんびん)にかけて、見極めてほしい」と言います。

宋美玄さん(プエルタ・デル・ソル提供)
宋美玄さん(プエルタ・デル・ソル提供)

 また、無痛分娩時に母子が死亡したり重い障害を負ったりする重篤な事案も報告されています。厚生労働省の研究班の検証によると、自然分娩と無痛分娩で事故につながるリスクに大きな違いはありませんでしたが、厚労省は「分娩施設の体制をよく理解して選んでほしい」と全国の実施施設の実績などをホームページで順次公開しています。

「自力で産めなかった」? 死を覚悟した出産の先に

 「痛み」以外にも、出産をめぐって女性を縛る価値観が根強く残っているそうです。
 
 帝王切開で男児を出産した川崎市の看護師女性は、知人に産後の気持ちの落ち込みを話そうとしたところ、その知人に「自力で産めなかったことですよね」と言われて、耳を疑いました。

 「自分では『自力で産めなかった』とは思っていませんでした。そういう考えがあるのかとショックでした」と女性。気になってネットで探すと、たくさんのブログが見つかりました。「自力で産めないなんて母親失格」と周囲から言われた人。義理の母から責められたといった書き込みもありました。

 看護師女性の出産は壮絶でした。分娩台に上がって2時間後、突然、赤ちゃんの心拍数を観察するモニターから異音が響きました。助産師が耳元で「深呼吸して!」と叫びます。手術室に運ばれ、医師らの怒声だけが聞こえました。女性を手術室に見送った夫は「妻子の死を覚悟した」と言います。

「声だけが聞こえた」という女性。うっすら覚えているのは、保育器に入れられて息子が搬送される光景でした(写真はイメージ=PIXTA)
「声だけが聞こえた」という女性。うっすら覚えているのは、保育器に入れられて息子が搬送される光景でした(写真はイメージ=PIXTA)

 女性は出産前、医師に「どんなことがあっても、子どもの命を第一にしてください」と伝えていました。万が一が起こり得ると覚悟もしていました。緊急帝王切開手術で取り出された長男は、仮死状態。近くの大学病院に搬送され、「低体温療法」を受けました。

 出産翌日から、女性は手術後の痛みをおして毎日見舞いに行き、長男の写真を撮りました。体を冷やす胴着を巻かれ、頭にたくさんの測定機器、人工呼吸器をつけた姿。小さな指は冷たくなっていました。

 すべての機器がとれて、初めて抱きしめたのは1週間後。初めて聞く我が子の声は、呼吸器を着けていたせいでしゃがれていましたが、うれしさがこみ上げました。

 生後1年半リハビリに通いました。2歳になった長男はいま、かけっこやブランコが大好きで、元気いっぱいに育っています。女性は、「医療の介入がなければ長男も私も死んでいたかもしれない」と話します。だからこそ、「自力で産めなかった」という言葉に違和感を覚えました。

 「他人から言われても傷ついたのに、身近な人に言われたらかなり傷つくと想像できます。なぜ病気だと手術をするのに、出産は『自然分娩』が崇拝されるのでしょうか?」

どんなお産も「がんばった」

 思い描いていた出産と異なったり、周りの言動で傷ついたりした女性たちは、「お産トラウマ」をどう乗り越えていけばいいのでしょうか。

 聖路加国際大学の片岡弥恵子教授(助産学)は、出産について思い描くこと自体は、「お産をきっかけに、自分と子どもの健康を考えることにもなり、育児に向かう体と心の準備になる」と推奨します。

 しかし、「こういう風に産みたい」と思っても、結果的にそうならないことは、起こり得ます。「何が悪かったのか? 私のせい?」と自分を責める人もいます。

 つらい気持ちを引きずると、育児に前向きになれなくなることもあると言います。最近では、産後間もないうちに、女性と助産師らが出産を振り返る「バースレビュー」を行う病院や助産院が増え、女性たちのつらい気持ちを早めにはき出してもらおうとしています。
 
 助産師らと出産の過程や処置などについて話し、「あなたはがんばった」と伝えることが大切だと片岡さんは話します。

病院や助産院の「バースレビュー」はさりげない会話の延長で始まることもあると言います(写真はイメージ=PIXTA)
病院や助産院の「バースレビュー」はさりげない会話の延長で始まることもあると言います(写真はイメージ=PIXTA)

 東京都中野区の助産院では、女性たちが自らの経験を振り返る「バースレビューカフェ」を開いています。主催しているのは、同じ日に同じ病院で出産したママ2人が自主的に作ったグループ「マザーズペンクラブ」です。

 医療関係者ではなく、ふつうのママたちによる茶話会のような雰囲気が人気です。4年目の今年、10回目を開催しました。

 主催者の一人で漫画家の尚桜子(なおこ)さんは、「毎回、こんなにもいろいろなお産があるんだと、驚かされます」と話します。トラウマにつながるもやもやの理由は、出産だけでなく、家族関係の変化や、職場での葛藤など人それぞれだと言います。

 振り返りではまず、妊娠初期から産後までの各段階で自分の気持ちの「ハッピー」と「ネガティブ」の割合を円グラフに描いてもらいます。その理由を書き、気持ちを整理して経験を話し合うそうです。

 つらかった中にも、うれしかったことがあったと気づき、ポジティブな経験に捉え直していくことがポイントだと言います。

 尚桜子さんは「みんなのつらさ選手権になってしまったら終わりだと思っています。あなたの経験も、私の経験も、大変だったね。みんな頑張ってすごいよね、と言い合える世の中になってほしい」と話しています。

「つらかったという気持ちだけでなく、良いこともあったと思えるように振り返ります」と尚桜子さん。どうやってトラウマを乗り切るかをテーマにした漫画「お産トラウマは怖くない!」(スマートブックス)も出して、世に広げようとしています
「つらかったという気持ちだけでなく、良いこともあったと思えるように振り返ります」と尚桜子さん。どうやってトラウマを乗り切るかをテーマにした漫画「お産トラウマは怖くない!」(スマートブックス)も出して、世に広げようとしています
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■連載「平成家族」

 この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観と古い制度の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「妊娠・出産」をテーマに、6月29日から公開しています。

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