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「ピンク街」がベンチャーの聖地に 五反田・西中島で起きていること

「夜の街」「風俗街」のイメージがあった街が今、起業家たちをひきつけています。

東急池上線五反田駅の真下に流れる目黒川。桜の名所としても知られ、花見の時期はライトアップされる
東急池上線五反田駅の真下に流れる目黒川。桜の名所としても知られ、花見の時期はライトアップされる 出典: pixta

目次

 ベンチャー企業の聖地といえばヒルズのある六本木が有名ですが「キラキラしていない」魅力で人を集めているエリアが東京と大阪にあります。東京・五反田と、大阪・西中島です。どちらも共通しているのは、もともと「夜の街」「風俗街」のイメージがあったこと。それが今、家賃の安さや交通の便だけではない、会社をこえたコミュニティの力によって、起業家たちをひきつけています。(朝日新聞記者・吉野太一郎、永野真奈)

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「夜の街」「風俗街」が転じてベンチャーの聖地に

 五反田と西中島に共通するのは、どちらも「夜の街」「風俗街」のイメージが強いエリアだったことです。

 もともと工場が集まるエリアだった五反田に変化が起きたのは2010年代。渋谷の再開発で行き場を失い、狭くても安価なオフィスを求めるベンチャー企業の受け皿となりました。

 主にベンチャー企業を対象にオフィス移転仲介などを手がける「ヒトカラメディア」によれば、渋谷が駅から徒歩10分の物件で1坪(約3.3平方メートル)あたり2万5000円が相場なのに対し、五反田なら駅から徒歩2分で1万5000円の物件があります。

 西中島は「ピンク街」のイメージもあって、例えば梅田と比べると家賃が2倍違うテナントもあるそうです。そんな家賃の安さ、交通の便の良さなど、ベンチャーのスタートアップに適した環境がそろっています。

ライバルは「共に成長する同志」

トレタのオフィスで「ホームルーム」と呼ぶ全社会議の司会をする吉田健吾COO(手前)=東京都品川区
トレタのオフィスで「ホームルーム」と呼ぶ全社会議の司会をする吉田健吾COO(手前)=東京都品川区 出典:朝日新聞デジタル:人と物「ごった煮感」を象徴 五反田

 五反田駅西口から徒歩3分のビルにある中小企業向け会計ソフトなどを開発、販売する「freee(フリー)」や、飲食店向け予約台帳の管理システムを提供する「トレタ」には、他社にも貸し出されるオープンスペースがあります。

 エンジニアや広報など、同業者が横のつながりで集まる勉強会や懇親会にも利用されています。

 同じく五反田にオフィスを構える、イラスト作成や作曲など個人の技術を売り買いするサイトを運営する「ココナラ」。

 広報をつとめる古川芙美さん(35)はウェディング業界から転職しましたが、とにかく他社へ競争意識の強かった前職に比べ、広報担当者同士が企業PRのノウハウや人脈を紹介し合う雰囲気に驚いたと言います。

 「新しい業界でもあり『共に成長する同志』という感覚が新鮮。五反田は低いビルが密集していてご近所で集まりやすいのも独特ですね」

破格の条件で支援、ただし「1年で脱藩してね」

 一方の西中島。2016年夏、就活支援を行うベンチャー「i-plug」(中野智哉・代表取締役社長(39)が「にしなかバレー」と銘打ってサイトを立ち上げました。

 「にしなか」の「にし」は「西中島」で、「なか」は淀川を挟んだお隣「中津」の地名。2017年に一般社団法人化し、現在約30社が加盟しています。

 全国にサービスを届けたい、世界にはばたきたいと思っている「にしなか」界隈の企業、というのが加盟の条件です。

「にしなかバレー」は「西中藩」というコワーキングスペースをもち、家賃年5万円という破格で、西中島発の起業を応援しています。

 ただ、1年で「脱藩」してとびたってもらうのが条件。いつまでも仲良く集まっているのだけではなくて、刺激し合って全国、世界に飛び立ってほしいという思いからだそうです。

 株式会社「ななつぼし」は、外国人観光客に日本酒を提供しやすくする飲食店向けのアプリをつくっています。代表取締役の星野翠さん(32)はITのスキルが足りないと悩んでいたときに、西中藩でフリーのエンジニアと出会い、約1年で飲食店約20店舗にモニター利用をしてもらうまでになりました。

 星野さんは「ななつぼし」を立ち上げる前、吹田市でインバウンドの事業を行っていましたが16年に失敗。オフィスをたたむことになったことがきっかけで、西中藩に入ったそうです。「あの頃と比べると、他の社長たちにすぐ相談できる環境で、資金調達や人材の確保がスムーズ」だと言います。

「西中藩」のコワーキングオフィスで星野翠さん(左から2人目)と話す中野智哉社長(同3人目)。「これどうしたらいいでしょう」と星野さんが気軽に相談していた=大阪市淀川区
「西中藩」のコワーキングオフィスで星野翠さん(左から2人目)と話す中野智哉社長(同3人目)。「これどうしたらいいでしょう」と星野さんが気軽に相談していた=大阪市淀川区

五反田住みは「地に足が着いた感じ」

 五反田にある先ほどの「freee(フリー)」は、会社から2キロ以内に住む社員に家賃補助を支給しています。

 社内で使うコミュニケーションツール「Workplace」には、「西五反田」の郵便番号から取った「141-0031の会」というグループがあります。このエリアに住む人たち約15人が、飲食店情報や飲み会の相談、近所で見かけた有名人の話題などを情報交換しています。

 昨年入社した定田充司さん(33)も、約5分の距離を通勤しています。「風俗街のイメージが強いけど、駅東側のごく一部で、家族連れでも気になりません。目黒川の桜など環境もいい。駅周辺にスーパーなど生活に必要なものがまとまっていて、安くておいしい飲食店が多いのは若い社員にはありがたいですね」と気に入っているようです。

 太陽光発電など再生可能エネルギーの事業者と利用者を仲介する「グッドフェローズ」も「通勤のストレスは会社のパフォーマンスを下げるから」と、会社から3キロ圏内の居住者に家賃補助を出しています。

 「グッドフェローズ」の代表取締役の長尾泰広さん(38)は「六本木などと比べ閑静でいい意味で落ち着いた街なので、地に足がついている感じがする」と、創業以来、五反田に住み続けています。

「freee」本社9階にあるオフィス。卓球台やバーカウンターがあり、全社員が集まる会合や他団体のイベントが開かれることも=東京都品川区
「freee」本社9階にあるオフィス。卓球台やバーカウンターがあり、全社員が集まる会合や他団体のイベントが開かれることも=東京都品川区 出典:朝日新聞デジタル:ベンチャー企業集まる「谷」 五反田

新規事業バトル、基準は「どっちがおもろいか」

 西中島は大阪市淀川区にある1~7丁目のエリアを指します。

 東京で「西中島」といってもぴんとこないかもしれませんが、東海道新幹線がとまる新大阪駅は西中島5丁目です。

 全国へのアクセスの良さから、日清食品ホールディングスのような大企業も1977年から大阪本社をおいています。

 大阪を南北に走る地下鉄御堂筋線、兵庫や京都方面にも行ける阪急電鉄の2駅があり、10坪、20坪と小さな単位で借りられるビルもたくさんあります。

新大阪駅は西中島5丁目にある(写真は東口です)
新大阪駅は西中島5丁目にある(写真は東口です) 出典: 朝日新聞

 「にしなかバレー」では、「春の陣」・「秋の陣」というベンチャーが集まるイベントを、その名の通り春と秋に開催しています。

 そのメーンイベント「東西ピッチバトル」が関西色満載。東京からベンチャー数社をよびよせて、関西のベンチャー数社とそれぞれグループに分かれてお題に沿って考えた新規事業を披露し合うのですが、その勝敗基準は「どっちがおもろいか」。

 会場の観客の投票で決まり、今のところ毎回大阪が僅差で勝っているそうです。

 形にこだわらず交流する精神は、ベンチャー企業の多様性にもつながっています。

 東京だとベンチャーといえばITだと思うのですが、「にしなかバレー」に所属するベンチャーは手縫いの抱っこひも収納カバーを販売している「ルカコ」や頭髪に悩む男性に「ハゲを魅せる」方法を提案する「カルヴォ」などさまざま。

 中野代表は「良くも悪くもなんですけど、こういう課題を解決したいという気持ちが先にあって、手段としてのITがあるのが大阪のベンチャーの特徴」と言います。

「にしなかバレー」のイベント内で行う「ゼニのタイガー」。テレビ番組「マネーの虎」をもじり、仮想ではあるが招いた起業家が新規事業に投資するか判断する。小道具として「わいろ」が飛び交うことも=2017年3月撮影、にしなかバレー提供
「にしなかバレー」のイベント内で行う「ゼニのタイガー」。テレビ番組「マネーの虎」をもじり、仮想ではあるが招いた起業家が新規事業に投資するか判断する。小道具として「わいろ」が飛び交うことも=2017年3月撮影、にしなかバレー提供

リーマンの街に「スタイリッシュな人」

 3両編成の電車が行き来する、都心ながらどこかローカル線の雰囲気が漂う東急池上線。五反田の1駅隣にある大崎広小路駅は、五反田オフィス街のど真ん中にあります。

 2018年3月、この駅の高架下に、レンタサイクルやシャワー室、コインランドリーなどを備えたサイクリストショップ「STYLE-B」が登場しました。東急電鉄の担当者によれば、主なターゲットは「ベンチャー企業に自転車で通勤するスタイリッシュな人」。

 自転車で出勤してシャワーを浴びて、帰りは飲食店に立ち寄るなど、「サラリーマンの街というイメージが強かった五反田で、若い方々も楽しめるライフスタイルを提案したい」と狙いを語ります。

 実際、五反田の人気は上昇しています。先ほどの「ヒトカラメディア」の仲介だけで、この2年間で約25社が渋谷や恵比寿などから五反田へ移ったそうです。

東急池上線五反田駅の真下に流れる目黒川。桜の名所としても知られる
東急池上線五反田駅の真下に流れる目黒川。桜の名所としても知られる 出典: 朝日新聞

「中学のバレー部の話と思われる」

 地域の盛り上がりが自慢の西中島ですが、悩みもあります。「i-plug」の中野代表は「フェイスブックとかで『西中(にしなか)バレー』と書いても、東京の人には中学のバレー部の話だと思われちゃいます。それくらいまだまだ認知度がない」と笑います。

 けれど、「大阪のいいところ、東京のいいところをひっぱってきて融合していけばいい。それが場所的に一番いいのは、どちらにも近い西中島」だと語ります。

 「起業しようとする人たちが『盛り上がっているみたいだから西中島にしようか』という流れができてきている」と手応えを感じているそうです。

【関連】朝日新聞東京版連載「ぶらりふらり@五反田」
(前編)ベンチャー企業集まる「谷」
(中編)ソニー発、ベンチャーの流れ
(後編)人と物「ごった煮感」を象徴

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