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夫婦の会話は「糸でんわ」で 病床で話せない夫、呼びかける妻の思い

言葉のやりとりが出来なくなった夫に、手作りの糸でんわで毎日呼びかける妻がいます。

新聞に掲載された山田くみ子さんの投稿
新聞に掲載された山田くみ子さんの投稿

目次

 「蝶々が飛んでるよ」「明日また来るからね」。言葉のやりとりが出来なくなった夫に、手作りの糸でんわで毎日呼びかける妻がいます。彼女が新聞に投稿した文章が、第三者のツイッターを通じて多くの人に届き、「すてきなご夫婦」「涙が止まりません」と話題になっています。半世紀以上連れ添っている夫婦の話を聞きました。

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くみ子さんが手作りした糸でんわ
くみ子さんが手作りした糸でんわ

ツイッターで拡散


 今月6日にツイッター投稿された画像。

 写っているのは朝日新聞の投稿欄「ひととき」のページで、宅配便の中に緩衝材代わりに入っていた新聞だそうです。

 投稿には、こんな内容がつづられています。

 新婚時代、月末にお金がなくて魚1匹のおかずを伝えるために糸でんわを使ったこと。

 子どもを身ごもったことを伝える時にも使ったこと。

 現在、夫は介護施設にいて歩くことも会話することも出来ないこと。

 テレビドラマに登場した糸でんわを見て思い出し、手作りして毎日語りかけるようになったこと。

 そして、こう結ばれています。

 『もしもし』と言ったら唇を動かして下さい。『明日また来るからね』と言ったらうなずいて下さい。『じゃあね』と言ったら少しでいいから手を振って下さい。でも……と、私は思った。ことばが出るようになったら、夫は最初に『おれのこと、随分子ども扱いしていたね』と笑うだろう。そうしたら、私は糸でんわの紙コップが破れるくらいの大声で、笑い返そう。

 この投稿に対して、「情景が目に浮かんで涙があふれてきました」「なんて優しくてせつないんだろう」といったコメントが寄せられ、リツイートは3万、いいねは8万を超えています。

新聞に掲載されたくみ子さんの投稿
新聞に掲載されたくみ子さんの投稿 出典: 朝日新聞

始まりは新婚時代


 この文章を書いたのは、神奈川県葉山町在住の山田くみ子さん(79)です。

 「毎朝楽しみにしているNHKの『半分、青い。』に糸でんわが登場したんです。それを見て『そうだ、また作ってみよう』と思ったんです」

 夫の節夫さん(83)と連れ添って半世紀以上。結婚のきっかけは、一緒に聴いたシューベルトの曲でした。

 「聴き終えた時に『すごくきれいな曲』と、二人とも涙を流していたんです。その時に『この人と結婚したい』と思いました」

 初めて糸でんわを作ったのは新婚時代。月末に100円玉数枚しか残っていない時でした。

 「私、やりくりが下手で、なかなか夫に言い出せなかったんです。そんな時に、小さい頃に母と糸でんわで話をしたことを思い出したんです」

 手元にあった小さい紙コップに糸を通し、つまようじを使って外れないように固定。「お金がないので今夜のおかずは魚1匹です」と伝えました。

 糸の先に見えた節夫さんの横顔。一気に表情がゆるみ、「やった、うまくいった」と、くみ子さんも笑顔になりました。

節夫さんがいる施設の職員が、くみ子さんの投稿に気づいて額装してくれたそうです
節夫さんがいる施設の職員が、くみ子さんの投稿に気づいて額装してくれたそうです

毎日バスで施設へ


 長男・次男を身ごもった時も、糸でんわを使って節夫さんに伝えました。

 「そのまま話しても聞こえる距離で、周りには誰もいないんです。それでも、糸でんわだと言いやすいんです。面と向かって言うのがはずかしいのもありますが、2人だけがつながっている感じがするんです」とくみ子さん。

 2016年、節夫さんはがんの治療で感染症になり入院。歩けなくなり、言葉を交わすこともできなくなりました。

 自宅での介護は難しく、三浦半島の南端にある城ケ島の介護付き老人ホームに入ることになりました。

 自宅から遠かったこともあり、通えるのは週に2回。朝5時半に起きて掃除や洗濯を済ませ、バスで片道1時間半かけて通いました。

 現在は自宅近くの施設に移ることができたため、毎日訪ねています。

 11時半からの食事に間に合うようにバスで施設へ。スプーンで口元に食事を運び、声をかけると、節夫さんは口を開いてくれます。会話はできなくても、くみ子さんの声は聞こえているようです。

節夫さんに糸でんわで話しかけるくみ子さん
節夫さんに糸でんわで話しかけるくみ子さん

たった一つの心配事


 朝ドラをきっかけに復活した、糸でんわのやりとり。

 通りかかった施設職員から「あらあら、ラブラブですね」と冷やかされることもあるそうです。

 「むかし一緒に行った菜の花畑で、たくさんのモンシロチョウが飛んでいたことを話したり、『ほら、今ここにも飛んでるよ』とウソをついてみたり。きっと頭の中ではっきりと景色が広がってるんだと思っています」

 返事はなくても、糸でんわで毎日話しかけるくみ子さん。その理由をこう話します。

 「私は、長男から『生きる力』を、次男から『優しさ』を、夫から『祈りの心』をもらいました。神様を信じるというのではなく、道端に咲く花に気づいて慈しみ、感謝する。そんな心です」

 生きがいなんて考えず、つらいことがあったら『明日になれば夢だったと思えるから』と自分に言い聞かせ、日々を過ごしているというくみ子さん。

 そんな彼女にも、一つだけ心配事があります。

 「夫より先に私が逝っちゃうこと。だって、私が死んだことを知らないまま生きることを考えると、とても悲しくなるんです」

 ツイッターを通じて話題になったくみ子さんの新聞投稿。イギリスにいる長男から「ネットで話題になってるって友だちから聞いたよ。すごいね」とテレビ電話がかかってきたそうです。

 「こんなドラマみたいなことってあるんですね。みなさんの感想を拝見して、行間から私の涙をくみ取っていただいた方もいたようです。ありがとうございました」

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