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連載

#22 みぢかなイスラム

見えない新月、見ようと奔走 ラマダン決める「新月観測」に密着

都庁展望室で新月を探す日本新月観測委員会
都庁展望室で新月を探す日本新月観測委員会

目次

 イスラム教を信じる人たちにとって、とても大切なラマダン(断食月)について、日本の各イスラム団体が「日本は17日に始まる」との宣言を15日夜に出しました。一度、断食入りが宣言されれば、1カ月間は日中の飲食を一切せずに、信仰を深めます。肝心の断食入りは、住んでいる土地で「新月」が見えるかどうかで決まります。重大な意味を持つ「新月観測」。15日の日没後、日本在住のイスラム教徒が作る「日本新月観測委員会」のメンバーと、新月を探しに出かけました。

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日本の断食入りは17日木曜日と宣言した手紙。メールで日本各地の教徒に送られた
日本の断食入りは17日木曜日と宣言した手紙。メールで日本各地の教徒に送られた

観測場所は都庁

 月の満ち欠けに基づくイスラム暦では、8番目の月の29日に当たるのが今年は5月15日。この日に新月を確認できれば、翌日から断食が始まり、もし新月が見えなければ、その翌日から始めることになります。月の観測や判断の仕方は団体によっても異なるそうです。

 「今日の日没は午後6時39分。東京都庁に午後6時に集合しましょう」

 15日夕方、日本新月観測委員会から連絡が入りました。同委員会は世界的な組織で、その日本支部とのこと。でも、都庁? 半信半疑で指定された都庁展望室に向かい、メンバーを待ちました。

日没迫る東京都庁
日没迫る東京都庁

 入室無料で午後11時まであいている展望室は観光客やカップルでにぎわっています。厳かなイメージだった新月観測。場所は本当にここで合っているのか? 不安が募ります。

カップルや外国人観光客でにぎわう展望室
カップルや外国人観光客でにぎわう展望室

 ほどなくして、オレンジ色のヒゲのムハマド・アブドゥル・ラフマン・シディキさん(77)が登場! 委員会の副代表です。

ヒゲの色は奥さんの好みに染めているというシディキさん
ヒゲの色は奥さんの好みに染めているというシディキさん

全国各地でも観測

 観光客の間を縫って、窓際を確保したシディキさんは、「まずはこれを書かないとね」と紙を取り出しました。

 新月観測用の秘密道具かと思いきや、手書きの模造紙に、「沖縄、広島、富山、大阪、長野…」と日本各地の地名を書き出しました。

 日本に暮らす約500人のイスラム教徒の仲間に、事前のメールやWhatsAppで観測日を知らせ、「新月が見えたか、見えなかったか報告を!」と呼びかけたそうです。

 観測地点は約20カ所にも上りました。日没時間に合わせて一斉に空を見上げ、新月を探すのです。

 どの地点にも2人以上集まることが条件で、複数で「新月を見た」と証言しなければ認められない、と徹底しています。

国内の観測拠点一覧
国内の観測拠点一覧

肉眼で新月、見えるのか…

 「午後6時半から15分間がリミットです。その間に新月を探します」とシディキさん。ふと疑問が湧きます。そもそも新月って、見えるのか。理科の教科書で、月の欠け方が最大になった何もない黒い丸を新月と覚えた気が……。

 するとシディキさんが模造紙の右上に、細い月を書いてくれました。「よく見るとね、こういうのが見えるんです。77歳の私もがんばりますよ」。肉眼で挑戦するとのこと。意気込みがすごいです。

日没後の新宿の町並み。このどこかに新月が見えるのか?
日没後の新宿の町並み。このどこかに新月が見えるのか?

 まもなく午後6時半。すると、ただならぬ気配を察した日本の若いカップルが2組、物珍しそうに「何ですか?」と寄ってきました。「ラマダンなんです」とシディキさんが説明すると、「あ、断食ですか」「イスラムですね!」と若者たちが応じます。

 思わず握手するシディキさん。「イスラムのことみんな知っているんだね~」とテンションが上がります。日本のラマダンの認知度って、こんなに上がっているんだと記者も驚きました。

観測直前、通りかかったカップルと意気投合し握手するシディキさん
観測直前、通りかかったカップルと意気投合し握手するシディキさん

都庁では断念「見ようとした努力が大事」

 歓談中のシディキさんと若者。そこで、重大なことに気がつきました。「シディキさん、あと3分で観測リミットの15分が過ぎます!」

ロスタイム5分をつけたし、夕日が沈んだ直後の明るい空に目を凝らすシディキさんたち
ロスタイム5分をつけたし、夕日が沈んだ直後の明るい空に目を凝らすシディキさんたち

 シディキさんは慌てません。カップルたちの手も借り、合流した日本人やバングラデシュ人のムスリムと、新月を探しました。が、結果、見つかりませんでした。「見えなくても、見ようと努力したということが大事なのです」とシディキさんが締めくくります。

「努力しましたが見えませんでした」と祈りを捧げ観測会を締めくくるシディキさんたち
「努力しましたが見えませんでした」と祈りを捧げ観測会を締めくくるシディキさんたち

断食はいつ始まるのか

 ここでは終われません。断食はいつ始まるのか。日本新月観測委員会の協議が開かれるという埼玉県春日部市にあるモスクに、シディキさんたちと移動しました。

夕方の礼拝時間になったため、都庁玄関前でお祈りを始める一行
夕方の礼拝時間になったため、都庁玄関前でお祈りを始める一行

 移動中にも、シディキさんの携帯電話に続々と各地の観測チームから連絡が入ります。「札幌、見えませんでした!」「広島もダメでした!」。良い報告は入りませんが、シディキさんはやはり慌てません。

到着した春日部市のモスク
到着した春日部市のモスク

 春日部市のモスクは閑静な住宅街にありました。続々とイスラム教徒が集まってきます。女性なので頭髪を布で覆い隠し、別室で待つよう言われて10分。白装束の男性が現れました。

想像通りのイスラム教徒、という風格のサリーム・ラフマーン・ハーンさん
想像通りのイスラム教徒、という風格のサリーム・ラフマーン・ハーンさん

 サリーム・ラフマーン・ハーンさん(62)。日本新月観測委員会の代表です。

 「今年も新月は日本では観測できませんでした」と話し出しましたが、がっかりした様子はありません。聞くと、委員会の発足は35年前だそうですが、これまでに一度も日本で新月を観測できたことはないそうです。

 日本で新月が見えなかった場合、日本に一番近いイスラムの国、マレーシアの権威ある新月観測委員会にいる日本担当者に尋ねるのが決まりです。でもマレーシアでも、今年は新月が見えなかったのです。

 そこで協議の結果、イスラム暦8番目月の30日にあたる「17日から断食入り」と宣言を出すことになりました。新月の観測方法が団体や国によって違うため、16日から始めるイスラム教徒もいるそうです。


新月は見えていたのか

 どうしても気になるのは、新月は見えていたのかということ。

 国立天文台(東京都三鷹市)に問い合わせると、15日の東京では、月の出は午前4時35分、月の入りは午後6時15分。なんと、日没前にすでに月は地平線に沈んでいたことになり、見える可能性はほぼ皆無。

 「そもそも、新月は太陽とほぼ一緒に昇ったり沈んだりしているので、太陽の明るさもあって見るのはかなり難しい」と天文台の広報担当。

 もちろんサリームさんも、15日は月が太陽より先に沈んでいたことをご存じでした。ではなぜ、見えない新月を見ようとしていたのか。最初から、マレーシアに問い合わせればいいじゃないか。

日本旅行中のイスラム教徒からも問い合わせがあり「17日からです」と答えるサリームさん
日本旅行中のイスラム教徒からも問い合わせがあり「17日からです」と答えるサリームさん

みんなで観測「味があるじゃないですか」

 「イスラムは自然を重んじるのです。神が新月を確認するようにとおっしゃったから、私たちは努力するのです」

 質問に答えるサリームさんはこう続けます。「今の時代、天文学やコンピューターの計算で新月が出たかどうか決めることは簡単です。でもね、味があるじゃないですか」

 「北海道から沖縄までみんなで一緒に空を見て、『見えた?』と連絡を取り合う。最近、月、見てますか? これは停電が起きても、インターネットが使えなくても、ずっとできる、変わらない方法なんですよ」

ビリヤニを囲む新月観測委員会のメンバー
ビリヤニを囲む新月観測委員会のメンバー

 笑顔で話すサリームさん。月観測の仲間たちも次々と集まり、わいわいと持ち寄ったパキスタンの炊き込みご飯「ビリヤニ」などを囲みます。大きな仕事を終えた委員会。17日の夜明けと同時に、断食の1カ月が始まります。

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