地元
「道がありません…」「え?」雪国の福井で直面した「日常のもろさ」
今年2月、福井では記録的な豪雪を記録しました。雪国のライフラインを混乱させ、雪に慣れているはずの住民たちさえも自然の猛威に翻弄されました。現地の取材で体験した、想像を超えた現実を紹介します。(朝日新聞大阪本社映像報道部・加藤諒)
2月6日午後1時半、大阪府東大阪市で取材中だった私の携帯に1本の電話が入りました。電話の相手は本社の映像報道部デスク。
「福井県坂井市の国道8号で約1000台の車が立ち往生している。すぐに向かって欲しい」という内容で、にわかに信じられない台数が事の異様さを物語っていました。
大阪市の本社に戻って社会部の記者と車に乗り込み、午後2時過ぎに現場を目指して出発しました。
現場の坂井市へ向けて北上する途中、鯖江ICからは通行規制がかかっていたため、高速道路を下り渋滞する国道8号を北へ進みました。
そこでのノロノロ運転ぶりは、撮った写真のコマを見返してもはっきりとわかります。
鯖江ICを下りたのは午後5時15分。およそ5キロ先にある福井市の境界に到着したのが、約30分後の午後5時44分。速度にして時速10キロ。ジョギングくらいのスピードです。20キロ以上先にある立ち往生現場が果てしなく遠く感じました。
早く現場に到着して様子を知りたいという気持ちから、このままノロノロ運転を続けるべきか、並行して南北に走っている県道を目指すべきか悩みました。
しかし、どの道路がどれぐらい除雪されているかという情報が無いうえに、知りもしない道を行って引き返せなくなるリスクがあります。一向に進まない車内でやきもきしながら、ひたすら国道を進みました。
坂井市の手前にある福井市に入った辺りから、それまでノロノロとでも進んでいた車が止まる時間が長くなりました。リスクを覚悟で、県道の方へ入ろうと交差点でドライバーに左折をお願いすると、返ってきた言葉は「道がありません」。
一瞬、何を言っているのか分かりませんでした。困惑している様子のドライバーの視線の先に目をやると、スマホに示されているはずの道が、雪の壁に閉ざされていました。
車が止まっている時間も最初は2~3分程度だったのが、5分以上動かない時も。雪は時折強い風を伴って車に降り積もります。もしこのまま前方の車が動かなかったら……。
こうして進むことも、戻ることもできず、にっちもさっちも行かなくなった時、「立ち往生」が発生するんだと身をもって知りました。
幸いにもその後に脇道にそれることができて事なきを得ましたが、取材で訪れた私たちが、渋滞を余計に悪化させてしまうかもしれないと感じた時の危機感と冷や汗は忘れられません。
立ち往生の恐怖を味わいながら何とか入った福井県あわら市で一夜を過ごし、翌日は地元のタクシーで国道8号の立ち往生現場に向かいました。
路肩に寄せられた運転手のいない車を横目に見ながら、タクシーは除雪された道を選んで進んでいきます。
道路脇には雪が積み重なり、歩道と車道の区別さえわかりません。時折吹く強い風が雪を吹き上げ、田畑が広がる見通しの良いはずの道は、数メートル先も見通せないほど真っ白になる時もありました。
これがホワイトアウト状態か…。この状況の中で車を走らせるのはきっと神経をすり減らすはず。
地元のタクシー運転手でさえ、「こんなに雪が降るなんて、昭和56年の豪雪以来だ」と、30年以上前に福井で起こった記録的な豪雪を引き合いに出しながら、緊張した面持ちでハンドルを握っていました。
撮影をしながら、やっとのことで国道8号の立ち往生現場の南端に到着したのは出発から約1時間後。夕刊の締め切りも迫る中、なるべく早く、この現場の様子がわかる写真を1枚送ろうと撮影場所を探しました。
片側2車線の国道8号には、車がきれいに間隔を開けながら並んでいて、車の周囲をすっぽりと雪が覆っていました。
車両と車両の間には、この車列に取り残された人々がつけたと思われる足跡があり、そこを踏みしめながら進んでいきました。
車の間を歩いていると、排ガスのにおいを吸い続けて気分が悪くなってきました。車と車の間には腰の高さほどの雪が積もり、エンジンをかけているトラックの排ガスが充満していました。
一酸化炭素は無色無臭だと分かっていても、この空気を吸い続けたら倒れてしまいそうな気さえしました。
車列の脇をガソリンの携行缶を運んでいた男性に話を聞くと、「昨日の晩からここにいるんです。ガソリンが無くなりかけていて、近くのガソリンスタンドで分けてもらったところでした」と教えてくれました。
ドライバーたちは、エンジンを止めると車内の温度が一気に下がってしまうから、エンジンをふかし続けます。排ガスは、いつ抜け出せるかもわからず狭い車内で必死に耐えている人たちの「ため息」のようでした。
どうか具合が悪くなる人が出ませんようにと、祈るような気持ちで後ろ姿を撮りました。
今回、冬に雪が降ることが決して珍しいわけでは無い福井県で、物流がストップし、スーパーなどで一部の商品が入ってこない状態が続きました。JRなどの交通手段も止まり、避難することもできませんでした。
1月下旬には関東地方の大雪で、大都市・東京が混乱してしまったことも記憶に新しいところです。我々の生活が、物流というライフラインに支えられていること、そして、いかにもろいものかということを実感しました。
気候変動の影響もあり、自然災害がいつ、どこで起こるか益々分からない時代になってきたと感じています。現場に立ったからこそ分かる被災地の実情を伝え続け、どうしたら被害を軽減できるか考えてもらうための取材を続けて行きたいと思います。
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