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福島原発に現れた「TOSHIBAドーム」 20分しかいられない撮影現場
この写真、どこだと思いますか? パッと見、どこにでもありそうなトンネルの工事現場ですが、これが、7年前に事故があった東京電力福島第一原発3号機の屋上です。中にはいまも、使用済みの核燃料が残ったまま。こんなに近づいて大丈夫なの? どんな格好で取材に行くの? 現地での取材を振り返ります。
今回、撮影にのぞんだのは、朝日新聞東京本社・映像報道部の竹花徹朗カメラマン(33)と、もう1人のカメラマン。現地では、原発担当の記者と計3人で取材にあたりました。
写真を撮ったのは、2017年12月です。まず、この写真に何が写っているのかご紹介します。
ひときわ目を引く巨大な半円形の構造物。これは燃料プールから燃料を取り出すときに、放射性物質が飛び散らないようにするための「カバー」です。
3号機は今年の秋に、「核のゴミ」とも言われる使用済み燃料の取り出しが始まる予定で、いまはそれに向けて、カバーを造っている真っ最中でした。完成後は、高さ17メートル、長さ60メートルほどのかまぼこ型の筒になります。(撮影後の2月21日に完成しました)
その下で青いネットに覆われているのは、使用済み核燃料が入った燃料プール。企業のロゴが入った4本足の機械は、燃料を取り出すためのクレーンです。燃料を中央のフックに引っかけて、6メートル下のプールから引っ張り上げます。
床には、線量を下げるための分厚い鉄板が敷き詰められています。
写真右側、カラフルな格好で見切れているのは、取材に対応してくれた東電の担当者です。工事現場用のヘルメットに粉じんをさえぎるマスク、上下がつながった水色の防護スーツを身につけています。
取材陣も、もちろん同じ格好。目元や頰の肌まで覆っていないのは、当初に比べて放射線量が下がっていることのあらわれです。
取材の起点は、福島第二原発のPR施設「エネルギー館」。ここで東電の担当者と合流し、車で福島第一原発に向かいます。
原発に持ち込めるのは、東電に機種を伝えてあった1台のカメラのみ。建屋内には所々狭いスペースがあるほか、保安上の理由もあって複数のカメラの持ち込みはできません。
建屋を取材をする前には、2段階の準備が必要です。
原発のセキュリティゲートを通った後まず、一人ひとりに用意された線量計を手渡され、長靴に履き替えます。これが「第一段階」。
再び車に乗り込んで、今度は建屋から100~200メートル離れた作業拠点へ。ここで、写真のようなフル装備になります。さらにゴム手袋と軍手を2枚重ねてはめ、靴下も3重履き。ガムテープで手首と足首を目張りし、靴もまた別のものに履き替えます。
この「第2段階」の準備が終わると、ようやく原子炉建屋へ。鉄板が敷かれた下り坂を歩き、エレベーターに乗って3号機の屋上に上がります。
現地は、一見、驚くほど普通の工事現場でした。
今回の取材は、体に影響が無いとされる放射線量の範囲で行われました。そうわかっていても、目に見えないものへの怖さは無くなりません。
一方で、作業する人たちは、顔を合わせると互いに「お疲れ様です!」と声を掛け合っています。
建屋の近くで働いている人数は限られ、淡々と時間が過ぎていくような感じがしてきます。
足元にあるのは、566体の使用済み燃料――。頭ではわかっていても、自分がそこに立っていることに、ピンと来ない不思議な状況です。
屋上に響いていたのは、機械音や作業員の喧噪ではなく、ビュウビュウという風の音だけ。隣りの2号機と4号機の建屋の奥には、青い水平線がのぞいていました。
燃料プールを覗き込むと、水面近くに見えたのは、いくつものがれき。整然とした屋上の光景とは違い、事故の痕跡が生々しく残っています。
「長い時間、プールに近づかないで」。東電の担当者から注意が飛び、1~2分で手早く撮影を済ませました。
この日、屋上にいられたのは、わずか20分ほどでした。
実際に行ってわかったのは、イメージ通りというのとイメージと違うというのと、その両面があるということ。
事前にいろんな記事を読んだり映像を見たりして、建屋の状況はなんとなく想像はついて、あまり驚きはない。でも、驚きがないというのは怖いことでもあります。
何かがまひしていくんじゃないか、そんな気持ちにもなった撮影現場でした。
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