連載
#20 みぢかなイスラム
イエメン人留学生も驚いた日本の男女格差「高い教育受けて…なぜ?」
日本における男女格差(ジェンダーギャップ)は、「世界経済フォーラム」の報告で144カ国中114位と低迷しています。そんな状況は、女性の権利が抑圧されていると言われる中東の国から、どう見えるのでしょう? イエメン出身のある女子留学生は、日本の現状に「どうしてあと少しのところができないのか、理解に苦しみます」と言います。日本の何が問題なのか。一緒に考えてみました。(朝日新聞記者・清宮涼)
話を聞いたのは、筑波大学人文社会科学研究科博士課程のアルクバチ・マリアムさん(27)です。
ーー研究テーマについて教えてください。
「テーマは、『ジェンダーと政治』です。修士論文では、日本とチュニジアにおける女性政策を比較しました。アラブ諸国とアジアを比較した先行研究はほとんどありません」
「『イスラム教徒の女性は皆抑圧されている』と思っていないでしょうか。実際にはチュニジアのほうが、国会における女性議員の割合は日本よりも高い。2015年にはチュニジアの31.3%に対し、日本は9.5%です」
ーー日本の女性をめぐる環境について来日してどう感じましたか。
「とても驚き、ショックを受けました」
「日本の女性は世界の国々の中でも高い教育を受けていて、イメージでは『何でもできる』と思えます。実際には、結婚・出産した女性が以前と同じように仕事を続けられていない」
ーー「高い教育を受けているから何でもできるはず」という見方は、恥ずかしながら考えたことのない発想でした。日本では、高学歴の女性でも、結婚や出産を機に仕事を離れているケースが今も少なくありません。
「イエメンでは大家族で一緒に住むので、母親が働いていても、祖父母らが子どもの面倒をみることができ、ベビーシッターを雇う必要もありません」
「一方で日本の家族は離れて住んでいるので、全ての責任が女性にのしかかっている」
ーーなるほど!日本で「家事は女性がやるもの」「家庭か仕事のどちらを重視するか」といった価値観がいまだに根強いと感じます。
「日本の状況を変えるには、強い政策と、人々の意識改革が必要だと思います。出産したあと、女性が同じ地位に戻れるようにすることも重要でしょう」
「そうしないと会社が契約を取れないようにするなどして、上司が問題を理解することが重要です」
「日本には女性の高い教育水準という基礎があるのだから、どうしてあと少しのところができていないのか、理解に苦しみます」
ーー「女性活躍」を掲げている安倍晋三首相の政策についても研究したそうですね。
「安倍首相のスピーチの内容を分析しました。すると、子育て支援や経済界における政策については語っていましたが、政治における女性参加についてはほとんど語っていませんでした」
「政治における女性参加より、経済的な側面に関心があるのでしょう。トップダウンで政策を決めていますが、それが機能しているでしょうか」
「自民党は保守的で他の政党よりも女性議員の割合が少なく、(候補者数や議席の一定割合を女性に割り当てる)クオータ制への反対も根強いです」
昨年10月の衆院選では、自民党が擁した女性候補は全体のわずか8%でした。前職の男性議員の立候補や世襲が多く、新たに女性候補が立つ隙間がないようです。
希望の党の小池百合子代表(当時)が応援演説で、「日本では『女性政策くらいやっておこうか』みたいな形で本腰が入っていない」と政権の姿勢を批判していたのも印象的でした。クオータ制のような思い切った政策を導入しないと、日本の現状が大きく変わるのは難しいようにも思えます。
ーーところで、ジェンダーを研究テーマに選んだきっかけは。
「イエメンでは児童結婚が多く、多くの女友達が子どものときに結婚し、教育の機会も与えられていませんでした。親の許可がなければ家の外に出られないケースもあります。そんなのはフェアではなくおかしい、と常に思ってきました」
「『女性は結婚すべきだから教育を受けられなくても問題ない。男性だって教育を受けてないことがあるのになぜ女性が?』という考え方も今も根強いのです」
※イエメンは2017年の世界経済フォーラムのジェンダーギャップで最下位の144位
ーーそれはショックです。マリアムさんの考え方には、受けてきた教育の影響もあるのでしょうか。
「親の仕事の都合でイエメンを離れ、長くナイジェリアで育ったことも私の考え方に影響しているかもしれません」
ーー今はヒジャブ(髪を覆うスカーフ)は身につけていませんね。
「イエメンでは、女性は黒い服装で体を覆わなくてはいけません。私は、個性も認めることが大事だし、もっと個人の選択であっていいと思います」
ーー来日を決めたきっかけは?
「大学時代から日本文化に興味があり、日本好きな人たちのコミュニティーにも参加していました。イエメンでも日本のアニメは人気で、『コナン』や『セーラームーン』を見て育ちました。検閲で多くの部分がカットされていましたけど」
「友達が日本政府の奨学金で日本の大学に留学したのを知り、私も応募しました。イエメンは貧しい国で、安定した仕事につくのは難しいことです。留学前はガス会社で働いていたので、『将来が保証されているのになんで会社を辞めるんだ』と皆に反対されました」
「でも来日後、イエメンで内戦が始まりました。日本に来られて幸運だったと思います。内戦が始まって治安が悪化して、イエメンにはまだ帰れていません」
マリアムさんは、イエメンの大学に在学中の2011年に「アラブの春」が起き、大学が閉鎖されてしまったため、マレーシアの大学に移籍し卒業しました。
イエメンでは「アラブの春」で30年以上国を治めたサレハ前大統領が退陣。ハディ暫定大統領が就任しましたが、反政府武装組織フーシとの間で内戦に。フーシが15年2月に暫定政権の樹立を宣言すると、サウジアラビアが連合軍を組織し、翌3月からフーシへの空爆を始めました。
イスラム教シーア派のイランは、シーア派組織のフーシを支援しています。
「母ときょうだいは首都サナアに住んでいます。父がナイジェリアで働き家族をサポートしているので、幸い食料には困っていません」
「イエメンでは内戦で多くの国内避難民がサナアに集まっていて、食料や水にも困っている人が多く、衛生環境も悪いです。私たちの出身の街イエメン南部のタイズは戦闘が激しく、今は住むことが出来ません」
「燃料が高騰して移動することも難しく、家族も内戦前と同じような暮らしができているわけではありません。妹は大学生ですが、内戦でほとんど大学に通えていません。多くの会社が営業を止めたり社員をクビにしたりしていて、大卒の兄も3年ほど無職のままです」
「イエメンの人たちを支援しようと、昨年7月に筑波大学で友達と一緒にフードチャリティーイベントを開きました。留学生たちが各国の料理を作って販売し、集めたお金をイエメンに送り、母親を通じて1か月分の食料を10家族に配ることが出来ました」
「イエメンでは家族は一緒に過ごすものなので、会えなくてとても寂しいです。でも日本でも友達に恵まれています」
ーー日本人にもっとイエメンについて知ってもらいたいという思いもあったのですか?
「もちろんです。日本には物乞いもいないし、世界で何が起こっているか、実感する機会がないのだと思います」
「多くの日本人が、どうやって助けたらいいか知りたい、と思っているのではないでしょうか。イエメンは教育水準は低いですが、みなとても親切です。日本人もイエメン人を知ったらきっと好きになると思います」
ーー博士課程を終えたあとについては、どのように考えていますか?
「イエメンにおける女性の地位はとても低く、女性の啓発に携わっていきたいです。母親たちに教育の必要性を説くことも大事だと思います」
「いずれは日本文化を伝えるなど、日本とイエメンをつなぐ活動もしたいです。日本に住み続けたいですがビザの取得が難しいので、イエメンの治安が落ち着くまでは、他の海外を拠点にしてイエメンを支援することになるかと思います」
日本で政治や経済関連の会議を取材すると、参加者が全員男性、という光景がありふれています。「イエメンでは多くの女性が十分な教育を受けられていない。日本では女性が高い教育を受けられているのに、なんで社会進出が進んでいないの?」というマリアムさんの率直でもっともな疑問に、頭をガツンと殴られたようでした。政治分野をはじめ、女性リーダーがまだまだ少ない日本の現実から目を背けず、向き合うところから始めなくてはいけないように感じます。
1/46枚