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イラストレーター支援のはずが…「アートブック詐欺騒動」の真相
まとめサイトなどでの写真やイラストの無断使用が問題化する中、イラストレーターたちの営業を支援しようと作品集を書籍化している女性がいます。ところが12月上旬、ちょっとした炎上騒ぎに巻き込まれました。経緯を聞くと、業界の課題や、人工知能(AI)が活躍する時代のイラストレーターのあり方なども見えてきました。
横浜市在住のイラストレーターの佐川ヤスコさん(41)。2017年5月から、毎回100人以上の同業者に声を掛けて、それぞれ「和モダン」「使いやすいカット素材」「ガールズイラスト」をテーマとした「ART BOOK OF SELECTED ILLUSTRATION」というシリーズの書籍を発行し、アマゾンを通じて税抜き1200円で販売してきました。
巻末にはイラスト提供者の連絡先などが書かれており、出版社などが「うちの雑誌にイラストを描いてもらいたい」と思った際に問い合わせがしやすいようになっています。
展示会などで興味を持ったイラストレーターに声を掛ける作業から、書籍化のための編集作業まですべて佐川さんが1人でやっているため、人件費が抑えられ、同種のイラスト作品集だと参加費が数万円程度かかる中、このシリーズは1万円と破格の値段となっています。
イラストレーターの出版社などへの営業の仕方として、自分の作品集を送ったり、アポを取って会いに行ったりする手法があります。個人で作品集を作ろうとすると、コンビニで1枚50円するカラーコピーで20ページを刷り、それを10部作ったらもう1万円。しかも、出版社に1人分だけ郵送しても、見られずに捨てられる可能性があります。
ですが、100人分くらいのイラストをまとめて本にして送れば、「本の形になっている方が受け取ってもらいやすいし、多分見てもらえる確率も高くなるんじゃないか」(佐川さん)。テーマごとに書籍化すれば、一般の人の中にも買ってくれる人がいるかもしれないという狙いもありました。
佐川さんは現在、続編の準備中ですが、そのためにイラストレーターたちに企画書を送った際、「事件」は起きました。
あるイラストレーターが企画書の一部の画像をアップしながらツイッターで「何これ」とつぶやいたのをきっかけに、「これは詐欺だ」という趣旨のツイートが拡散。佐川さんの元にも参加を検討するイラストレーターたちから不安の声や参加のキャンセルの連絡が来たそうです。
佐川さんはそれぞれのイラストレーターに、経緯説明と心配をかけたことへの謝罪を記したメールを送るとともに、ツイッターに「この企画が詐欺ではないかという情報が流れているそうです。ご不安にさせてしまい大変申し訳ございません。何らかの事情で途中でキャンセルされる方へは返金しておりますのでご安心ください。その他、不明点はメールや電話でお問合わせ下さい。全てお答えしております」という投稿をして、真摯な対応をする姿勢を明確化。
【作家の皆様へ】この企画が詐欺ではないかという情報が流れているそうです。ご不安にさせてしまい大変申し訳ございません。何らかの事情で途中でキャンセルされる方へは返金しておりますのでご安心ください。その他、不明点はメールや電話でお問合わせ下さい。全てお答えしております。#artbook事務局
— artbook事務局 (@ysksgw) 2017年12月6日
これまでに参加したイラストレーターたちからの「参加して良かった。こういう話で掲載料が高いか低いかって話があるけど4、5万円でという話が何回か来たことがある」「知り合いがこのアートブックを通じて10万円以上の仕事につながった」という内容の擁護のツイートも相次ぎ、今は状況が落ち着きつつあります。
佐川さんとしても反省点がありました。振り込め詐欺が横行する中、企画書にいきなり振り込み先の口座番号を記すのは不安に思わせることを痛感したそうです。
「掲載作品の著作権は出版社に帰属する」という方式を採る業者もいる中で、佐川さんの作品集では著作権はそのまま各作家が持つ形としていますが、今後はそのことを明文化することなど、改善策を取ることも決めました。
今回の炎上騒ぎについて佐川さんは「この業界を取り巻くいろんな問題を吸い上げることになった」と感じています。
広く名前が知られ、黙っていても仕事が来るようなイラストレーターはごく一部。絵が上手いことは前提条件の一つに過ぎず、仕事を得るためには自分で営業をかける必要があります。
そのため、展示会に出したり、ギャラリーで個展を開いたり、イラスト作品集に出したり……。でも、絶対の「正解」はなく、佐川さんは「私は失敗イラストレーターですが、仕事は本当に運と縁とタイミング。イラストレーターって種まきをする職業で、タイミングが合えばすぐお仕事が来るし、10年後に『まだ描いている?』って電話が来ることも。いつ出るか分からない芽を期待して、待ち続けるしかない」と話します。
実際にお金を集めて作品集を出版しないのが「本当の詐欺」かもしれませんが、無事に出版されたとしても、1万円の参加費を捻出するためにバイトに励み、祈るような思いでお金を投じたのに仕事として見返りがないと、「詐欺だって思う人もいるかもしれない」との思いも抱いたそうです。
現在は、インターネットやクラウドソーシングの発展に伴い、格安、もしくは無料で絵を描く人も出てきています。
新しいサービスによって、地方在住のイラストレーターが仕事を得ることができた部分はあります。実力があっても「自分の本業は主婦で、趣味でイラストを描いている」と、金額にこだわらない人もいます。
佐川さんは、時代の変化について理解はしつつも、「絵を描いてもらうことにお金が発生する、という意識が低くなっている」と感じています。
一般の人でもアニメキャラクターを権利者に無断でツイッターのアイコンにするなど、無自覚に著作権侵害をしている例が少なくありません。
自分の作品に似たイラストを見つけて「パクリではないか」と思っても、「あなたの作品を参考にして描いたわけではない」と言われれば、それ以上の追及が難しいところがあります。
出版社からの仕事の依頼は口約束で始まることが多い上、「雑誌1回の掲載で5千円」などの契約をしたのに、気づくと別の雑誌にも同じイラストが載っていて、その分の掲載料は払われないことも。指摘すると「あ、すみません」で終わるケースが多く、金額が少ないので法廷闘争に持ち込んでも割に合わない。結局、泣き寝入りする人が多いそうです。
一方、AIの画像認識の技術が高まる中、「絵を描くAI」の話題を聞くことも増えてきています。
このクリエイター受難の時代、プロのイラストレーターの存在意義とは、何なのでしょうか?
佐川さんは「ガールズイラスト」の作品集で表紙を描いてもらったイラストレーターの蛯原あきらさんの存在を挙げます。
「蛯原さんは私もすごい大好きな作家さんですが、この人が描いた本だから欲しい、というものが絶対にある」
佐川さんは「AIが無料でイラストを無料で描いてくれるようになっても、人が手で描く需要が無くなるわけではないと思う」と言います。
トッププロがAIに負ける将棋や囲碁の世界でも、人間同士の対局を楽しむファンが少なくありません。
「人間のやっている、という良さというか、どんな人がこの絵を描いているんだろうって想像し、ファンになったりすることがあると思います。AIのイラストだと、『このAIのファンだ』ってなりにくいのではないでしょうか。絵を嫌な気持ちで描いているイラストレーターっていないと思うのですが、作品には気持ちが出ているものだと思うし、そういうものが伝わるんだと思うんですね」
佐川さんのイラスト作品集の続編となる「アニマル」「モンスター」は2月以降に順次に出版予定です。アマゾンだけではなく一般書店への流通も視野に入れています。思わぬ炎上騒動がありましたが「これからもイラストレーターの営業支援は続けていきます」と話しています。
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