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組み体操で後遺症「先生を反面教師に生きていく」裁判決意させたもの
東京都世田谷区の小学校で、運動会に向けた組み体操の練習で転倒し、後遺症が残った中学校の男子生徒が区などに損害賠償を求めた裁判で、和解が成立しました。スポーツや体育活動での事故を取材していると、学校がそれに向き合おうとしない姿勢が、当事者を傷つけることが少なくありません。このケースも、男子生徒や両親が怒りを覚えたのは、学校や先生の対応でした。(朝日新聞スポーツ部・中小路徹)
「和解といっても書面のやりとりで、心を通わせるものはない。教育委員会の人は目も合わせない。私は怒りが増したが、時間がもったいないとも思いました」。12月11日、和解成立後の記者会見で、母親の定松啓子さんはやるせない思いを明かしました。
事故が起こったのは、男子生徒が同区立小学校の6年だった2014年4月でした。体育館での2人組みの倒立の練習で転倒。床に頭や背中をぶつけました。
男子生徒の説明や両親が他の生徒から聞き取ったところによると、担任は離れたところにおり、ペアを組んでいた生徒に保健室に連れて行くように指示。
保健室では養護教諭に頭に外傷がないかをみてもらって戻りましたが、4時間目の音楽の授業から周囲がゆがんでみえる症状が現れ、再び保健室へ。養護教諭からの連絡を受けた啓子さんが迎えに行きました。
症状は重いものでした。その日から、めまい、吐き気、頭痛、倦怠感、天井が落ちてくるように見えるといった視覚障害が続きます。同年8月、脊髄を守る膜が傷ついて髄液が漏れる「脳脊髄(せきずい)液減少症」と診断され、車いすの通学となりました。
男性生徒と両親は泣き寝入りをしません。今年2月、区と当時の担任に約2千万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴しました。マットを敷くなどの安全措置をせず、練習不足のまま倒立をさせ、「担任が、安全に注意する義務を怠った」と訴えました。
「お金が欲しかったのではありません」と啓子さんは語ります。スポーツ事故では多くの家族が、どうして事故が起こったのかいう事実や背景を知らされず、当事者の謝罪を受けないまま、苦痛や悲しみに直面します。
損害賠償請求の裁判を起こすのは、そこに当事者を引っ張り出し、何があったかを知るためであることが多いのです。
この組み体操の事故も同じでした。学校が区に出した事故発生報告書には、担任は事故発生時に男子生徒に近づき、けがの具合をみて保健室に行くよう指示したという内容が書かれていました。
両親が把握した状況とは違います。保健室でのやりとりについても、駆けつけた啓子さんに養護教諭が「病院に付き添いましょうか」と言った、と報告書に書かれていました。でも、啓子さんは養護教諭から重大なことという認識に立った言葉かけがあったとは記憶していません。
こうした記載に、男性生徒側は、「やることはやった」と見せかける不誠実さが映ったのでした。
和解条項には、区が男子生徒側に寄り添った対応の余地があったことを謝罪するほか、和解金1千万円を支払い、再発防止に努めるほか、報告書の関連資料として、「事実と異なる記載があった」と男子生徒側が出した反論資料も保管されることが盛り込まれました。
一方、裁判で男子生徒側は別途、元担任の個人責任と謝罪を求めていましたが、こちらは和解は成立しませんでした。それでも男子生徒側は「戦いを続けることは無駄。それより新しいスタートを切りたい」と訴えを取り下げることにしました。
男子生徒は来年4月から高校に通います。父親の佳輝さんによれば、頭痛などの後遺症は続くものの、「自分の体とうまくつきあえるようにはなってきた」という状態。そして、こう話しているそうです。
「謝る時間はたくさんあったのに、きちんと謝ってもらえなかった。これからは、事故に関わってきた先生、教委の人たちを反面教師として、生きていきたい」
組み体操は近年、頻発する事故が問題になってきました。ただ、両親はその実施そのものには反対していません。「十分な練習時間を確保し、個々の力量を先生が把握するだけでも、事故は減らせるのでは」と提言しす。
事故が起きた時、事実を明らかにし、その原因を分析することは、家族を二重に苦しめないためだけでなく、再発防止にも役立つはずです。学校がそれを理解してくれることを望みます。
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