お金と仕事
「ベーシックインカム」いくらが適正?「月28万円」のスイスでは…
衆議院選挙でも言及する党が現れた「ベーシックインカム」ですが、いまいち、関心は高まっていません。実験的に導入された国もあれば、国民投票で否決されたところも。過去には、支給額が高すぎて人々が働かなくなってしまった例まで……。いったい、いくらが適正なのか? 国内の議論に足りないものとは? 専門家に聞きました。
話を聞いたのは、駒沢大学准教授の井上智洋(ともひろ)さんです。
井上さんは、まず「ベーシックインカム」が日本では「全然、知られていない」と言います。
今回の衆院選で、一部、注目されましたが「注目のされ方が悪かった」と指摘します。
「希望の党の小池百合子代表が『AIからBIへ』というスローガンを訴えていました。しかし、選挙で言及するには、財源についてもう少し煮詰める必要があると感じました」
井上さんは、小池代表が発言したのにもかかわらず、全国的な広まりを見せなかった原因として「準備不足とリアリティーのなさ」を挙げます。
井上さんは「ベーシックインカム」について、財源を抜きに議論はできないと強調します。
「ベーシックインカムの財源は主に税金です。そして、財源についての問いの立て方が大事になってきます」と指摘します。
「必要な制度であれば、税金をとってやればいい。でも、税金を取られるのはみんな嫌がります。税金を払う『損』とベーシックインカムによる『得』の差し引きを考える必要があります」
井上さんの計算では、平均的な所得をもらっている人にとって、その「差し引き」はあまり変わらないそうです。一方、平均より低い所得の人は、得が大きくなります。
そして、平均より高い所得、つまり、お金持ちは損の方が大きくなります。
「ベーシックインカムは一つの社会保障制度なので、基本的な考えは、お金持ちから低所得層へ富の再分配です」
その上で、井上さんは、所得税率の設定や税金徴収の姿勢など、お金持ちでも納得できるような方策を考えていくべきだと訴えます。
井上さんは、「ベーシックインカム」を導入する場合、失業手当や児童扶養手当などは廃止され「ベーシックインカム」に一本化されるべきだと考えます。
その結果、生活保護は「最後の守り」として「めったに発動はしない」存在になります。
生活保護の対象者は今よりも少なくなり、病気や障害などで「ベーシックインカム」の金額だけでは生活できない場合に限って支給されます。
海外では「ベーシックインカム」への注目が高まっています。
「ベーシックインカム」の世界大会「BIEN」(Basic Income Earth Network)は、2016年に韓国で開催され、2017年にはポルトガルで開かれました。
フィンランドでは、実験的に導入されるなど、特にヨーロッパで「ベーシックインカム」への注目が高いそうです。
そんな中、井上さんの目には「日本は弱者へ冷たい国」に映るそうです。
「勤勉さなどを美徳にしてきたからでしょうか。もともと聖書にあった『働かざる者食うべからず』という言葉が、日本で社会保障の話をする時に、よく出てきてしまいます」
一方、2016年にスイスで「ベーシックインカム」を巡る国民投票が行われ否決されました。
その理由について、井上さんは「月額28万円という支給額が高過ぎた」と指摘します。
「月額28万円では、財源が確保できず、財政が立ちゆかなくなります。ベーシックインカムを擁護する私でも反対しますよ。ここで失敗例を作ってしまったら、今後、ベーシックインカムが議論しにくくなりますから」
「ベーシックインカム」の支給額が高すぎると、財政以外にも深刻な影響ができます。人々が働かなくなるのです。
国として正式に「ベーシックインカム」を導入した例があります。人口約1万人の太平洋上にある小さな島国「ナウル共和国」です。
20世紀初期からリン鉱石が発掘され、1980年代には最盛期を迎えました。膨大な収入によって「ベーシックインカム」が導入され、世界で最も高い国民所得を誇りました。
その結果、何が起きたのか。
井上さんは「数十人の公務員以外、全国民が働かなくなったのです」と話します。
「ナウル国民の生活は『1日3食が外食で、高級外車がガス欠という理由で捨てられた』と言われるほどでした」
ところが、2000年代以降、ナウルのリン鉱石が枯渇すると、ナウルの経済は破綻(はたん)しました。現在、ナウルの「ベーシックインカム」が廃止されており、外国の支援を得ながらかろうじて維持している状態になっています。
スイスとナウルの事例から、井上さんは「適切な額を決めるのが重要」と強調します。
それでは、日本だといくらが適切なのでしょう?
「現在、日本で主に提唱されているベーシックインカムの額は月7~8万円です。ベーシックインカムは、あくまでも最低限の生活を保障する制度です。7~8万円の給料で満足する人は少ないことから、働いている人の多くは仕事を続けると思われます」
井上さんは「ベーシックインカム」を導入するために必要な条件として、国民が制度について関心を持つことを挙げます。
フィンランドが実験的に導入できたのは、国民の「ベーシックインカム」への関心が高く、69%が賛成をしていたことが背景にありました。
井上さんは「政治家も制度をよく知っておいてほしい」と言います。
「政治家の発言によって、制度への注目が集まります。財源や支給額などを理解した上で、発信してほしいです」
今後は人工知能の進化などによって、働き方が今まで以上に大きく変わっていきます。
井上さんは「失業者が増えてしまった時のために、社会保障制度としてのベーシックインカムを真剣に考えていくべきです」と話していました。
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