IT・科学
元大臣も称賛!? 「何でも治る」治療器の社長、根拠論文は「ない」
社長本人が「何でも治る」という治療器が、東京・板橋区の産業見本市に出展されました。ホームページでは初代厚生労働大臣、坂口力さんの「大きな効果が期待される」という文章も掲載されています。この治療器、問題はないのか? 調べました。
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社長本人が「何でも治る」という治療器が、東京・板橋区の産業見本市に出展されました。ホームページでは初代厚生労働大臣、坂口力さんの「大きな効果が期待される」という文章も掲載されています。この治療器、問題はないのか? 調べました。
がん、認知症、うつ病、リウマチに「効果あり」…!? 社長自ら「治らない病気はない」と語る電子治療器が11月上旬、東京・板橋区長が実行委員長を務める産業見本市に登場しました。会社のサイトには、かつて厚生労働大臣を務めた坂口力さんの名前で「国を挙げて研究に着手すべき」と称賛するような文章が載っています。いやいやそんな夢のような話、さすがに信じがたいのですが…。と思い、調べてみました。
その治療器、「ドクターイオン3D」という名前で11月9~10日、「いたばし産業見本市」で公開されていました。出展したのは区内にある理研プロジェクトという会社です。「理研」という名前ですが、有名な研究所、理化学研究所と直接のつながりはないようです。
私にこの話を教えてくれた板橋区議、松崎いたるさんによると、会場になった体育館に設けられたブースで実際に「治療」も行っていました。松崎さんから頂いた写真では、ボードの説明に、がんやうつ病、認知症などの病名を明記し「特に医療機関で治せない難病に効果あり」と書かれています。
松崎さんが現場で「効果効能をうたうのは違法じゃないのか?」と聞いたところ、「私たちの機械は本当に治せるので違法ではない」と回答。さらに「厚生労働大臣だった坂口力さんが認めたものだから大丈夫だ」とも言われたそうです。
薬機法(旧薬事法)は、医療機器などについて「虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない」と言っていますし、医師法では「医師でなければ、医業をなしてはならない」となっています。
しかし、これだけおおっぴらにしている以上、何か考えがあるんじゃないか。そして、効果に関しても何か、根拠があるのではないか。そう思い、理研プロジェクトを訪ねました。
小さな通りに面した社屋の入り口には、「理研整骨院」という看板が掲げられ、その脇に「理研プロジェクト」の社名が書いてあります。迎えてくれた野中進社長はまず、メーターやつまみがいろいろ付いた弁当箱を二回りほど大きくしたような装置を見せてくれました。
これは「タカダイオン電子治療器」というもので、見本市に出品された装置は、これと他の二つの装置を接続したものだそうです。長崎県の会社が作っており、理研プロジェクトはこの「タカダイオン」の販売に加え、これを使った「治療」を行っているとのことでした。
装置から伸びたコードの先には、丸いゴムの円盤が付属。円盤からは毎秒1869億個のマイナスイオン、もしくは電子が出るそうです。それを患者の体に当てて「治療」するとのことでした。
この機械で「治らない病気はないんです」と野中社長は説明しました。治らないものは「まだ私たちが治せないだけ」とも付け加えましたが。
なぜ治るのかを聞くと、「細胞を改善する」からだそうです。どのように細胞が改善されるのかと聞くと、「それが分からないから量子医学と言っている」と言います。
野中社長によると、かつて居酒屋を経営していた頃、ある学会の打ち上げで来店した研究者たちと知り合いになり、この機械を知ったそうです。それを使って「治療」を始めたところ、「いろんなものが治る、ということが出てきました。がんが一番早かった」と話します。
現在は一般の患者向けに「治療」をしているといい、社内の壁には「一般治療 12000」「認知症治療 5000」などと書かれた「治療費一覧表」が張ってありました。これまで、国会議員や芸能人も「治療」を受けに来たといいます。
さて、何か効果を証明するものはあるのでしょうか?
医学の世界で、薬や医療機器の効果は、使った患者と使っていない患者の症状の改善度合いを比べる試験で差が出なければ、根拠のあるものとはなりません。患者も大人数で比較すべきですし、比較の方法によってもその根拠の信頼性が変わります。
そして、その試験結果を論文にまとめ、専門家によるチェック(査読)を経て、適正な方法で行われた結論だと認められたとき、初めて論文が世に発表されます。この論文も絶対的な根拠ではなく、議論に値するだけの信頼性が認められている、という扱いです。
そういう意味での根拠となる論文はあるのか? を聞きました。
「ないと思います」
野中社長はそう、答えました。「治療効果」の科学的根拠といえるものを、社長自身が知らないことになります。
薬機法は、誇大広告を禁止しています。根拠がないままにがんや多数の病気への効果をうたうことは違法ではないのでしょうか? それに、医師でない野中社長が「治療」することも、医師法の規定に触れないのでしょうか? 野中社長に聞きました。
「難病で困った人が『治った』ということがあって始めたこと」「私のやっていることは無責任だと思っている。でも、そう言っていたら誰も治らない。試験には莫大なお金がかかるので無理」「医師法は考えたことがない」
本当にそれで、法律的に大丈夫なのでしょうか。理研プロジェクトへの取材後、早速、薬機法と医師法を担当する厚生労働省に聞いてみました。
まずは薬機法。担当者に「何でも治る」と言うことは誇大広告にならないのか、と聞きました。
「本当にそう言っているとすれば、アウトです」
正直なところ、この手の取材で官公庁から、こんなにハッキリした答えを聞いたのは初めてで、驚きました。医療機器については、承認時に国に認められた効能効果を逸脱した広告をすれば誇大広告になるのですが、「何でも治る、はあり得ませんから」とのことでした。
ただ、「何でも治る」は私の取材に対して言ったこと。念のため、タカダイオン電子治療器で承認されている効果効能を調べると、「肩こり」「慢性便秘」「不眠症」「頭痛」の四つだけでした。少なくとも区の見本市会場で明示していた「大腸がん」「乳がん」「認知症」などは、その中にないことは確かです。
次に、医師法はどうでしょう。医師以外の人が行ってはいけない「医業」について、厚労省は「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」を意識的に繰り返す行為と定義しています。
野中社長が行っている「治療」は、人を直接傷つけるようなものには見えませんでした。では、ケガの恐れがなければ「医業」ではなく、医師法には違反しないのでしょうか? これも、厚労省の担当者に聞きました。
「正しい医療で改善する患者を、結果的にであっても放置することで、より容体が悪くなる、ということになるならば、ケガをさせなくても『危害』となり得ます」。ということで、医師法にも違反する可能性はあるとの回答でした。
もちろん、違法かどうかを調べるのは行政です。板橋区の保健所は14日、理研プロジェクトの治療器をめぐる一件が「薬機法違反の恐れがある」として、東京都に報告しました。今後、都が調査に乗り出すかもしれません。
それにしても今回なぜ、保健所も違法性を疑うような治療器が、区が大きく関わる見本市に出展されたのでしょう。
実は、私に見本市の事態を教えてくれた区議の松崎さんは、事前に区議に配られた案内状を見て「これは問題だ」と区に申し入れていました。案内状にあった理研プロジェクトの説明に、「難病治療医療機の開発に成功」と書かれていたためです。
ただ、実行委員会事務局の板橋区産業振興公社によると、見本市は申し込めば誰でも参加できるイベントで、事前審査はありません。そのため、出展の内容を事前に確認することもできなかった、と担当者は説明しました。
松崎さんは「見本市に出展されたことで、見た人たちが、区がお墨付きを与えたように誤解しないだろうか。事前に対応しなかったのは無責任だ。治療できると信じた人が健康被害を受けてからでは遅い」と区を批判します。
お墨付きと言えば、理研プロジェクトのサイトに元厚労相、坂口力さんの執筆として掲載された文章がありました。これも、お墨付きのような印象を受けます。
題名は「日本の医療の進むべき道とタカダイオン機」で、「初代厚生労働大臣 坂口 力」が筆者名として掲載されています。
医師としての見地から治療器の「理論」に理解を示し、がん治療に関してもさらなる研究が必要とはしながらも、「大きな効果が期待されるところです」と称賛するかのような表現です。さらに、自らも利用者であることを明かし、「理論に一致した効果が得られているものと理解しています」との見解も示しています。
果たしてこれ、本物なのでしょうか?
坂口さんが現在、会長を務めるがん患者会を通じ、メールで確認を求めました。すると、坂口さんから直接、電話を頂きました。まずは文責についてですが…
「私が書いたものです」
と、いうことで、なんと本物でした。ただ、実はこれ、理研プロジェクト宛てに書いた文章ではなかった、とのこと。昨年、あるNPOの講演会で話した一部を、NPOの頼みで詳細に説明し直した「下書き」なのだそうです。
理研プロジェクトのサイトに使われていることは2カ月ほど前に知り、取り下げるように求めたそうですが、実際には取り下げられていませんでした。厚労大臣経験者としての文章が「PRに使われるのは問題がある」との認識で、「一刻も早く取り下げさせたい」と強調しました。
治療器については、「機器のもととなった理論が正しければ、がんが育つ体内の環境を変えることには貢献すると思っています」と理解は示します。ただ、「何でもかんでも治すものではない。そんなことを言ってはいけないと、彼(理研プロジェクト社長)にも伝えたのですが」とも語りました。
さて、「勝手に使われた」ともとれる坂口さんの回答ですが、これを再度、野中社長に聞いてみました。
「取り下げてくれ、というのは聞いていません」と、野中社長は全く違う認識を示しました。
坂口さんの文章は実際、野中社長にとってどういうものだったのでしょう。
「文章を載せてから、病院医師からの問い合わせが増えました。それまではなかったものです。やはり、説得力は増しました」
坂口さんは、理研プロジェクトのPRのために書いた文章ではないと説明しましたが、少なくとも実質上は、PR力を発揮していたようです。この記事を書いている11月20日16時時点ではまた、坂口さんの文章はサイトに掲載されたままでした。
根拠が薄弱なものを事実と主張する「ニセ科学」の問題に詳しい法政大学教授の左巻健男さんに、どう思うか、聞いてみました。
「え。坂口さんの文章、本物だったのですか?!」
私の取材依頼を受け、理研プロジェクトのサイトを見ておられたのですが、電話口で坂口さんの件をお伝えすると、驚いた様子です。
「世の中に『可能性がある』ものはたくさんありますが、可能性だけで効果は証明できません。しかもサイトを見る限り、かなり根拠薄弱に感じました。でも医師、そして厚労大臣経験者が言えば、説得力を与えてしまう。大問題だと思います」
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