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「これ、笑っていいの?」寝たきり芸人の“ネタ写真”が放つ爆発力
 
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                     今年8月、2週間で発行部数が11万部を超えた女優・石原さとみさんの写真集が発売される数日前、あるお笑い芸人の写真集がひっそりと世に出ました。しかも値段は石原さんより70円高い。タイミングも価格設定も「強気」で挑んだ『あそどっぐの寝た集』。モデルになったのは、自称世界初の「寝たきりお笑い芸人」、あそどっぐ。女装にボディーペイント…「これ、笑っていいの?」と戸惑う以上に、ネタとして単純に面白い! なんでこんなことを? 話を聞きました。(朝日新聞熊本総局記者・池上桃子)
 あそどっぐ(本名は阿曽太一さん。熊本県在住の38歳)は、幼い頃に全身の筋肉が萎縮する「脊髄(せきずい)性筋萎縮症」と診断され、顔と左手の親指以外は動かせません。
 寝たきり生活をネタにした斬新なギャグやコントをネット動画で配信し、じわじわと人気を集めてきました。近年はNHKの「バリバラ」でも活躍中で、今年は24時間テレビに出演しました。
 撮影したのは、義足の女性を撮った写真集「切断ヴィーナス」で話題になった写真家の越智貴雄さん(東京都在住の38歳)。パラリンピックのアスリートに魅せられ、障害者スポーツの撮影を手がけてきました。
 そんな2人がコラボして生まれたのが「寝た集」です。
 全112ページ。開いた時の左ページに写真、右ページにあそどっぐのギャグが描いてあるネタ(寝た)本です。
 
                 半年間、のべ30日に及ぶ撮影。東京、神奈川、石川、大阪、福岡、大分、熊本の7県を回り、体中にボディーペイントしたり、女装したり、水温6度の川にストレッチャーのまま入っていったり、大嫌いな蛇を頭に乗せたり……。
 体を張った表現の中には、読者の度肝を抜いてくるものや、「これ、笑っていいの?」と正直戸惑うものも。攻めまくりの写真集にはどんな狙いがあったのでしょうか。
 「撮影を通してのテーマは『誰も見たことがないような本をつくること』。芸人の写真集なんだから、とにかく笑える、面白いものを作ろうと。そのために、『福祉色を排除する』ことを心がけました」と、あそどっぐ。福祉色を排除って、気になる言葉です。
 
                「ハンデを乗り越え頑張ってる障害者、のような感動を誘うイイハナシに見えないようにすること。僕は芸人なので、人を感動させたいんじゃなくて、笑わせたいんです。本屋で福祉の棚に置かれないようにしたい。そのために表紙に選んだのがこれ」。
 
                「何をイメージしてるか分かります?松崎しげるじゃないですよ。これ、『始祖鳥』なんです。僕の体のフォルムが似てるなって思ってたんです。ちなみに撮影したのは自宅の和室。ホームセンターで買った320キロの砂をブルーシートの上に敷き詰めた。外で適当な砂場に埋まろうと思ったんですけど、写真家の越智さんが外で障害者を埋めたら通報されるって心配したので自宅で撮ることになりました」
 
                「えぐいでしょ。でも、障害者が埋められてる写真なんて、誰も見たことないんです。編集会議では、もう少しコミカルな感じの写真も候補にあがったんですが、やっぱり見る人によっては、イイハナシになっちゃうんだって。例えば表紙候補になったこの写真にありきたりなキャッチフレーズを入れると……」
 
                「ね?なんとなくイイハナシ感が出ちゃう。でもそれが、この写真だと……」
 
                 「ならない。えぐいくらのインパクトがある本になってよかったと思っています。ちなみに、体はボディーペイントで茶色くしていますが、安心してください、履いてますよ♪」
 撮影した越智さんも、当事者によって「障害」に対する見方を変えられた1人です。越智さんが障害のある人の写真を初めて撮ったのは、2000年のシドニー・パラリンピックの舞台でした。
 「障害のある人にカメラを向けるなんて、いいの?ていうのが最初の感覚。それが開会式からびっくりしました。アスリートたちは堂々と、笑顔で観客に手を振っている。足がない選手が片手でけんけんして歩きながら、もう片手で手を振ってたいた。実際の試合もすごい。迫力の車椅子バスケットボールや、100メートルを10秒台で走る義足の選手の姿を見て、人間ってこんなにすごいことができるんだ、と。その驚きが自分が勝手に作っていた壁を越えていった。僕自身の世界が大きく広がった瞬間でした」
 「それがきっかけで、障害のある人を撮るようになりました。『切断ヴィーナス』では義足をつけた女性の写真を撮りました。彼女たちにとって、義足はメガネのようなもの。実用品であり、ファッションの一部なんです。僕は写真という媒体でそれを表現するものを作りたかった」
 
                 越智さんとあそどっぐの出会いは2011年。越智さんは仕事で腰を痛めて、歩くこともままならない時期にテレビであそどっぐのコントを見て大笑いしてからのファンだそうです。
 「げらげら笑って。自分が歩けなくなってた時に寝たきりに対するネガティブなイメージを変えてくれた。あそどっぐさんもパラリンピックのアスリートと同じだと思ったんです。寝たきりの体で笑いという表現をしている。この人を障害者としてだけ見るのはもったいない。いつだって表現が世の中を変えていくんだと思います」
 越智さんがあそどっぐと半年過ごして感じたのは、「ただの変態だな」ということと「とにかく面白いことを追及する姿勢がすごい」だそうです。
 安全確保はしたけれど、それ以外は楽しいこと、面白いこと、なんでもやってみようと300キロも砂を運んだり、雑踏の中に放置されたり、女装のためにすね毛を全剃りしたり……。
 完成した写真集を見て、あそどっぐは「芸人冥利(みょうり)に尽きる、幸せな写真をいっぱい撮ってもらいました」と満足そうでした。
 
                 昨今、「感動ポルノ」、という言葉が聞かれるようになりました。ハンディキャップを乗り越え、頑張ってる「弱者」の姿を消費するメディアを揶揄(やゆ)するようなこの言葉。障害者だっていい人もいれば、悪い人もいる。おとなしい人もいれば、面白いことが好きな人も。性欲や自己顕示欲だって当たり前にある……。
 あそどっぐの写真集は、とにかく明るくコミカルで、時々えぐい。「障害者の写真」と聞いて無意識に想像してしまった「イイハナシ」を裏切り、こちらの偏見をおちょくりながら超えていく。そんな意図を感じますが、本人は「そんなかっこいいことじゃない。とにかく面白いものが作りたかっただけ」。
 そんな『あそどっぐの寝た集』は、東京駅近くの本屋では「芸人」の棚に置かれ、別の本屋ではなぜか「芸術」の棚に並んでいたそうです。
 また、あそどっぐ本人がツイッターで「寝た集を色んな所に置いてみる」企画を立てており、ハッシュタグ #寝た集 をつけてつぶやくファンが続々。木の上に置かれたり、電子レンジにいれてチンされたり、文字どおり福祉の棚を飛び出してあちこちに出現しています。
 記者になる前にヘルパーをしていた経験から、障害や福祉について伝えたいという思いがあり、障害者の取材をしています。
 これまで書いた記事を振り返ると「障害のある人の作品展」、「熊本地震と障害者」……。多様性を肯定したくて書いているけど、「障害者」と冠をつけて切り取るのは、かえって当事者を異質なもの扱いしていることになるのでは? そんなジレンマを感じることがありました。
 その人が障害者じゃなければ、取材しなかったの?だとしたら、私にも「感動ポルノ」のまなざしがあるのでは。
 一方、『あそどっぐの寝た集』は、障害を前面に出したギャグで、大胆に、でもさりげなく、こちらの懐に入ってきます。そして気づくと笑わされている。「え、障害があるとそんなことがあるんだ!」と驚いたり、「障害があってもそこは同じなんだ」と気づいたり。「違う」と「同じ」をいくつも発見することは、色んな人がいるのが当たり前な社会への1歩になるような気がします。
 普段、接する機会がないだけに、障害者とどう接したらいいか分からないということがあると思います。極端な考えが暴走し、犠牲者が出る事件も起きました。
 普通に読んで面白い。それ以上でも以下でもない。「あそどっぐの寝た集」を読むと、お説教や美談よりも「ぷっ」と笑うことで、壁を取り払えるような気がしてきます。
 あそどっぐのネタや、写真集のメイキング動画はユーチューブの「あそどっぐの寝たチャンネル」で見ることができます。
 
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