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選挙に期待できないって本当? 現代の賢人「あの方」のシンプルな答え
選挙が大事だって、わかっています。でも、国会って遠い世界の話だし、「政策を比較して投票しろ」って言われるけど違いなんてわからないし、そもそも選挙で何かが変わると思えないし。モヤモヤする……。思いきって「賢人」に聞いてみたら、そうやって私たち日本人を政治から遠ざけている「工場モデル」の話が出てきました。どういうことなのでしょう。
お会いしたのは、出口治明さん(69)。ライフネット生命保険の創業者です。
出口さんは、教養人として知られています。読んだ本は1万冊以上、旅した国は70カ国にもなるそうです。
そんな「賢人」に、モヤモヤをぶつけてみました。
――選挙に「期待」ができないという声をよく聞くのですが。
「選挙でできることは、いっぱいあるとも、いっぱいないとも言えます。ただ、今の日本の仕組みから考えると、やっぱり選挙は大きいですよ」
――いや、そうなんです。それは分かっているんですが……。
「例えば、アメリカで見たらすぐわかりますが、トランプおじさんの場合とそうじゃない場合と、『めちゃくちゃ違うな』というのは、さすがにみなさんよく分かったんじゃないでしょうか。『こんなに危なくなるで』と」
――たしかに、トランプさんを選んだ後、アメリカはいろいろ大変そうです。
「だから、選挙って、やっぱりたいしたことあるでしょう」
――たとえば、自分が思う「争点」って人によって違うじゃないですか。それって、「投票用紙」だけでは伝わりませんよね。
「そんなの、職場でも学校でも、自分の意見と100%合う人なんか、いないじゃないですか。どこかでOKとするしかないでしょう。それと同じです。自分と意見が100%合う人がいたら、怖いですよ。それがファシズムにつながる。自分の意見とぴったりの人がいないというのは当たり前なんですよね」
――たしかに。
「たとえば、そういうことで悩む人がいたら、『あなたの職場で首尾一貫してる人っています? 役員に怒鳴られたらみんな意見を変えてるやないか(笑)』と言ってあげればいい。政治家だけじゃなく、人間って、そういうものですよ。完全な人間なんていません。そういう人の中から、『マシな人』を消去法で選ぶのが、民主主義なんです」
――選挙以外でも気軽にできることがあれば、もう少し不満も減るでしょうか。
「いっぱいありますよ。市民運動をしてもいいし、ツイッターやFBで意見言うことでもいいと思います」
――でも日本人って、政治的な意思表明とか異議申し立てが苦手ですよね。
「政治どころか、職場でも言わないでしょう? 『こんなめちゃくちゃな上司がいるんですけれど、どうしたらいいでしょうか』って相談されるんですが、『そんなの通報したらいいじゃないですか』ってこたえるんです(笑) 『でもチクるみたいで嫌です』とか言う。『え、でもめちゃくちゃやってるんでしょう?』『そうです』と。『そこで黙ったら、あなただけじゃなく、あなたの後輩もみんな苦しむんですよ』と言っています」
――言うのが「怖い」というのはあると思います。
「政治だけじゃない。すべての分野で言わないですよね。でも僕は、それは戦後の日本の仕組みだと思っています」
――どういうことでしょう?
「戦後の日本って、製造業の『工場モデル』で引っ張ってきたんです。工場って、ベルトコンベヤーで部品が流れてきて、みんなで手分けして作業をするでしょう。そこにひとりスティーブ・ジョブズみたいない人がいて、『これはなんだ?』とかやり始めたら、アカンでしょう?」
――ラインが止まります(笑)
「だから、戦後の日本の社会は、『みんなが決めたことは守りましょう』とか、『協調性を大事にしましょう』とか、『空気を読みましょう』とか、そういう社会システムをつくってきた。それが一番効率が良かったからです」
――そういえば、ネットでの炎上や議論をみていると、必ず「ルールを守らなかった方が悪い」という意見が一定数います。ルール自体の妥当性は問わずに。
「でも、今は産業の4分の3がサービス業です。製造業ではない。サービス業は、アイデアで勝負する。ジョブズを生み出すしかないんです。工場モデルのような『みんなで決めたことを守りましょう』『我慢強く仕事をしましょう』ということでは、もう日本は立ちゆかないんですよ」
――若い世代には、特にそういう「工場モデル」的価値観への反発があると感じます。
「良いか悪いかはともかく、サービス業ってジョブズみたいな人じゃないとアイデアが出ないんです。社会全体を、そういう方向に変えていかなければいけない。これが、日本はなんでこんな社会になったのだろうと考えた、僕の仮説です。戦後人口が増えた中で、製造業の工場モデルで引っ張ってきた構造要因があると思っています」
――どうやったら、その工場モデルを超えられるでしょうね……。
「それは、ひとりひとりが声をあげること。選挙だけではなく、職場でもおかしいことはおかしいと言うべきです」
――多くの善良な日本人は、黙って病むか、黙って鈍感になっていくか。声をあげずにいます。
「黙って耐えていたら、永遠に変わらないんです。どこかで声を上げるしかないんです。そうだ。この本をお見せしましょう」
そう言って、出口さんは1冊の本を取り出し、そこに書かれた一文を指さしました。
<環境が、あなたの行動にブレーキをかけるのではありません。あなたの行動にブレーキをかけるのは、ただ一つ、あなたの心だけなのです>
東京・神保町に定食屋を開いた小林せかいさんの著書「やりたいことがある人は未来食堂に来てください」(祥伝社)の冒頭に書かれた言葉です。
出口さんは、にっこり笑います。
「いいでしょ、シンプルで」。
はい。政治のことも、職場のことも、ひとごとスタンスで批評するだけって、ダメですね。
「『僕はこうするけれど、お前はどうすんねん』って言い続けないとね。『自分には関係ないし』っていうのは、単に逃げているだけですよ」
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